第六章 アンノウン173・永劫の引き出しー4
九安ホテルは、名前の通り高い安全性を認める為に建てられたホテルであり、連日世界の名だたる企業の会議や会合、祝賀会に記者会が開かれる為、宿泊目的以外が特化したホテルとしても有名になった。
だからと言って宿泊面の評価が低い訳でも無く、一部屋につき最低一人でもコンシェルジェがつくほどの人手によるサービスは過度と言っても嘘にはならないほど行き渡っている。
それ故にホテル内に入るのにもかなり厳重なセキュリティーを越えなければならなかった。荷物検査は勿論、VIPたちでも金属探知機を使った徹底的な武力排除を行っているため、このホテルには銃どころかナイフですら持ち込むことが不可能に近かった。
そんなホテルに今、人間兵器の如きエージェントと、どう見ても人間でしかないアンノウンがいる何て誰が気付くだろうか?
「だいぶ時間がかかったわね」
「それだけ安全性に好評だから、フィアンセもここを選んだだろう」
「それが裏目に出るなんてな」
富豪である折川や涼花は勿論のこと、雅紀や佳澄にいたっては直接の血族では無かった為に服の内部まで徹底的な持ち物検査をさせられる羽目になったが、どんなに最新の物を使ってもアンノウンをリンクさせているエージェントを見分けることは出来ず、OKサインが出された。
「は、はぁ、ちょ、ちょ、ま、エス、エスカ、レー、ター、どこ?」
「本当に大丈夫なのか?」
「箱入り娘らしいじゃないの」
履きなれない靴とスカートのせいで走る所か歩くことさえ困難になっていた涼花が息を切らせて後ろから何とかついてきていた。
「さぁここからじゃぞ。私と糸峯――、涼花君は別行動となる。後の判断は花小金井君に全て任せてあるから、大比田君はそれに従うんだぞ」
「ちょっと待て。何故佳澄が仕切るんだ?」
「あんたが向こう見ずに突っ込まない為よ。それに一応作戦は考えてるから。妹ちゃんが危ない目に遭おうとしていても無闇に突っ込まないでよね。あたしが止めるような手間は負いたくないから」
今回の作戦において一番力を入れているはずの雅紀が先頭に立つのではなく、佳澄が仕切る事に不服を申し立てた。
佳澄はその申し出こそが雅紀の不安要素であると、年上らしく言い伏せようとする。しかし、その姿は残念なことに、高貴なドレスを着せてもらったから大人っぽく振舞う子供でしかなかった。
それでも佳澄は雅紀に対抗し得るエージェントであり、場合によっては雅紀を凌駕するまでの力を発揮することだって出来る。雅紀としても、出来れば相手にしたくないのは山々である。
「時が来るまでは従う」
「時の使い手によく言えたものね」
全くもってのことである。最悪その時を来なくさせることさえできる相手に言ったのだから蟻が象に喧嘩を売っているのと大して変わりない。それでも抵抗する意思がある事に、佳澄は一種の信頼を置いている。
「じゃあ行くわよ。大船に乗ったつもりで任せなさい」
「どこが大船だ。小型船どころか紙船以下だろ」
「どこが小さいですって⁉」
だが、この無神経は気に食わない。
その想いを佳澄は会場入り口の扉に吹き飛ばす位の勢いでぶつける。
「うっわ……」
その気持ちは開け放たれた新たな世界によって消え去った。
どこもかしこも人人人。
それだけなら東京でも幾度と無く目の当たりにしてきたが、今いる人たちはそこら辺に歩いている人、悪く言えば平民とは違っていた。
手や首にはそれだけで大所帯であれども一生暮らせそうな価値を誇る宝石を煌めかせ、手には赤と白の年代物ワインを入れた高級グラス。料理もキャビアやフォアグラ、テレビで見たことがある程度のどこへ行けば買えるのかすら分からない品が皿の上に乗せられていた。それをスナック菓子のように食べている子供たちを見て、自身の今までの生活とのギャップに眩暈を起こしそうになる。
「この中にいるんだな。探すぞ」
「えっ? えぇっ⁉」
そんな世界にたじろぐ気配も無く、雅紀は堂々と真ん中を進んでいく。その行動に「あたしに従いなさいって言ったでしょ!」と言わなければならないが、雅紀の闊歩していった道を辿れる度胸が佳澄には備わっていなかった。
それでも言ってしまった以上、そして何よりエージェントとして、仕事として避けては通れない。
緊張によって顔を鋼の如くカチカチにしながら、旧式のブリキロボよろしくの歩き方で一歩を踏み出した。
己の戦地に向かう途中、意図せず涼花と目があった。
「ようやく理解したわ。ここが場違いだって」
「パイセン……遅すぎます……」
互いに腹を括らなければならなかった。
そんな仕事熱心な社員たちを見て、折川は静かに頷いた。
大人数の中で真壁を見つけるのは極めて困難だと雅紀は開始早々理解した。
おまけに英語だか中国語だか分からない言語で話される事が幾度となくあり、その度に雅紀は片手で相手を制止足早に去っていった。
