第4話 友人の証言
2019年5月13日、徳島阿波踊り空港。警視庁特課の佐倉 悠夏と鐃警、同じく捜査一課の榊原 岾人警部の3人が到着口から出ると、1人の少年と若い男性がこちらを見て待っていた。
「お待ちしてました」
若い男性は、徳島県警阿北警察署刑事課所属の鯖瀬巡査だった。悠夏とは中学の同級生であり、先月と先々月の事件で共に捜査をしていたこともあり、何より廃忘薬について知っている人物でもある。
羽田空港へ向かう途中、車の中で佐倉巡査は、先に鯖瀬巡査に連絡をしていた。先に到着するシェイに話しかけて、一緒に待ってほしい、と。
「一応、表にワゴン車をとめてあるのですぐに移動できますよ」
「鯖瀬君、どこに向かうつもり?」
悠夏が鯖瀬巡査に問うと、シェイが行き先について
「たぶん、螢がいる場所。大雑把にしか分からないけど……」
「星空 螢の居場所が分かるのか?」
榊原警部が不思議そうに聞いたため、シェイは悠夏と鐃警に対して
「どのぐらい話して……?」
悠夏は少し考えて、
「えっと、シェイ君のことはあまり説明してないかな……。螢君と志乃ちゃん、ルーイン・エンパイアのことは話したかな……」
鐃警は空港の時計を見て、
「詳しい話は、車に乗ってからにしましょうよ」
ワゴン車に乗って、徳島阿波踊り空港を出発し、国道11号線を徳島市方面へと南下する。助手席に乗った榊原警部が誰かと電話していた。「頼んだぞ」と伝えて、電話を切ると
「屋嘉部の件は、藍川と沖縄県警が対応する。アポは取れたみたいだ。11時の飛行機に乗ったらしいから、那覇に着くのは1時半過ぎだろう。それから船で離島まで行くとなると、実際に会うのは夕方だな」
「それだと、こっちが志乃ちゃんと合流する方が早そうですね」
「おそらく、な」
志乃に関しては、両親のところへ戻れば解決だろうが、螢の場合は事件が関わっており、そちらに捜査の重点を置く。目的地に向かいつつ、シェイを知っている2人から、螢に関する話を聞く。
「シェイ君は螢君と同じクラスだったみたいだけど、螢君について話を聞かせてもらってもいいかな?」
「警察は、どこまで知ってるんですか?」
シェイからまた同じように質問された。あのときは、龍淵島に関して聞かれたが、今回は螢に関して。今回は鐃警が答えた。
「警察としては……、星空 螢は富都枝学園附属小学校に通っていたこと。家庭内暴力を受けていたこと。母親が亡くなったあとに行方を眩ましたこと。廃忘薬を服用していること。そして、龍淵島にいたこと」
さらに悠夏が続けて
「できれば、包み隠さずに言って欲しい。今の状況だと、かなり螢君は不利な位置にいる。それと、これは非公式なんだけど……、当時クラスを担任していた香村 由岐教諭は、シェイ君が魔法を使えることを知ってたみたい」
「香村先生が……? 見られてたのか……」
「3回目に会った際、ご近所で有名な野良猫をシェイ君が救った話を聞いて。その野良猫って」
「ユイア。後にも先にも、約束を破って魔法を使ったのはあれだけだった。螢だけでなく、先生にも見られたんだ」
「当時、何があったか教えて」
悠夏がシェイに問いかけると
「どこから話すべきか分からないけど……。そのときは、完全に平和ボケして油断していた俺の失態だった。鶴城神社の裏手で、俺と螢はキャッチボールしてた。裏手にはほとんど人はこないから、リュックを木陰に置いていた。水筒を出して、ファスナーを閉めるのを忘れていたが故に、ユイアが漁りに来て……。気付いたのは、螢だった。「シェイ、何かを盗られてる」って叫ばれて、何を盗まれたかは、すぐに分かった。小さい銀色のケース。袋を咥えて持っていこうとしたから、俺はかなり焦った。逃げる猫がすばしっこくて、鳥居をくぐって、階段を駆け下り、ユイアが道路に飛び出した。そしたら、乗用車がいて。このままだと危ないと思い、自分に魔法を使って、階段の多分15段ぐらい上から勢いよく飛び出して、猫を抱えて道路の反対側まで飛んだ。急ブレーキを踏んだ運転手はパニック状態で何が起こったか把握できていない感じだったけど、螢にはバッチリ見られた。誤魔化せないような、状況だったし……」
