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聖女ハンナ  作者: 零位雫記
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01 聖女誕生

1 聖女誕生



遠い昔のこと、ある寒い地方に身寄りのない少女がいました。

両親は二年前、少女が十二歳のときにたて続けて亡くなり、少女はそれから両親が残してくれた小さいあばら家で一人で生活していました。

しかし生活をするといっても、少女の家は元々極貧で、耕作する土地も無くましてや財産もなく、少女は、近所に住む老夫婦の施しを受けながらなんとか日々生活を送っていました。

あばら家には家具もなく、ベッドもなく、少女に残された物といえば、現在着ている服と帽子、そして、少し窮屈になった靴しかありませんでした。

そんなある日、近所に住む老夫婦のおばあさんが少女の家にやってきました。

そしてこう言いました。


「主人がおととい突然死んだんだよ。で、わたしはここからかなり遠い親戚の家に身を寄せることになってね。ハンナちゃんもそこへ一緒に連れていきたいんだけれども、親戚の家も小さい子が三人いて、わたし以外に食べ物寝る場所の提供はできないということなの。だから申し訳ないけど、今後あなたに食べ物をあげることはできなくなってしまうのよ」


おばあさんは涙を流しながら少女に言いました。


「おばあさん、今までわたしの面倒を見てくれてありがとう。わたしは大丈夫。町で仕事をみつけてお金を稼いで生活するわ」


それから二日後、おばあさんは、親戚に伴われ遠い地へと引っ越していきました。

おばあさんは引っ越す直前、最後にと少女にパン五切れとチーズ三切れをあげました。


「なんとかこれで仕事が見つかるまで食いつないでね」


おばあさんの温情に少女は涙しました。

少女はおばあさんを見送るとさっそく町に出かけ、仕事探しを始めました。

しかし、少女はこのときよりも前から町に出ては、仕事を探していました。が、町も決して繁華な町ではなく地方都市のさらに人けの少ない町だったので、仕事という仕事はなかなかありませんでした。

