第二章ー1 アンノウン74・非ず
昼間は人通りの多かった繁華街も、夜になれば姿を変える。
仕事の鬱憤を晴らす為に飲んだくれた男たちを、女たちが夜にしか開かないお店へと巧妙な話術で誘う。
また、普段は骨董品を取り扱うお店の裏口が入り口となり、日本では販売することを禁じられている物品を販売するお店が「やってる?」ではなく、「今日も元気ですか?」と言う暗号を挨拶に客を招き入れている。
一種の治外法権区域と化したこの繁華街には家を持たない者たち、世間一般で言うホームレスの多くが寝床を求め彷徨う。
そんな中で、一際目立つホームレスがいた。
まず前提として一般的に男性の割合が多いのに対して、そのホームレスは女性。腰位まで伸びる黒い髪に顔は隠されていたが、体育座りで膝を囲った腕は白くきめ細かで皺ひとつない。所々灰色に汚れた元白いワンピースから向き出た足もまた、腕同様に陶器のような美しさを醸し出し、女がただのホームレスではないことは、ここを縄張りにしているホームレスたちじゃなくてもすぐに理解することは出来た。家出少女。それが万人の見解だ。
「ねえお姉ちゃん。こんな所で何してるの?」
彼女に声をかけたのは、ホームレスではない。彼らにはそんな余裕すら無い。
家出少女に声をかけるのは基本的に二種類の人間だ。
少女は顔を上げる。
肌に張り付くような黒髪から覗く妖艶な瞳は、目の前に立つ銀色のほくろでもあるのかと言わんばかりにピアスをつけたラフな格好をした男が立っていた。こんな男が警察官であれば、日本の治安も末期だ。だからこれは少女に話しかけるもう一つのタイプの人間だ。
少女からは返答も無ければ逃げる素振りも無い。
よっぽどのことがあって無気力にさせられている。ショックなことがあったのかもしれない。それは男にとって好都合なことだった。
「こんな所に座っていたら凍え死ぬぞ? 春になったからってまだ寒いだろ? 何なら俺が部屋を用意してやろうか?」
三月の夜は未だに寒い。尚更今日は風もある。
もし男が篤志家であるのならば、優しい言葉を誰にでも投げかけるだろう。周りにいるホームレスや客引きの女たちは既に男が別の意味で彼女に接していることを理解していた。
それでも彼女は逃げる気配を見せない。ただただ、男の言葉を聞いているだけだ。
これはいける。
あまり金の入りが良くなかった男は、安い買い物が得意になっていた。相手の値踏みは勿論のこと、相手の要求する物を量る能力も数多くの体験によって培ってきた。
男は女の手を取りゆっくりとエスコートするように立たせる。
(ジャックポット)
男は心の中でそう呟いた。
女はまだ少女と呼べる年頃だったが、顔立ちは今までの中でもトップクラスに整っていて、お世辞抜きで美人の部類に入る。おまけにこの腰の軽さ。全体的な体重の話ではなく自身の価値観を捨てた自尊心の軽さ。これは日雇い安月給のお供にしては最高の買い物だと男は陽気になった。
いい品が手に入ったのだから場所は少しばかし値を張らせてもいいだろうと、普段使っているトイレの芳香剤の臭いしかしないホテルでは無く、そこそこサービスの良いホテルを選んだ。
「しばらくお風呂入ってないんじゃない? いいよ。俺が払っておくし。何なら一緒に入るか?」
男は冗談で言ったのだが、少女は何の反応も示さなかった。
(これは本当に当たりじゃねえか⁉)
思い切って少女の体を男はベッドに押し倒した。
強引な行為に大体の女性は焦るか、或いは諦めて身を差し出す。
そして少女は、それにすら反応しなかった。
母親のネグレストか、それとも父親の虐待か。少女がどんな精神的ショックを受けて廃人になってしまったのか。男の数少ない良心が痛んだ。
けど、それは一瞬の事であり、次にはただの野獣へと早変わりした。名も顔も知らない生みの親に、その悲惨な教育に感謝までしながら。
男はベッドに倒した少女の胸部へと服越しに手を添えた。まだ少女と言うだけあって膨らみには物足りなさを感じる。それでも女性特有の柔らかさがあり、男はそれでも興奮を覚えた。
何の抵抗もしてこない少女の上半身を右手で自由に弄び、左手はゆっくりとワンピースの裾から彼女の内側へと侵入していく。そして彼女の薄い1枚の守りを剥がし始める。
(最高だ。これは家に匿っても問題は無い。最高だ。この女は俺の物になるものだ!)
男がズボンに手をかけた。
男の思考は、そこで途切れた。
アンノウン173・永劫の引き出し 危険LV5
調査報告
アンノウン173は一辺が30センチの正方形でできた木製の箱であり、4つの側面にはそれぞれ銅製の金具がついた2段の引き出しが備え付けられている。引き出しの中には何も入っていないが、20センチ開いた時点でそれ以上引くことはできなかった。
この時点で一つ不可解な点が判明する。一辺30センチで四方に引き出しがあるアンノウン173に対し、20センチの収納部分を作る場合最低でも長さは40センチ必要となる。更に両サイドの引き出しのことも考えると最低でも70センチ以上の大きさが必要になる。それにも関わらず全方位の引き出しを同時に開放することが可能であることからして、アンノウン173の中には物理的な干渉を受けない亜空間が存在すると推測される。
アンノウン173の中には他のアンノウンを収納することが可能であり、その際には小型のアンノウンは勿論、建物、彫刻などの建造物や自動車、船などといった到底入らないであろう大型のアンノウンすら取り込むことが可能であることがわかった。そして驚くべきことに、中に取り込んだアンノウンの力を一部でありながらもコピーする能力があることが判明した。これにより双方のアンノウンのメリットを利用し、デメリットを打ち消すことも出来るのではないかと推測される。