第5話 魔法が使えるから
吉野川大橋の手前で側道に入り、右折したのち、北岸を西方向へ進む。シェイが感じ取るのは大雑把な方角のため、多少の大回りもあるだろう。運転する鯖瀬巡査は、シェイの言う方角から考え
「北岸を走るか南岸を走るかですね。どっちの土手沿いを走っても、いくつか橋もありますし。あとは、汽車の可能性も残ってますが……」
今走行している場所からだと、全日本旅客鉄道の高徳線が走る吉野川橋梁が最も近い。その次は四国三郎橋、名田橋、橋ではないが第十堰が続く。
「2人の移動手段……。徒歩かそれとも……」
悠夏が考える前に、シェイは移動手段について
「お金がないから、歩いて移動してると思う」
「ヒッチハイクの可能性もありますよ?」
鐃警がヒッチハイクのポーズをしながら言うと、シェイはすぐに否定し
「逃げてる身だから、誰にも頼らないだろうな。螢なら特に」
「ただ、土手沿いは交通量が多いのですし、ランナーを見かけることもありますよ?」
「草刈りをしてないから、身を隠せると思うけどな」
道路脇や斜面の雑草はかなり高くまで育っている。刈る直前だろうか。
榊原警部は、また電話をしていた。相槌だけだと、会話内容は分からない。ただ、深刻な表情だった。「分かりました。伝え方は少し考えます。続報があれば、お願いします」と、電話を切る。鐃警が気になったようで
「長谷警部補ですか?」
「いや、田口警視正からだ。長谷警部補は、別件で外に出ていて、代わりに」
「この件に関わることですか?」
「あぁ……。ただ、内容がかなりショッキングなことだ。この場で言うべきではないな……」
榊原警部が内容を伏せようとするため、悠夏と鐃警、鯖瀬巡査は黙った。ただ、シェイは違った。
「それって、俺がいるから?」
「……ノーコメントだ」
「ほぼ答えに聞こえるんですけど……」
「子どもに言うべき内容ではない」
「やっぱり。それは、螢に関して? それとも、母親に関して? もしくは、俺が関与してるかもしれないから?」
シェイの問いに、榊原警部は黙った。
「それなら、俺は俺の方法で調べるよ」
シェイは右手の人差し指で、宙に何かを描く。それが魔法だと察した悠夏は
「榊原警部。言わないと、シェイ君がすべてを知ってしまいます……」
「僕も佐倉巡査に賛同します。シェイ君は魔法使いです。特課が責任を持って証言します」
鐃警もシェイの魔法を止めるために言い、シェイは右手を下ろした。
「魔法で隠し事も分かるのか。便利だが、同時に悲しいな。本人のためを思い、敢えて言わないとわざわざ言葉にしたにも関わらず、相手の尊重を無視して、盗み取る。御節介だと思われたかもしれないが、後悔するなよ。覚悟ができているのなら、話そう」
「螢が置かれている環境は、俺のミスが原因だった。友達として、救いたい。教えてください」
シェイが頭を下げて懇願した。榊原警部は、やはりそれでも迷ったが「分かった……」と、榊原警部本人も覚悟を決めた。
「今から話すことは、螢君にとって心の傷になっている部分だと考えられる。本人の前で、それを言わないこと。また知っていると勘付かれないこと。当然ながら、ここだけの話にすること。それが条件だ。特課と徳島県警も同じだからな」
榊原警部がそれぞれに釘を刺す。
「先日、警視庁が保健師助産師看護師法違反罪の容疑で逮捕した洒家間 龍尾という男。医師免許が失効していたにも関わらず、施術を行ったそうだ。他にも余罪があるそうで、過去の患者について水没したハードディスクを復元し、中にあったカルテを調べていたところ、名前は偽名表記だが、口座情報のメモが残っており、そこのリストに星空 見伊那の名前があった」
「まさか……。偽名ということは、正規の手順を踏んでいないってことですよね? 保険も使えないでしょうし……」
悠夏は嫌な予感がした。榊原警部は淡々と語り