少女の体力では力仕事はできないですし、町に三軒ある酒場でのウエイトレスはもう間に合っていて、その日少女はなんの結果も残せず帰路につきました。

その次の日も仕事は見つからず、その次の日もその次の日も仕事は見つかりませんでした。


「やっぱり仕事はみつからないのかしら」


町中を歩きながら少女がつぶやいていると、向こうの方から一人の小さな男の子が頭をさすりながら、


「頭が冷たいよぉ」


と泣きながら歩いてきます。

このとき季節は冬を迎えようとしていた時季で、たしかに町中に吹く風は冷たいものでした。

男の子が可哀そうと思った少女は、自分が被る帽子を男の子にかぶせてあげました。


「ありがとうおねえちゃん!」


男の子はそう言うと嬉しそうに笑顔を浮かべどこかへ走って行ってしまいました。

次の日、また少女が町で仕事を探していると、井戸端の陰で軽装の女の子が寒さに身を縮こめて震えているのを発見しました。

少女は女の子に近づき、着ていた上着を女の子の肩にかけてあげました。

女の子は、「ありがとう」と言って上着をきちんと着直しその場から立ち去って行きました。

また次の日、少女が仕事を探すべく家の玄関を出ると、家の前に倒れている男がいました。

少女は男に駆け寄り声をかけました。

男はまだ息があり、かすれた声で言うにはここ数日飲まず食わずでここまで来たということでした。

少女はあばら家に戻り、あと二切れしかないパンのうちの一つと水を持って男にそれらをあげました。

男はパンを食べ水を飲み干し、それから感謝を述べ、立ち上がってどこかへ去っていきました。

それから少女は町に出て仕事を探しました。

少女は、とある酒場の店主に、「ニーベルの宿屋で給仕の働き手を探しているって聞いたけどな」という情報を得て、小躍りしながらその宿屋へと向かいました。

その宿屋にいく途中、少女は自分のスカートが引っ張られていることに気が付きました。

見てみると、小さい女の子が、少女のスカートの中ほどをギュッと握っていました。


「どうしたの?」


少女は女の子に尋ねました。


「わたし女の子なのに、スカートはいたことないの。このおねえちゃんのスカートいいな、欲しいな」


少女が女の子を見てみると、女の子は多分男の子用のズボンをはいていました。しかも両方の膝あたりはともに破れ穴が開いている状態でした。


「わかったわ。このスカートあげる」


少女はそういうとスカートを脱ぎ女の子にはかせてあげました。


「わぁい、ありがとうおねえちゃん!」


女の子は、長めのスカートをはいて嬉しそうにはしゃぎながらどこかへと行ってしまいました。

ついに少女の身に着けているものは、下着と靴だけになりました。

その姿で少女は宿屋に行き、仕事をくださいと言いました。


「そんなナリしたやつをここで働かせられるか!」


宿屋のあるじは凄まじい剣幕で少女を宿から追っ払いました。

少女は肩を落としてあばら家に帰りました。

その日の夜は風が強く、少女は寒風が吹きすさぶ部屋の隅で体を丸くして寝ていましたが、突然轟音が響き、驚いた少女が目を開けるとあばら家の屋根が風で吹き飛び、天井もなにもない黒い空間が少女の頭上にぽっかり空いてるのがわかりました。

そのまま少女は一睡もせず夜を明かしました。

少女は風に飛ばされることなくあばら家に残っていたパン一切れを胃に入れ、仕事を探しに町に出かけました。

少女は日が暮れるまで仕事を探しましたが、ついにこの日も仕事は見つかりませんでした。

夜になり、風は昨日と一緒で強くなってきました。

少女は屋根のないあばら家に帰ろうと町外れまでやってきました。その町外れにこの季節だというのに真っ裸の女の子が「寒いよ、寒いよ」と腕を体に巻き、泣いている姿を発見しました。


「どうしたの?」


少女は女の子に言いました。


「昨日の強風でわたしの家は吹き飛ばされ、着る服もなにもかも風に持っていかれたの。それでお父さんが隣町まで生活に必要な物を買いに行っているんだけど、その帰りをここで待っているの」


「そうなの」


少女はそういうと自分の着ていた下着を脱いで女の子に着させてあげました。


「これだけ暗かったら、裸になっても恥ずかしくないわ。足も冷たいでしょ、この靴もどうぞ」


少女は靴までも女の子にあげました。

もう少女はなにも持っていません。

少女は冷たい風が吹く中、あばら家を目指します。

しかし、あばら家には屋根もなく、中にいても外と変わらないと思った少女は、森へ行こうと決めました。森に生える樹々が風から身を守ってくれると考えたのです。

少女は森に足を踏み入れました。

どんどん奥へと進み、身を落ち着けるところを探しますが、なかなか適した場所は見つかりません。どこもかしこも冷たい風が吹きすさんでいるのです。

少女は足を止めました。お腹もすき歩くことができなくなったのです。

少女は頭上に目をやりました。

真っ暗な樹々に生い茂る葉が音をたてながら風になびいています。そのざわめく葉の隙間に、ポツポツと小さい明かりがみえます。

星です。


「きれい」


少女はつぶやきました。


「お父さま、お母さま、わたし、懸命に生きようとしましたが、どうやらここまでのようです。もうそちらにいっていいですよね」


少女は瞳に涙をため言いました。

そのときでした。

一陣の風が少女の後ろから吹いたかと思いきや、その直後、先ほどまで森を吹き抜けていた強風がぴたりと止み、森の中は突然にシンと静まりかえりました。

少女は、何事かとあたりを見渡しました。

星明りに照らされる森の樹々の枝や葉は微動だにせずそこいらにあり、少女はあっけにとられその場に立ち尽くすしかありませんでした。

と、ここで少女は自分の頭上が急に明るくなることを感じました。

少女が真上に視線を移すとそこには異常な輝きを放つ一つの星がありました。

星はさらに輝きを増しつつ、いいえ、というよりもだんだんと大きくなってきているようで、少女は光がここへと近づいてきているのだと思いました。

やがて星、というより不思議な発光体は、樹々の枝や葉っぱの間を通って少女の目の前におり立ちました。

少女は裸でしたが、その光に包まれると寒さはなくなりなんだか温かい気がしました。

少女は目を凝らしました。そして目を凝らした視力で光を見て驚きました。

というのもそこにはすらりとした長身の美麗な女性が立っていたからです。

その女性は、白く美しいロングドレスに身を包んでいて、右手には白くて短い杖のような棒を持ち、左腕には、左半身を全ておおうような大型の円盤の盾のような物体を備えていて、少女はその女性が空想上に存在する何らかの女神だと勝手に思ったのでした。


