表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/34

第六章 アンノウン173・永劫の引き出しー11

 辺りから立ち込める熱気が、徐々に人体へと影響を及ぼし始めた。

 それでも、目の前の悪意から発さられる身も凍るような悪寒には勝てなかった。


 「おい! どうしたんだこれは⁉」


 全員が沈黙する中で、最初に声を上げたのは部外者の一人である川田だった。

 川田にとっては、雅紀が突然声色を変えて脅しにかかった不良になった程度の出来事だったが、今まで大の先輩である自分自身を圧倒してきた少女と、自身への恨みの為にしか動いていなかった真壁が立ちすくむ姿には何か不吉な予感を漂わせていた。


 「ねぇ雅紀! これなんのアンノウンを出したの⁉ あたしそれ知らないんだけど!」


 佳澄は予測し得る可能性で雅紀に問いかけた。

 永劫の引き出し内には雅紀の復讐に役立ちそうな、研究員が関わりたくもない凶悪なアンノウンをいくつか込められている。その中に人格を変えてしまう物もあるのだろうと考え、願った。


 「違うわよ」


 佳澄の質問に否定的な答えを真壁は出した。

 

 「あれは――アンノウン173そのものよ」

 「ってことは――」

 「彼は盗られてしまったようね」

 「許容超過にしてはタイミングが悪すぎるわよ!」


 許容超過はリンクした者たちにおいて最悪の事態であり、自身の体がアンノウンを抑えることができなくなり、アンノウンに肉体の所有権を奪われてしまう事象だ。雅紀が内蔵したアンノウンの呻きに苦しんだり、涼花がたくさんの人格を持ってしまうのは、この許容超過に至るまでの副作用であり、侵食とも言える。


 許容超過してしまったエージェントは基本的にアンノウンと同程度の扱いとなるが、制御は更に困難を極める。

 最悪、終了処分せざるを得なくなる。


 面倒ごとにならないようにできる限り努力をしていたが、真壁の策略と雅紀の唐突な暴走により隠密では手がつけられないまでに文字通り引火した。


 「皆さんこちらから逃げるです!」


 大きな声で指示を出したのはコンシェルジュだった。

 彼女は窓の外にいて、地上まで30メートルの外壁に備えてある簡素なバルコニーから僅かに飛び出ている出っ張りを足場にして隣の部屋に移る計画を考えていた。

 無論、落ちればただではすまないが、このままでは焼死か窒息死は免れない。

 一つの可能性として動き出した計画。


 それに既に乗っかっていたのは、川田だった。


 「お前! 伝える必要性はなかっただろ!」

 「あいつ! 逃げるのね!」


 既に窓の外にいた川田がお客様を助ける為にと呼びかけたコンシェルジュに激昂する。その姿を見た真壁が、エンブレムの任務を完全に放棄して川田の方へと詰め寄った。


 「行け! 早くそっちにいけ!」

 「ですが、他のお客様」

 「置いていけ! 早く逃げるぞ! あいつらは逃したらだめだ!」


 川田は久しぶりに二十年前の皮を被っていた。

 生きていくためならどのような手段も使う。それに川田は学習もした。どんな小さな証拠でも、残したら後々自身に帰ってくる。

 

 「客を一人でも、助けるのが仕事です!」


 素晴らしいもてなしだ。

 いや、だっただ。今の川田にそんな気持ちはない。むしろ、その献身が邪魔だった。


 「なら、先に下りていろ!」


 川田は少し屈んだあと、コンシェルジュを上へ押し上げるように右腕を振り上げた。

 唐突な行動にコンシェルジュは成すすべもなく体を上へ持ち上げられる。手すりに押し付けられた体は少しずつ虚空へと投げ出され、重力への抵抗を失っていく。

 コンシェルジュは何とか両手で川田の手を払おうとしたが、その頃には力を入れる重心をほとんど失っていて、最後の足掻きが彼女の落下を助長することとなってしまった。


 彼女の体は煙の中に吸い込まれていった。彼女の悲鳴と共に。


「何てことをっ‼」

「君については何も知らないが、真壁を知っている以上付きまとわれては困る。僕の人生はまだこれからも続くんだ。君たちは真壁と共に口を滑らせない存在となって貰う」


 そう言って川田は手すりを乗り越え、隣へと繋がる僅かな出っ張りに足をかけた。


「絶対行かせない!」


 川田に続いて真壁が手すりを超える。

 それに焦ったのは佳澄だった。

 収容違反相手を確保しなくてはいけないこともあるし、何よりアンノウンの存在を知られてしまった人物には情報が漏洩する前に記憶処理を行わなければならない。


「全部終わらせるにはこの状態じゃ埒が明かない。我は全てを時に――」

「クラワセロ‼」

「うわっ‼ 何襲ってくるの馬鹿‼」

「スベテハ……スベテ……」

「くぅぅっ‼ めんどくさすぎるわね!」


 佳澄がアストラル・マキナを発動しようとした瞬間、雅紀が本能的に反応して佳澄に襲い掛かる。

 アンノウン173は他のアンノウンを保管する能力がある一方で、他のアンノウンを捕食するような行動を起こすことがあった。アンノウン74を前に突然の許容超過を起こした雅紀は、今や永劫の引き出しそのものと化してしまった。