「香村先生によると、当時、授業で使うための本を買いに行った際、目撃したそうです。現場に駆けつけたあと、シェイ君の姿がなかったので、不思議に思ったそうです」
「勢い余って、向かいの塀で怪我すると思い、多分転送したんだと思う……。パニックになって、自分で何の魔法を使ったか分かってないけど……。神社の階段脇の茂みに転がって……、ユイアからケースを返してもらった」
「ちなみに、香村先生はそのことをシェイ君のお祖父さんに聞いたそうです。そうしたら、魔法のことを少しだけ聞いたそうです」
「知らなかった……」
シェイは、ワーティブから魔法の使用について言及されなかった。だから知らないと思っていた。しかし、担任を経由して、魔法使用は知っていたようだ。
「魔法について、螢に説明せざるを得なくなり、少しだけ説明した。そのときに、俺がミスったのは……、ケースに種が入っていることまで喋ったことだった……」
「種というと、”魔法の種”ってやつですか?」
鐃警が聞くと、シェイは頷いて答え
「結果は、知っての通り……」
「なるほど。本来使えるはずのない魔法を、シェイ君から奪い、その種を使って莫大な魔力を得た。結果、暴走して異世界が出来上がった。ということですか?」
鐃警の確認にシェイはまた頷いた。悠夏はシェイの話を整理しつつ
「ざっくりと、事件前と異世界転移の件が繋がりましたけど……。本題はまだ」
「流石に、俺も螢がどんな暴力を受けていたかまでは……」
シェイは分からないと言い、首を横に振った。
「ただ、ひとつ言えることとしては……。螢は、母親を殺したのが自分だと思っている。だからこの世界に帰りたくなかったと思う。でも、志乃をもとの世界に戻すために、異世界転移を続けている。志乃と会ったのは、おそらく別の世界か、世界の狭間を航行中に。螢によると、船で2人とも捕まっていたと言っていた。その船は、あの日、龍淵島の上空に現れた船と同一だと思う」
「あの全貌が見えない、船底しか見えなかった飛行船ですか? と言っても、あのときのことを僕以外は誰も覚えていないんですが……。それに機械の目には見えないようで、佐倉巡査が言ったのがそんなニュアンスだったかと」
鐃警は船のジャミングで故障することを恐れて、早めにシャットダウンした。それが覚えていた理由かもしれない。船が立ち去るときに、何やら不思議な攻撃があった。それで記憶改竄が行われたのだろうか。
「船が立ち去る直前に、記憶を消すようなことをしたのかもしれない。俺は、その攻撃が終わる前に脱出したから影響が無かったのかもしれない。結局、螢が活発に動くようになったのは、志乃の存在が大きいだろうな。志乃と螢が同じ世界の住民だったのは、偶然なのか分からないけど……」
3人の会話を聞いていただけだった榊原警部は
「かなりファンタジーが濃すぎて、理解が追いつかないな……」
「同じく、です……」
運転手の鯖瀬巡査も榊原警部に賛同した。
To be continued…
鯖瀬巡査がシェイに声をかける部分は、あってもなくても変わらないと思うのでカットです。鯖瀬巡査とは、毛利 貴之の事件関連で、3月と4月に会ってましたね。そう考えると、四国に行く頻度が高いな。
さて、シェイが聞いた「警察は、どこまで知ってるんですか?」は、『MOMENT・STARLIGHT(以下、MS)』の第7話で、龍淵島について悠夏と鐃警に問いかけていました。香村教諭と特課は、『MS』の第20話で初めて会っていましたが、その後も会っていたみたいです。
”魔法の種”は、シェイがもしものときに備えて、当時1つだけ持っていました。それが魔力を持たない螢の手に渡り、前作で魔力暴走に至りました。『MS』で第10話では、ユイアが「螢は自分がやったと思い違いをしている」と証言していました。ユイアという名の野良猫は、事件に巻き込まれており、目撃者みたいですが、証拠にはならないですね……。異世界で野良猫と同じ名前の少女が証言したと言われても……。
あとは、鶴城神社は、『エトワール・メディシン』の第33~35話あたりで登場した神社と同一です。55段の石階段の上にあります。