「あなたは、ハンナね?」


光り輝く白いロングドレスを着た女性は少女に尋ねてきました。


「は、はい、わたしはハンナ、ハンナ・シュタインといいます」


「ハンナ。あなたは天上の審議会においてこの惑星では六人目となる聖女に任命されました」


「聖女?」


「そうね、いきなりこんなこと言われても意味がわからないわよね。それにあなたは今全身裸。まずは着るものが必要ね」


美麗な女性はそう言うと右手に持つ白い棒を少女に向かってかざしました。

すると驚くべきことに、裸だったはずの少女は、一瞬で白い衣服を身にまとっていたのでした。


「え、え、え」


少女はあまりの出来事にあからさまに狼狽します。足元をみれば靴もはいています。


「驚いたでしょハンナ。 自己紹介がおくれたわね。わたしは天使の階級で第五の位にある力天使ヴァルキュリア・エイル。わたしたちはあなたの力をかりたくて、わたしが天上界から代表してここにきたの」


「あなたさまは天使なのですか?」


「そう。わたしたち天使団はあなたの日頃のおこないを天上界で長年みていたの。そしてあなたが自分を犠牲にしてまでも他人を助けるという慈愛に満ちた心を真に持ち合わせているということがわかったのであなたは選ばれたの、聖女にね。聖女は、普通の人は持ち合わせない特別な力を持ち、その特別な力を使って困難な障害を乗り越えていくための存在なの。そのためにわたしは今からあなたに聖女となる儀式をおこないます」


「はい……」


「怖がることはありません、ハンナ。儀式はすぐに終わります。今からあなたにはあるしなを与えるのだけれど、この儀式を行わなければ、あなたはその品を扱うことができないのよ。あなたにはその品の力を使ってこの世界に蔓延(はびこ)る悪を排除していってほしいの。わたしたち天上界の者たちに代わってね」


「あ、あのわたし頭がよくないのであなたの言っていることがよくわかりません」


「いいえ、あなたは賢い子。しかしそうね、いきなりこんなこと言われても受け入れられないわよね。でもハンナ、わたしには時間がないの。わたしがここにいられる時間は限られていて、もうその時間はあと少ししか残されていない。説明はしたわよね。あなたにはわたしが今から与える力を使ってこの世界に蔓延る悪を排除してほしいということを。あとはあなたに聖女となる儀式をほどこし、品を与えるだけ」


「はい……」


「ハンナ、今からあなたに与える品は二つ。一つは、杖で、これは傷ついた人や病気の人にかざせばその人の傷であれば傷は塞がり、病気であれば全快し、つまり治癒の効果をもたらすもの。またその杖をあなたに立ちはだかる敵に向ければ、杖の先から聖なる光線がほとばしり敵を撃退することができる。もう一つは盾。盾はあなたに降りかかる物理的な打撃を防御してくれ、また吹雪や炎からあなたの身を護ってくれる。この二つの品を使うことができるのは聖女と聖人だけ。だから今からあなたに聖女となるための儀式をおこなうの。あなたにはこれらの力を使って弱き人者を助け強き者を挫いてほしいの」


「はい、わかりました天使さま。しかし弱き人というのは弱っている人、助けを求めている人ということでなんとなくわかるのですが、強き者というのは具体的にはどういった人なのですか?」


