02 東の地、ブンディング
2 東の地、ブンディング
ハンナはハサイメと合流するため歩みを進めます。ハンナにとっては、村から出ることは生まれて初めてのことです。
その出発の際、ハンナは村のある人から東の地で奮闘するハサイメの情報を聞きました。
ハサイメはブンディングという城塞都市を拠点にして双子の魔女と戦っているということでした。
ブンディングはハンナの村から歩いて十日ほどの距離があるということも知ることができました。
ハンナは生まれ故郷からブンディングまでの間にいくつかある村や町に立ち寄り、その都度、村や町で怪我をした人、病気の人を治しながら歩みを進めていました。
そして村を出発して丁度十日後、ハンナは無事にブンディングに到着することができました。
ブンディングは立派な城塞都市で、都市の周りは高い壁で覆われていました。
ハンナは都市へと通ずる門を見つけ、数人いる門番の一人にハサイメに会わせてほしいと言いました。
しかし門番は、見も知らぬハンナを疑い、そんなことはできないと追い返しました。
ハンナは途方に暮れました。
その日ハンナは、ブンディングの近くで野宿をしました。
双子の魔女に近づいたせいかブンディング周辺は、ハンナの故郷の村より寒いはずでしたが、天使が与えてくれた衣類のおかげでハンナは寒さを感じることなく眠ることができました。
翌朝、ハンナはもう一度ブンディングの門番に街に入れてくれるよう頼むために門へと行きました。
門に着くと、昨日の門番たちの中にいなかった大男が門の前に立っていました。
「おお、もしやそなたは、天使さまが遣わせてくれた聖女か」
大男は、ハンナを見るや否や尋ねてきました。
「はい、そうです。わたしは天使さまに聖女と任命されたハンナ・シュタインと申します。あなたさまは誰ですか?」
「申し遅れた。わたしはこのブンディングで双子の魔女との戦いの指揮を執っているムーザ・ハサイメと申す」
「あなたさまがハサイメさま」
「うむ、そうだ、わしがハサイメだ。ハンナ、昨日はここの門番がそなたに対して大変無礼な対応をとってしまったようで。この通りだ許してくれ」
そういうとハサイメはハンナに頭を下げた。
「やめてくださいハサイメさま。わたしはなにも気にしておりません」
「昨夜は、どう過ごしたのだ聖女ハンナ」
「ここから遠くない場所で野宿をしました」
「なんとそれは難儀をかけた。野宿は寒かったであろう」
「いいえ、天使さまから頂いたこの服のおかげだと思うのですが寒さは感じませんでした」
「そうか、それは何よりだった。さあ早速街の中へ入ってくれ、ささ」
ハサイメは門番に門を開けさせ、ハンナを街の中へといざなってくれました。
その際、昨日ハンナを追い返した門番がハンナに何度も頭を下げ謝罪しました。
街に入ったハンナにハサイメは、まずは、わたしが寝起きする居宅へ案内すると言いました。
そのハサイメの家に行く間、ハンナは、大男ハサイメになぜ自分がこの街に来たことがわかったのか尋ねました。
「それはな、昨夜わたしが睡眠をとっていると、わたしを聖人にしてくれた天使さまが夢の中に現れ、聖女があなたに助力するために街の西門に現れるからあなた直々(じきじき)に門の前で迎えよとお告げがあり、わたしは門でそなたを待っていたのだ」
と、ハサイメはハンナに答えました。
その話に納得したハンナは、ハサイメの家に行く間、首をキョロキョロ動かし街の様子を観察しました。
ハンナは、天使から、ハサイメが率いる民衆から組織された兵団は、双子の魔女が繰り出す不死の兵たちに押されていると聞いていたので、ブンディングの街は、暗く静かだろうと思っていましたが、行き交いする街の人たちは、みなハサイメの姿を見ると笑顔で「ハサイメさま、ハサイメさま」と近寄ってきます。
街には活気がありました。
「みなさん、元気がありますね」
ハンナは自分が思ったことをハサイメに言いました。
「そうだな。街の人たちは元気だな」
「街の人たちは、ですか?」