「離せ! この残骸!」

「あなたには分からないでしょうね。母が貴方をどれだけ信じていたなんて!」

「小学生になったばかりのガキがそんなことを理解できるほどの知能を持っているとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい」

「そうね。私はよく分からないまま母親を亡くして、父親を失ったわ。それでも、両親の遺伝子はちゃんと受け継いだわ。母の姿見。そして、あなたのような世を渡る為の悪知恵をね!」


 川田と真壁は手すり越しに言い争う。

 真壁は川田を奥の部屋に行かせまいと引き戻そうとする。川田はその手を振りほどこうとする。互いの力は拮抗していた。歳による体力の衰えを補うために週1でジムに通っていた川田に、若さと努力で常に動き回っていた真壁は互いに力の限りを尽くしている。


「離せ! こいつ!」

「あなたが生き残ることだけは避けて見せるわ! このホテルが燃え尽きるまで離しはしない!」


 信念と呼ぶには汚すぎた歴史を背景に、川田と真壁が生死を賭ける。


「オマエ、チカラ――」


 雅紀は夢に近づいていく。

 アンノウン173がアンノウン74の力を得ようとしている。

 感動的で最悪なシナリオ。


 しかし、この場合どうなるのか?

 アンノウン173は自分の物にする能力を持つ。

 アンノウン74は所有者になった物の息の根を止める。


 この矛盾。互いに危険であることは確かだが、どのような結末を迎えてもおかしくない。

 佳澄にとってはどちらも嬉しい結末では無かった。やっと会えた兄妹。どちらかがどちらかの命を奪うことになる。

 そんな結末を許してはおけないほど、彼女には正義感があった。


「あんたが家族に手を出すなんて、失望したわ! 人生の先輩として後で説教させて貰うわ! とりあえず今は寝てなさい!」


 佳澄は一番簡単に取り出せる長針、短針の剣を取り出す。詠唱するにしても対策が必要だからだ。


「ツヨイ、チカラ」


 佳澄の下準備は功を奏した。雅紀の攻撃で一番特化しているガラスの怨恨が佳澄に向かって襲い掛かる。それを両手の剣でいなしていく。

 しかし、ガラスの怨恨は雅紀が愛用するだけあって、高い汎用性を誇る。白兵戦では広範囲の複数の的を攻撃するのに特化しているし、一対一だと逃れることを許さない捕獲網のような攻撃と化す。


 佳澄の衣服が所々破れる。後で弁償が来たら経費じゃなくて全部こいつに押し付けてやると悪意を持ちつつ、このままではジリ貧になると言う焦りを感じていた。

 この状態では単に武器の所持数による戦いとなり、雅紀に軍配が上がる。佳澄の真骨頂は武器では無く圧倒的な身体能力の向上にある。


 その為には時間が必要となる。

 時を得るために時を要す。対価交換のような仕様には佳澄も頭を悩ませている。無論、それは時間がかかるだけの問題ではない。


「我は次元を超越せし者」


 結果、小出しで少しずつ強みを得ていくあまりに格好のつかない方法になってしまった。こうしている間にも夢に逃げるように合図を送りたかったが、送ったところで理解してもらえない以上それは敵わない、まさに夢のまた夢である。

 その上真壁と川田の方も何とかしなくちゃいけないときたものだから、今の佳澄は過労死ギリギリのラインで立ち回っていると言っても過言では無かった。


「万事は赤子。理は未熟児。時は我の片腕に有り、全てを意図して扱う事は」

「トメル」

「我にとって吐息とおな、じ⁉」


 少しずつ波に乗ってきたと思ったところで、佳澄の足元が突然宙に舞う。そして壁に背中から押し付けられる。


「いった……いつの間にサイコ系のアンノウン取り込んだのよあいつ」


 壁に手を置き、床に戻ろうと足を伸ばす。

 が、その足は妙に重い。ついで、スカート部分が少しずつ足の付け根へとずれていくのが分かった。そこで今自分がどんな体勢なのかを理解した。

 今佳澄は、壁の上に立っている。


「これって、乱れた地盤⁉」


 佳澄は慄いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