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夜会は僕に優しくない

 夜会用のドレスをお召しになった皇女殿下は、それはそれは綺麗だった——


「……カスパー卿?」

「あ、はい。参りましょう」


 ぼーっと見惚れていた僕は、慌ててエスコートをする。


「———」

「———」


 いつにも増して会話がない。レーア皇女殿下と気兼ねなくお話できるのはこれが最後になるかもしれないのに……話しかけても素っ気ない。


(少しは仲良くなれたと思ってたんだけどな……)


 殿下、もしかして機嫌が悪い?やっぱり昨日の情けない話を聞いて嫌になったんだろうか? 


 ぎこちない空気のままホールに到着する。


「では、入りましょう」

「はい」


 ふう——っと息を吐いて、踏み出す。ここから先は時間との戦いだ。なるべく目立たないようにやり過ごす!僕は空気!

 ホールに入った途端、中にいた貴族達は皇女殿下の美しさに皆目を見張る。次に隣に立っているのが僕だとわかると、コソコソと話し始める。


 散々な言い様だった「まぁ!なんてお美しい方なのかしら!」とか「あれがエカードライヒの姫か!なんとお美しい…」とか、ここまではいいのだけれど……


「お隣にいるのはカスパー辺境伯だわ」

「嘘〜、彼がお相手なんてかわいそうだわ」

「あら、でも辺境伯は可愛らしいお顔で、愛想もいいじゃない」

「えー、でも頼りないわ。私だったら絶対嫌よ」

「まぁ、あまり評判は良くありませんものね…」

「本当にカスパーが皇女と婚約するのか!?王国の男性がみんなあんなやつだと思われたら、敵わんな。誰か代わった方がいいんじゃないか?」

「あれじゃあ、月とすっぽんだね…早く、誰かなんとかしなよ……」


 どんどん酷くなっていく。予想はしていたけれど、やっぱり陰口ばかりだ。みんなコソコソと聞こえるように話している。皇女殿下はガッカリなさっただろうか?こんなに、陰口を叩かれる男性のエスコートなんて嫌だろう。居たたまれない……


「お兄様!」


 気まずい思いをしていると僕たちに気づいたフィーナがやってくる。彼女は約束通り新しく仕立てたドレスを着ていた。

 僕と同じ薄い金髪、陽の下では明るいライラックに輝く瞳は、今は会場の淡い光の中で落ち着いた深い紫に煌めいている。新調したドレスには、フィーナの瞳と同系色のクロッカスと、白の生地が使われ、首元や袖には金糸の刺繍やレースがあしらわれている。大人っぽさがありながらも可愛らしい雰囲気の装いだ。

 普段の活発な雰囲気はなりを潜め、花の妖精のように無垢で可憐な妹がニコリと可愛らしく微笑んでいる——


「フィーナ、とっても似合ってるよ!今日のフィーナは妖精さんみたいだね」

「ふふ、ありがとうお兄様」


 フィーナは嬉しそうに笑って僕の手を取る。妹の可憐な姿は兄としても鼻が高い!何より、贈ったものを喜んでくれるのは嬉しいよね。


「私からもお礼申し上げます、兄上」


 普段の気安い態度を何処かに置いてきたコードが、恭しく頭を下げてくる。彼は公式の場では僕を立て、忠実かつ完璧な騎士らしく振舞う。

 いつもそうだ、僕が領地をきちんと纏めていることを示すように…

 

 今日もカスパー騎士団の儀礼用の隊服を着込んでいる。けれどよく見ると夜会に合わせて、いつもより華やかなカフスボタンや帯飾りを付けている。首元からは僕が贈ったワインレッドのスカーフが覗いている——


「コードもかっこいいね!スカーフ付けてくれて嬉しい。」

「当たり前だろ!」


 みんなからは見えないようにコードがニカッと笑う。いつものコードらしい態度にクスッと笑ってしまう。


 2人は僕の隣に佇むレーア皇女殿下にも挨拶をする。フィーナは殿下の美しい装いを褒めて、殿下はそれに控えめに応えていた。


 今日の殿下の夜会服は、ライラックを基調に銀糸の刺繍とレースがあしらわれている。淡い色合いのドレスは、殿下の青銀の髪と薄い瞳の色を引き立てていて——それはもう、月の精のように美しかった。