「うむ。街の人たちは、わが軍と双子の魔女との戦いが優勢にはこんでいると思っている。しかし実際わが軍は、劣勢を強いられている。当初はわが軍が優勢だった。しかし戦いが経過していくにしたがって、やつらの兵の数が我々を圧倒し始めたのだ。その理由は、やつらは、戦場で死亡したわが軍の兵士を復活させその死せる者たちを自軍の兵として戦いに送り出しているからなのだ。つまりこちらの兵が減れば向こうは増えるという逆転現象がこの戦いではおきているのだ。市民はこの戦いの当初の印象をいまだに持ち続けている。しかし実際はその逆、むこうは盛んになり我々は消耗している。しかもこの戦いがつらいのが、昨日まで一緒に戦っていた仲間が敵として遭遇することが精神的にも辛いということなのだ。だから我々は日に日に兵力も落ち、加えて兵士たちの士気もここへきてかなり下がっているのが実情だ」
「そうですか。味方が敵となるのは辛いですよね」
「しかし聖女ハンナ、そなたがここに来てくれたなら百人力だ。今日にでも兵士の皆にそなたの来訪を告げようと思う」
「しかし、わたしは一度も何かしらの者と戦ったことがないのです。救援に駆け付けた者がこんなことを言うとハサイメさまはご不安だと思いますが、わたくしは本当にハサイメさまの手助けができますのでしょうか?」
「ハンナよ、そんなことは心配しなくていい。わたしも初めは不安だった。しかし天使さまから頂いた背に背負うこの二つの斧と天使さまの言葉を信じ戦場に出た。それからもう三か月たった。今ではブンディングの人たちに頼られる存在となった。そなたが持つ杖と盾は天使さまから頂いた品だろう?」
「はい」
「その品は普通の人間には扱えず、ハンナそなたしか扱えない。ハンナよ、その杖と盾をもった瞬間、その品の効力を一瞬で頭でわかったはず。どうだ?」
「はい、わかりました。天使さまからもご説明はあったのですが、杖は回復の御業を発揮し、盾はいかなる攻撃からも身を護ってくれるといわれました」
「うむ、そうか。ではハンナにはそれを戦場に出て、状況の時々で使い分けわれらの軍を助けてほしい。初めは緊張すると思う。しかしそなたの傍らにはわたしが必ずいる。戦場ではわたしがそなたを必ず守る。――おっ、ハンナ、あれだ、あれが我が家だ」
二人が話をしている間にハンナとハサイメはハサイメの自宅近くまで来ていました。
ハサイメはハンナを伴って家へと入りました。
「父上、お帰りなさい」
まず、彼らを出迎えてくれたのがハサイメの息子、フィントでした。フィントはこの年八歳になる少年です。
「父上、この方は誰ですか?」
「このお方は、聖女ハンナ。我々を助けるため遥々このブンディングまでやってきてくれたのだよ」
「聖女さまかぁ。すごいなぁ」
「ハンナ、この子はわが息子フィントという。さぁフィント、聖女さまに改めてご挨拶なさい」
「はい。聖女さま、ぼくはフィントといいます。よろしくお願いします」
「フィント、よろしく。わたしはハンナといいます。呼び方は聖女さまでなくてハンナでいいよ」
「じゃあハンナさまって呼ぶね」
ハンナとフィントが挨拶をしていると奥から二人の女性が現れました。
一人は、ハサイメの妻ヨルガ。もう一人はハサイメの娘ユルヴァでした。
ハサイメはヨルガとユルヴァをハンナに紹介しました。
紹介が終わるとハサイメは、ハンナが寝起きする部屋へと案内しました。部屋は、ユルヴァの部屋でした。
「すまない、ここは娘の部屋なのだが、この街にいるときはこの部屋で寝起きしてほしいのだ、娘と共同で」
ハサイメは申し訳なさそうにハンナにいいました。
「いいえ、わたくしは良いのですが、ユルヴァさんが嫌な思いをするのでは」
「いや、ユルヴァにはもう言ってあるから大丈夫だよ。さあ荷物を部屋に置いて、朝食を食べよう」
それからハサイメ一家とハンナは食堂に集まり朝食を食べました。
朝食は質素なものでしたが、ハンナは久しぶりに一人でない食事ができたことをうれしく思いながらパンやスープを口にしていました。
朝食後、ハサイメとハンナは、早速、街の郊外にある兵舎に赴きました。
ハンナはもちろん杖と盾を持って行きました。
兵舎には、数百人の兵士たちが寝起きを共にしていました。
ハサイメは兵舎前にある広場に兵士たちを集めました。
広場にある小さい台に登壇したハサイメは、兵士たちに言葉をかけ始めました。