「それは、この世に蔓延(はびこ)るまさしく悪事を働く存在よ。下は店で万引きする者、人を騙して利益を得る者。上は、自分の身勝手な野望のため、他国に無用な戦争を仕掛ける者。あなたに期待することは上の自分の身勝手な野望を持つ者の討伐よ。大抵その者たちは悪魔から邪悪で強い力を付与されその力を使い近隣諸国を蹂躙している。できればわれら天使軍がその者たちを討伐したいのだけれども、わたしたちがこの惑星で発揮できる力は、われらが認めた者に偉大な力を内蔵する品を与えるだけ。それは悪魔軍も一緒なのだけれども、我々の代理としてあなたたち聖女、聖人は悪魔族の代理としてこの世に存在する者と戦う使命なの。この惑星の繁栄のためにね。われら天使軍は悪者あくじゃを直接退治することはできなくて、われらが認め、われらが認めた強い力を持った者が悪者を討伐するしか方法がないの。だからそのことをあなたに託すの」


「はい、わかりました、天使さま。しかしまずわたしはどこにいけばいいのですか? その倒すべき悪者はどこにいるのですか?」


「そうね、それは教えてあげられる。というより教えないといけない。まずはここから東にいる双子の魔女、エルザとアンを討伐してほしい。彼女たちの力のせいで、この地を含むかなり広い一帯が寒さで脅かされている。彼女たちが使う力は、ずばり氷よ。でも心配しないでハンナ。あの地ではあなたより先に一人の聖人が民衆で組織された戦士団を引き連れ、先頭にたって戦っている。その男の名はハサイメ。ハサイメはトゥアックスと綽名あだなされ、両手に金の斧と銀の斧を持ち、双子の魔女の攻勢を一手に引き受けている。でも、双子の魔女が送り出す不死の怪物たちに最近は押されているようなの。そこであなたにはかの地へ赴き、ハサイメの手助けをしてほしいの」


「わかりました、天使さま。今から早速東へと向かいます」


「ありがとうハンナ。これからあなたにはいろいろな苦しい試練が待ち受けているとおもうけど、あなたには心強い仲間がいることを忘れないで。ではまずは、これからあなたを聖女となるべく儀式をおこないます」


そういうと天使は、手に持つ棒をハンナにむけこう言いました。


「ハンナ・シュタイン。今からわたしはあなたを聖女として認める儀式をおこないますが、それを受け入れる覚悟はありますか?」


「はい、天使さま」


「では、目を瞑り、儀式を受け入れる体勢を取ってください」


ハンナは言葉通り瞑りました。

天使はそのことを確認すると、ハンナの頭の上で手に持つ棒で三回円を描きました。

するとハンナは輝く光に包まれました。その直後ハンナの頭のすぐ上にも光り輝く円盤が出現しました。

しばらくするとハンナを覆う光が消え、彼女の頭の上にあった円盤も消えました。


「もう目を開けていいわよハンナ」


言われた通りハンナは目を開けました。


「これであなたはこの惑星で六人目の聖女となりました。ちなみに今この惑星にいる聖女はあなたを入れて二人。あとの四人は寿命で生命が失われ、この惑星にはおらず、今現在彼女たちはわれら天使の一員となっています。さて、次にハンナに特別な力を持った品を渡します」


天使は、ハンナの目の前に棒を突きだしました。

するとハンナの目の前に杖と丸い盾が現れました。


「ハンナ、それを持ってハサイメのもとへ行くのです。先ほど言った通り杖は武器にもなるし、傷にかざせばその傷は回復し、また、あらゆる病気の症状を改善してくれる効果があります。加えて盾は、物理的な攻撃、または炎の熱、吹雪の寒さからあなたを護ってくれます。それらを手にここから旅立つのです。わたしたちはいつもあなたを見守っていますよ」」


天使はそう言うともと来た空へと昇り、星となりました。

ハンナは天使を見送ると、森を出て村へ向かいました。

村でハンナは、傷ついた人、または病気に侵されている人を天使に渡された杖で一晩かけて治してあげました。村の人たちは奇跡をおこすハンナを天が遣わした聖女と手を合わせ拝みました。

朝日が昇るとハンナは東の地へむかって村を出発しました。


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