 

 意図したわけではなかったけれど、フィーナと殿下のドレスは、色の取り合わせを考えて作ったかのようによく合っていた。同系の淡い色合いなのに、一方は柔らかく、もう一方は神秘的な雰囲気を纏っている。少しの配色の違いでこんなにも雰囲気が変わるのだなと、感心する。

 

 周りからは敢えて色を合わせたかのように見えるだろう、偶然なんだけど。凄く目立ってしまっているのに、殿下と比べて〜、と非難されないフィーナは凄い……


「まぁ、見て!アドルフィーナ様よ」

「皇女殿下と並ぶと、とても華やかね……ミステリアスで麗しい殿下と、可憐なアドルフィーナ様〜」

「あんなに可憐なのに、お強いのでしょう? 素敵だわ〜!」

「カスパー辺境伯令嬢、いや、今はエルドウィン男爵夫人か…彼女がカスパーを継いだ方がよっぽどいいんじゃないか?」

「ハノ卿なんかよりよっぽど強いし、夫のエルドウィン卿も優秀な方なのでしょう?」

「エルドウィン男爵夫人が、女辺境伯になって2人の子を…」


 そっと陰口から守るようにフィーナが僕の両耳に手を添えた。やんわりと添えられた手が実際に声を遮ることはないけれど、目の前の妹に意識を向けるには十分で…


「お兄様、今日の礼服とっても似合っているわ…とっても、素敵よ!」

「その通りです。私の主人は貴方だけですよ、ハノ様」


 フィーナは包むような優しい声で言うと僕に抱きついてくる。コードは僕の手を取って目の前で膝を折る。その様子にシラけたのか、周りの貴族たちはそれぞれ違う話題を始めた。


(ああ、2人にはいつも迷惑をかけてばかりだ……)


 今も2人はきっと凄く葛藤している。こうやって庇うことで僕の評判を傷付けているんじゃないかって。

 フィーナが可憐な服装を着るようになったのも、コードが恭しく振舞うのも、僕が原因なのだ。2人がこんな風に振る舞うのは、周りに『ハノよりも領主にふさわしい』と言うイメージを抱かせないようにする為だから。


「2人とも、ありがとう……」


 優しい2人のことが大好きだ……

 守られているだけの自分が、どうしようもなく不甲斐ない。どうにも居た堪れなくて……僕は、怖くて殿下の方を見ることができなかった……


 国王陛下への挨拶を終えると、何か貰ってくるとフィーナ達に殿下を任せ、その場を離れた。

 少し、頭を冷やしたかった。殿下と目を合わせないようにしていた僕は、何か言いたげな様子の彼女に、気づくことができなかった……


 バルコニーに出て夜風に当たる——このままではいけないのは分かっている。カスパー家の、あの地で暮らす領民のためにも。でも今更この状況から抜け出せるのか……

 何も全員が全員、僕を見下しているわけではない。カスパー領と関係の深い貴族の方の中には、対等な相手として扱ってくれる方もいるのだ。

 

(だけど、同年代からは……)

 

 フィーナに家督を譲ってしまうということも考えないではなかった。彼女1人では心配でも、コードが支えてくれるなら十分やっていけるとは思う。フィーナが領主で僕が補佐、カスパー領の平和が保たれるならそれで全然構わないのだ——本人は猛烈に反対してきたけれど…

 

「はぁー」


 大きく、ため息を吐く。じっとこうしているわけにもいかない。気持ちを切り替えて、ウェイターに飲み物を頼むと、簡単につまめる物を取り分けて殿下たちの元へ戻る。


 戻った会場内には人だかりが出来ていた——


 その中心はもちろんレーア皇女殿下。

 コードも知り合いの貴族に挨拶をしているのか、彼女の側にはフィーナだけがいる。2人纏めて言い寄られているようだった。いやいや、既婚者のフィーナにまで言い寄るなんてどうなの? とは思うものの、夜会の空気に興奮気味の若者達には関係ないらしい……


 正直、驚いた——今夜彼女がたくさんの男性から声をかけられることは分かっていた。けれど、男性に言い寄られている彼女の姿を見て、こんなにモヤモヤと不快な気持ちになるなんて思わなかった。


(……彼女は僕の、婚約者なのに…)


 それは言葉になることはなく、虚しく自分の中に溶けていく——

 

 フィーナは波風の立たぬように言い寄る男性たちをあしらっている。けれど今回は相手の数が多く、男性陣も押しが強いようで、完全には手が回っていないようだった。

 あの男性達の誰かと、殿下は結ばれるのだろうか?頬を染めて笑いかけるのだろうか?