「皆の者、こちらにおられるお方は、我々の窮地を助けるべく遥か西の地からおこしくれた聖女さまである。今のところ双子の魔女との戦いで我々は劣勢を強いられているが、聖女さまの到来で、形勢は劇的に変化するとわたしは確信している。ささ、聖女ハンナ、皆に挨拶をお願いします」
「は、はい」
台の下で待機していたハンナは緊張した面持ちで、台に上がりました。
唾を一つ飲み込んでからハンナは挨拶を始めました。
「みなさま、おはようございます。わたしはハンナ・シュタインと申します。天使のお告げに従い、双子の魔女を倒すためこのブンディングにやってきました。しかし戦闘は未経験で、初めは戦場で皆さまに迷惑をかけるかもしれませんが、できるだけ早く戦場の習いを覚え少しでも皆さまの手助けができるようにしますのでよろしくお願いします」
ハンナが挨拶を終えると兵士たちから拍手がおきました。
「よしこれより、軍議を開く。部隊長は兵舎の会議室へ集まってくれ。他の者は遠征の準備をよろしくお願いする。では解散!」
ハサイメの号令で兵士たちは広場から解散した。
「ハンナ、すまないがそなたは軍議にでてくれまいか? なあに、わたしの横で軍議の内容に耳を傾けていてくれるだけでいい。なにも身構えることはない」
「はい、わかりました」
ハンナはハサイメに伴われ兵舎の中にある会議室に移動しました。
会議室に入ると長机が部屋の中央に置かれていて、そこにはすでに五人の部隊長が着席していました。
ハサイメは長机の中央に座り、その横にハンナが着席しました。
椅子に座ったハサイメは、さっそく部隊長に発言し始めました。
「みな揃っているな。改めて紹介するが、こちらが聖女ハンナだ。ハンナ、この五人がわが軍を五つに分けている部隊の隊長だ。右の列の手前から、ラキュロットにウェイン。左の列の手前から、ケイリ、ポールス、ユーインという面々だ」
「よろしくお願いします」
ハンナが頭を下げると五人も倣って頭を下げました。
「聖女ハンナ。まずわが軍の現状を説明する。わが軍の本拠地はこのブンディングなのだが、双子の魔女と主に交戦しているのは、このブンディングから三日ほど進軍したルーティア雪原という地なのだ。そこにはわが軍の最前線基地とも言えるシナック砦がある。われらは現在、兵士を大きく二つに分けていて、その一つの大きい塊を軍団と呼び、その中にいくつか部隊を配置している。今このブンディングに駐屯しているのがハサイメ第一軍団で、この席に着いている五人の部隊長たちが、ハサイメ第一軍団第一部隊、第二部隊と以下は略すが、それぞれの部隊を受け持ってくれている。そして今シナック砦でその地の守りについているのが、オリワラ第二軍団なのだ。オリワラ第二軍団の下には八つの部隊が編成されている。その第二軍団とわれら第一軍団は今、シナック砦を守る任務を十日おきに交代しているのだが、交代の定刻が来たため明日の朝、我が軍団はブンディングを出立する。もともとこんな交代制度はなかった。戦い当初は、我が軍は、双子の魔女の居城「アイスピック」に迫ろうかという勢いであったのだが、先ほど話した通り、戦いの時間が経過するにつれ、我々は劣勢を強いられるようになり兵の士気も落ち始めた。だからその士気高揚のため、兵を二つに分け、一方をこのブンディングに戻って休養させ、一方はシナック砦で双子の魔女の軍の動きの見張り及び隙があれば攻勢に出るという作戦を立てたのだ。
しかしオリワラ第二軍団は、わがハサイメ第一軍団より兵の強さが劣っていて、だからこそ兵数は第一軍団より多く割り当てているのだが、魔女軍と相まみえれば、第二軍団の方が押されることが多いので、今はオリワラ軍は魔女軍との直接対決はさけほぼほぼ砦にこもり、籠城する形をとっている。わたしとしては今回のハサイメ第一軍団の遠征で一気に形勢を逆転したいと思っている。聖女の出現は、味方の士気が上がり、敵の勢いを挫く効果がある。この機を逃せば我々はこの先、盛り返すことができないとわたしは真剣に考えている。部隊長の皆よ、今回の遠征は特別な気持ちで戦いに臨んでほしい。以下、各部隊の兵にも、いつもよりも増して気を引き締めて行動に当たるよう伝達してくれ。では半刻後にブンディングを出立する。以上」
