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第三章-1 アンノウン101・名無し

 小宮交番で駐在している中尾は久しぶりに報告書の仕事に集中することが出来た。昨日起きた怪死事件もそうだが、最近何かと物騒な事件が多発している。都市部は人が多く、問題も起きやすい上での事件事故だ。それこそ目が回る所か、眼球が過労死しておかしくないほどに。


「田舎から出てくるべきじゃなかったな……」


 中尾は頭を抱え、スマホを開く。

 ホーム画面には六歳の息子、五歳の娘が産まれて九ヶ月の天使を囲んでいる写真が載っていた。田舎の安月給では三人の子供たちを養えないと言う理由から都市部への単身赴任を決心した中尾だったが、多忙な日々と1Kと言う狭い部屋にしては高額な家賃に、赴任一年もしないうちに「やってしまった」と後悔した。


「あの頃は良かったな。お年寄りの相手は本当に楽だった。都会の大人――大人何ていないようなもんか」


 田舎では大抵が知り合い。都市部では大抵が初対面。

 田舎での用事はただの世間話。都市部での用事は無理難題の愚痴話。

 どちらの方が楽かは誰にだって理解できてしまう。


 貯蓄と同時に溜まっていくストレスと疲労。

 これを後何年続けるべきか? 昨今の学歴社会に中卒は流石に無いだろうから高校までの学費は必要となる。技術を習得するならば専門学校に通わせるのがベストだが、生憎中尾の住んでいた町、いや市どころか公共機関を使っていける範囲内に医療や介護の専門学校ですら存在しない。そうなれば否応なしに下宿生活、そしてそこから発生する光熱費などに追われることとなる。


 GDP第三位が聞いて呆れる昨今の経済事情。子供の七人に一人は貧困に苦しんでいると言われる世界で子供を増やす、子供を育てる親に手当をなどと言うフレーズを唱える政治家は、まずねずみ算式に必ず増えていく三人育てることの厳しさを知るべきだと中尾は心の中で訴えた。無論口に出すことは出来ない。警察と言う職柄、国家には常に縛られ続けなければならない運命にある。


 外は未だに羽虫が誘蛾灯に魅かれている様を描いているかのように、若者がたむろしている。地元では24時間や営業や深夜営業のお店は勿論のこと、誘蛾灯代わりになる電灯すら立っていない場所の方が多かった。


 そんな光景を見ながら地元を懐かし見る最中、中尾は奇妙な光景を目にする。

 若者たちが各々の目的を謳いながら往々にしているのに対し、一人ポツンと佇む少女が目に入った。


 何処へ行くでも無い。

 誰かと待ち合わせをするような感じでも無い。

 そもそも、何らかの目的があるような服装では無かった。


 おまけに裸足だ。

 人が多いせいでゴミが散乱し、朝にはゴミ収集のアルバイトたちが毎日ゴミ袋20個近くをパンパンにするここいらで裸足はかなり危険だ。消え切っていないタバコの吸い殻、瓶の破片でも踏めばただじゃ済まない。


「家出関連だろうな」


 この辺で事件に巻き込まれればまた自身の出番になる。中尾は重い腰をあげ交番所を出る。


「ちょっといいかな?」


 中尾は出来る限り温和な笑みで問いかける。ド派手に決めて何かのスポーツかダンスかのように乱舞する男たちや何百ビート物発声で喋る女たちになら強めの口調で喧嘩上等の注意喚起と職質を推し進めることは出来るが、こういった家出関連の娘は下手をすれば昔のトラウマを思い起こすことに繋がり、精神的な問題を偶発させたとして責任を問われることになる。


「少しばかし署で事情聴取をしてもらうけど構わないかな? 君みたいな子が最近事件に巻き込まれるケースが多いんだ。名前や住所を教えてくれればすぐに親御さんの元にご連絡してあげるから。もし何かあれば児童相談所にも私の方から連絡しておきます」


 何故こんな子が生まれてしまうのか。中尾には疑問でしかなかった。

 彼にとって子供は宝以外の何物でもない。それも自分の子供だけではない。親戚は勿論、近所の子供たちの名前だって覚えている。

 地区の祭りごとでは皆が寄り添って遊ぶ姿がとにかく微笑ましかった。強いて言えば携帯ゲーム機では無く、もっと体を動かして欲しかった物だが。


 この少女はそんな世界すら味わうことが出来なかったのだろうか?