なんてやりにくい場所だ。いっそのことアンノウンの力を用いたい所だ。
雅紀は頭の中で簡単な解決策を組み立て始めた。
が、またしても邪魔が入った。それも手を握ってくるほど強引な輩だ。
どうせ言葉が通じない相手だろうとまた手で押し返そうと試みる。
「あんたどこむかってるのよ」
その予想は外れ、話が通じる相手だった。
「なんだその汗。腹痛か」
「ある意味胃がキリキリしてるわ……」
周りを見るたびに自身には背伸びしても(体格の問題ではない)届かない世界に、堂々と入っていく確か同じ庶民の雅紀を見て、こいつの心臓は鋼か? と疑いを持つしかなかった。
「こんな真ん中にいたら話してくれと言ってるようなものよ」
「何故だ?」
「あたしもよく分からないけどそうらしいの。あれ見てみなよ」
佳澄は空いている左手である一点を指差した。
そこには白人から石油王の黒人まで様々な人種が集まっていて、その小さな世界軸の中心には、折川と涼花がいた。
折川は流暢な英語でペラペラ喋っているが、涼花の方は石像のように動かない。
そんな彼女の元に若い男性がお近づきの証しとばかりに云十、云百じゃすまない指輪やネックレスを勧めている。既に彼女の指はメリケンサックのような状態に成りつつあり、もし自分があの場所にいたら、もしあれを受け取っていたら、もしあれを拒みでもしたら、どうなっていたか想像するだけで倒れそうになった。
「確かにああなったら困るな」
それでも雅紀の精神はぶれない。そういえば声をかけてきたのは異性が多かったなと、思い返す程度で終わった。
「とりあえず端に行くわよ。そうすれば積極的に声をかけてくる奴は減るから」
「だが、端に移動したら全体が見えない。夢を探すにはここからの方が効率はいいはずだ」
「あたしは言ったわよね。ちゃんと策があるって。とりあえず今は従いなさい」
「早速か……本当に大丈夫何だな」
「明さんの考えてることが、あの文章どおりならね」
「なら早速」
「ちょっと待って! それと!」
「まだあるのか?」
注文の多い年上だと呆れながら一度反らした顔をもう一度佳澄に向ける。
雅紀が佳澄の方を見ると、何故か佳澄は顔を赤らめ、うつむき加減で雅紀を見ていた。
「は、端に着くまで、手、握っててもいい?」
「なんだそれ」
「ひ、人が多いからはぐれない為よ!」
雅紀にとってはその程度でか、と釈然としない言い分だったが、佳澄にとっては十分な理由でもあった。ただ、それでも異性と手を繋ぐと言う行為に何の抵抗も無いわけではなく、二択の中で選べる方を選んだに過ぎなかった。
「ならはぐれるなよ」
「あっ」
言うが早いか雅紀ははぐれないように、佳澄が軽く握っていた手を強く握り返し、歩を進めた。一瞬の出来事に条件反射で手を振りほどきそうになる。が、雅紀の手は佳澄程度の握力では振り払えないほど強かった。
雅紀は恐らくはぐれとら面倒だからと言う理由なのだろうが、それでも佳澄はその行動に先程とは違う心臓の荒ぶりを感じていた。
端まではまだ遠い。
心臓はもってくれるのか。
佳澄の心配は予期せぬ方向で空回りし続けていた。
アンノウン345・朝三暮四夜五次六 危険LV1
回想
昔とある仙人がいた。
その元には弟子の猿が二匹いた。
毎日猿は朝に四個、暮れに三個与えていた。
そんな中、猿の一匹が「暮れに三個じゃお腹が空いて眠れない!」と訴えてきた。
そこで仙人は「それでは朝に三個、暮れに四個あげることにしよう」と提案した。それに猿は嬉々して快く受け入れた。
一方でもう一匹の猿は朝と暮れの量を変えただけだと気づいていた。
そこで猿は「朝が3個じゃ暮れまで仕事が出来ない」と訴えた。
すると、仙人は「では、夜に五個上げよう」と告げた。
仙人は頭がいい人物だと思っていた猿は頭の中で盛大に笑いました。
次の日、朝に猿は開口一言「昨日の夜5個食べたら胃が大きくなって朝の三個じゃ足りなくなっちゃった」と訴えました。
すると仙人は「それなら今日は昨日よりも多い六個あげよう」と言って柿を六個渡してきた。
これはいいと思った猿は調子に乗って次は暮れに、次は夜にどんどん貰う柿を増やしてもらっていった。
そして七、八、九、十と増えていった。ある日。
「ほら、朝の柿じゃよ」
と仙人から31個柿を渡された。
昨夜30個食べたのがまだ胃の中に残っていた猿には食べることができません。
「もう無理です……食べれません」
猿は限界を感じて食べるのを拒みました。
その瞬間、仙人は肩を震わせて激昂しました。
「お前が欲しいから与えてあげていたんじゃろ! 無駄に食べられ、おいしく食べて貰えず、挙句に捨てられる柿の気持ちも分からずに! 罰として柿の気持ちを味わっておれ!」
そう言われ、猿は仙人によって柿へと変えられてしまいました。
そして狸や鳥、猪さえも食べようとはしない、惨めな存在のまま腐り果ててしまいましたとさ。