ハサイメが発言を終えると五人の部隊長たちは、自分が指揮する隊へと戻っていた。
「聖女ハンナ、しばし休憩ののちブンディングを出発する。ハンナは馬には乗れるかな?」
「いいえ、わたしは乗馬はできません」
「そうか、ではわたしが戦車を操縦するからその横に乗るとよい。少し揺れるので舌をかまないように気をつけてくれたまえ」
「はい。――あのぉハサイメさま、この兵舎に怪我人や病気で苦しんでいる人はいませんか?」
「うん? いや、おるにはおる。この兵舎には、戦闘で傷ついた者が何十人と病床で傷の治りを待っておる」
「わたくし、戦いに赴く前に一人でも多くの人の傷を回復させたいと思っています、よろしいでしょうか?」
「おお、それはこちらとしてはありがたい。しかし、回復の術を使うとハンナの疲労がたまるのではないのかな? 戦いへの遠征には体力が必要ぞ」
「わたくしは大丈夫でございます」
「そうか、では病床がある部屋へと案内しよう」
ハンナはハサイメに伴われ、怪我人がいる部屋へと移動しました。
部屋に入るとベッドに横たわって安静にしている人たちが三十人ほどいました。
ハンナはそこで怪我人の面倒を見てくれている女性にだれが一番重症か尋ねました。
女性は窓際のベッドにいる人が一番怪我の程度が重いと教えてくれました。
ハンナは窓際のベッドにいき、そこに横たわる人へ杖をかざしました。
すると、顔色が悪く痛みで苦悶の表情を浮かべていたその兵士は、みるみるうち顔色は良くなり、苦悶の表情は消え、その兵士は、目を開くとベッドから跳ね起きました。
「なんだ、何が起こったのだ!」
兵士は頭や腕に巻かれていた包帯をはぎ取るように取って傷口を確認しました。
「き、傷が治っている、治っている!」
兵士は絶叫しました。
「おお、これが聖女の力か!」
ハンナの横に立つハサイメも兵士と同じく興奮ぎみに言いました。
それから時間が許す限り、ハンナは怪我をしたり凍傷を負ったりしている兵士の傷を治しました。
結局、半刻にも満たない時間でハンナは部屋にいる兵士たち全員の傷を全快させました。
「ハサイメさま、おれたち元気になりました。おれたちのほとんどはオリワラ軍団ですが、今回のハサイメ軍団の遠征軍に入れてください、お願いします!」
全快した兵士たちは、縋り付くようにハサイメに懇願します。
「そなたたちの気持ちうれしいぞ。わかった。ここにいる兵をハサイメ第一軍団ユーイン第五部隊に編入するとす」
「おお!」
全快した兵士たちは拳を上げ歓喜しました。
兵士たちはハサイメとハンナに頭を下げ、部屋から出ていきました。
空っぽになった部屋を見て兵士たちを看病していた女性数名はあっけにとられています。
「聖女ハンナ、そなたの力は想像以上だ。そなたがいれば今回の戦いで形勢が逆転するどころか、一気に双子の魔女を倒すことができるやもしれない」
それからハサイメとハンナは、兵舎前の広場に移動しました。
二人が広場に行くと兵士たちはきれいに整列していました。
ハサイメは、みながこちらを見の瞳が、いつもと違って輝きがあるように思いました。
「よいか皆の者。今、わが軍には聖女ハンナがいる。もうすでに聞き及んでいるかもしれないが、この兵舎で魔女との戦いで療養していた兵士三十名ほどが、聖女の奇跡の御業で全快し、我々の軍に復帰することができた。軽傷の者はともかく、重傷者をも聖女ハンナは全快することができたのだ。傷つくことを恐れるなとは言わぬ。しかし我々には聖女ハンナがいる。皆が限界を作らず死力を尽くせば、今回の戦いで我々は勝利を呼び寄せることができるかもしれない。ここが正念場ぞ、皆の者。われらには聖女さまがいる――」
ハサイメは兵を煽るように最後の言葉を前のめりに言いました。
それに応えるように兵士たちは、
「われらには聖女さまがいる!」
と叫びました。
「――われらには聖女さまがいる!」
「――われらには聖女さまがいる!」
ハサイメと兵士たちの声は、交互に数回連呼されました。
その後、ハサイメとハンナが乗った戦車を戦闘にハサイメ第一軍団はブンディングを出立しました。