 家出する内容は人それぞれだが、総じて言えることはどれも心が痛むような事情を抱えていると言う事。

 そのため、親元に連絡すると言う手段はあまり効果をもたらさない。むしろ逆効果になることさえある。それでも規則として動かなければならないのが警察である。


 少女は返事こそなかったものの素直に同行してくれた。

 着の身着のままと言う言葉がしっくりくるような少女の出で立ちには心が痛んだ。この姿で放り出した親に帰すのもあんまりだ。


 良心の呵責の中で何らかの抜け道が無いかと探りながら腰を据える。

 そこで目に入ったのは昨日起きた変死事件の内容をまとめた資料。


「黒い長髪。白の薄汚れた――」


 中尾は今一度少女の全身像を見る。

 一致する。

 昨夜某店にて死亡していた葉山光が同行していた女性と一致する。


 その事実に中尾は戦慄した。

 検察官の内では、少女が殺害した可能性が一番有力だった。心臓発作をどうやって起こしたかと言う不可解な点は残るが、被害者の近くにいたのは彼女だ。


 中尾は資料を見て薬物による殺害の可能性に着目して、失礼ながら少女の全身をじっくりと観察する。白いワンピースには汚れが付着しているだけで、ポケットらしきものは無い。他に隠せそうな場所は無い。外見上には。


 カプセル状の違法薬物を体内に隠して入国して逮捕されたと言うケースは国内外通じて以外にも珍しくは無い。最近は検問での審査もかなり厳重になっているが、それでも100%になることは無い。


 だからといってその可能性を視野に入れて今から調べるのは色々問題がある。一田舎から出てきたただの警察官の仕事ではない。

 中尾は少女に承諾を得て(少女は何の反応も示さなかったが)固定電話を取り、警察庁に繋げる。


「こちら小宮交番の中尾です。昨日繁華街で起きた事件の葉山光被害者と一緒にいた女性らしき人物を保護しました。はい。しかし、本人は何らかの精神的問題を抱えているのか一言も喋る事が出来ないもようでして。――はい。畏まりました。それまではこちらで身柄を保護いたしますので、どうか――――」


 その通話はそこで途切れた。

 物理的な干渉。圧倒的な破壊は唐突に訪れた。

 小宮警察署に一台のトラックが突っ込んだ。その際に、ブレーキ音は一切しなかった。

 アンノウン173・永劫の引き出し 危険LV5


 実験記録

1.収納数実験1


 アンノウン173はその特性上どんな大きなアンノウンであっても収容可能であることがわかった。そこで収容可能容量に限界があるのか、実験をするためにアンノウン345・朝三暮四夜五次六を利用した実験を行った。アンノウン345は縦約7センチ、横10センチ、重さ250gの柿であり、朝、夕、夜ごとに前回増えた数+1個増える性質を持っている。

 これをアンノウン173の中に入れて半年放置することにした。それによりアンノウン173の中には14万7015個の柿が存在することになったのだが、それでも壊れる気配は無かった。もっとも、中身がどうなっているのか確かめる術が無かったのだが。


 2.収容数実験2


 前回のアンノウン345収容数実験に続き、今度は複数個のアンノウンを収容すること実験を行った。アンノウンは数を揃えるために危険LVの低いものを揃えた。

 アンノウン173に次々とアンノウンが収納されていき、限界は無いのではないかと思われていた。しかし、87個目のアンノウンを入れた際に事件は起きた。突如大きな爆発音を立て、四方の引き出しが開かれた。それと同時に今まで入れていた全てのアンノウンが外に出てきて実験会場はまたたく間に物で溢れかえってしまった。

 幸いにして危険LV1台のアンノウンばかりだったので再収容はすぐに終わったが、最も処理に困ったのは14万7015個の柿であり、当実験の責任者があらゆる知人の力も借りて処分したという。

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