(それは…嫌だなぁ……)

 

 フィーナのガードを括り抜けた猛者が、殿下に声をかけている。


「レーア皇女殿下!ああ、なんと麗しい、女神が天上から迷い込んで来られたのかと思いました。」


 その男性は、僕が殿下をエスコートしている時にさり気なく近づいてきて、身分が低い僕に殿下を紹介するよう誘導してきた人物だった。

 キラキラと輝く金髪に右目の下の泣き黒子が艶っぽい!とかいう噂の侯爵子息。かなりモテるらしく、彼自身それを自覚しているようなキザなセリフを並べ立てている。服装も、なんかキラキラしい。


(やっぱり殿下のこと、狙ってたんだ…)


「こうして言葉を交わしたもの何かの縁、今日の出会いを記念して、どうか一曲お付き合い願えませんか?」

「貴方は先程の、いえ、私は…」

「ああどうか、他人行儀な呼び方ではなく名前でお呼びください。願わくば私も貴方のことを"レーア様"とお呼びしたい」

「……」


 ピクリと殿下の眉が動き、そのまま彼女は沈黙する。——殿下、嫌がってる? 


 感情をあまり出さない彼女。特に今は仮面を被ったような表情なのに、はっきりと不快を表しているような気がして、ザワザワと心が揺れる。

 足を止めて呆然と2人を眺めていた僕は、彼女がきょろきょろと周りを見回し始めたところで、居ても立っても居られなくなって、彼女の元へと向かう——


「カスパー卿を、お探しですか? 気にすることはありません。彼は優しい男ですから、殿下が別の男性と踊ったところで、腹を立てたりなどしませんよ」

「そんな……」

「こんなに美しいのに踊らないなんてもったいない。さあさあ、王国の貴族も皆、貴方の踊る姿を待ち望んでおります。彼より、私の方がずっと上手にエスコートしてみせますよ。」


 殿下の言葉を遮るように続けると、彼は少し強引に殿下の手を掴む。


(——ああ、殿下の手を無理に掴むなんて……)


 実際、彼の方がダンスは上手だろう。殿下とあまり背丈も変わらず、身体の線も細い僕より、長身で侯爵家、甘いマスクの彼の方がお似合いに違いない。でも…!


「申し訳ありません、今日のダンスの1曲目は必ず私と踊ってくださるようにとお願いしているんです」

「なんだ、帰って来たのか……でも、譲ってくれないかい? 私の方がダンスは得意だ。一曲目から殿下に恥をかかせるわけにはいかないだろ?」


 断られるとは思ってもいない自身に溢れた態度。それでも今日ばかりは引き下がるわけにはいかない。


「貴方様のダンスの腕前は存じておりますが、殿下の婚約は国同士の同盟を象徴するもの。今、私が婚約者である以上、殿下に1曲目から他の殿方と踊って頂くわけには参りません!」


 掴まれていた殿下の手をこちらへ引き取る。ポンポンと、落ち着かせるように殿下の手に触れてから、そっと離す。

 誰か殿下に良い人が現れたなら、身を引こうと決めていた。けど、これはなんか違う……

 

 反抗的な僕の態度は相手の気を逆立ててしまったらしい——彼はぐっと僕に近付くと、至近距離から見下ろすように睨みつけて来た。

 

「君はまだ正式には婚約者ではないだろう?そんなにムキになって……私は”レーア姫”が下手な相手と踊って恥をかかないように手伝ってあげようと言ってるんだ。——君は善意で申し出た僕に、恥をかかせる気かい?」


『——お前みたいな……田舎の貧乏貴族がレーア姫に釣り合うわけないだろ…なあ、わかるよな?』


 最後に耳元で囁かれる。彼の無駄に艶っぽい声が、毒のように僕の耳を蝕んでいく——刃向かう気を無くさせるように…

 彼の方が正しくて、自分が間違っていたのだと認めさせるような威圧的な言葉……


「——っ、……」




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