「カルテの日付は、星空 見伊那が亡くなった日。つまり、星空 螢が失踪した日と母親が亡くなった日に、洒家間容疑者が現場にいた可能性が出てきた」
「ということはですよ。洒家間容疑者には、殺人容疑もあり得るってことですよね?」
鐃警が先走ると、鯖瀬巡査が冷静に考え
「初動捜査では、外部犯に関する指紋や証拠はなかったと思います。もしそんな人物が出入りしていれば」
榊原警部は遮るように
「そもそも現場で違法な施術を行う予定だった場合、家に入る時点で警戒しているはずだ。近所の人が寝ている深夜に出入りしていた可能性もある。自分の滞在を隠すために、ありとあらゆる手を使うだろうな」
「それは十分考えられますが……」
鯖瀬巡査は曖昧な部分が多いと考え、否定的なようだ。
「で、カルテの情報から家庭事情が見えてきた。佐倉巡査」
「はい?」
榊原警部に名前を呼ばれて反応したが、何か確認だろうか。悠夏の考えはその通りだった。榊原警部は実際に会ったときの話で
「星空 螢に会ったとき、第一印象はどうだった?」
「第一印象と言いますか、最初のイメージは供述録取書に書かれていた文面でした。当時の被疑者の証言で、螢君だけは”くん”呼びと”ちゃん”呼びがあって、中性的なのかなと。実際に見たときも、確かに見る人によっては、女の子に見えなくもないかな、と……。第一印象って、外見でいいんですよね?」
「シェイ君は?」
「俺は、転校生として紹介されたとき、担任の先生が君呼びだったから。でも、長髪だったのが気になって、一回だけ聞いた。そしたら、聞かれたくないことだったらしく、返事は無かったな」
悠夏とシェイがどちらも性別について触れたため、鐃警は
「ん? どっちも言われなければ、女の子だと勘違いしてたってことですか? 僕は、別に性別は気にしないんですけど……」
確かに供述調書を見たとき、鐃警は「断定できないだけですよ」と、曖昧なままで受けとっていた。
榊原警部はそれぞれの第一印象を聞いた上で、「やはりな……」と納得し
「小学生のとき、プールの授業は?」
「俺が入ったのは秋だったから……」
シェイは秋から翌年にかけて学校生活を送っており、夏のことは知らない。
「聞いてないですね。すぐに、確認します」
悠夏は香村 由岐教諭に確認しようと電話番号を探す。悠夏が電話をかける前に、榊原警部は
「もし、プール授業は全て休んでいたとしたら、理由は痣が見えるからだろうな。推測の域だが、別に水着がなければ保健室かどこかで借りられるだろう。仮にどっちを持たされていたとしても」
「それってどういう……?」
悠夏は、榊原警部の考えが読めないわけではないが、疑った。だが、その通りだった。
「カルテに書かれていた内容だが、性別転換だった」
To be continued…
移動部分は、Googleマップ見ながら書きつつ。結構テキトーなので、近道ではないと思います。所要時間もテキトーですし……。
さて、シェイが魔法で榊原警部から情報を得ようとしていますが、人の記憶を勝手に見る”記憶探索魔法”は、『紅頭巾Ⅴ』でシェイ本人が「相手の個人情報とその人以外の個人情報も引き出せるため、禁止されていている」と言っています。つまり、ハッタリですね。榊原警部からなんとか聞けないかと、適当な魔法で演技したようです。悠夏たちは、禁止されているとは露知らず。
悠夏が螢の第一印象として言っていた供述調書ですが、『MOMENT・STARLIGHT(以下、MS)』の第7話で「供述調書の話の流れ的には、自分は女の子だと受けとったんですけど」と言っています。同じく『MS』の第14話で、香村先生が「シェイ君の席は、窓際の一番後ろ。分からないことがあれば、前の席の星空君や隣の列の高山さんに聞いてね」と言っていました。
次回は、螢が受けていたDVについてです。大方予想はつくと思いますが……