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第五章ー4 アンノウン12・真実のペテン

「あの野郎……謀りやがったな!」


 バウルクドはビル群に木霊する大声で真壁を罵った。

 廃ビルの屋上には不釣り合いな最新型のヘリコプターは確かに用意されていた。しかし、重要な動力源の一つが欠けていた。総計すると何千万となる外殻やらエンジン、プロペラ。それらが揃っているにも関わらず、僅か数十万以内で作れそうな鍵が無いだけで動かないヘリコプターは、全てが順調に整っていたにもかかわらず崖っぷちに追い込まれたバウルクドに似ている。


「くそっ! 動け! 動け!」


 ヘリコプター内部で蹴りを入れるも、壊れたテレビでもラジオでも無い、最新の配線環境を整えたヘリコプターに何らかの信号が伝わることは無い。


「どうやら一本道のようだな。追い詰めたぞ」


 そこへ屋上まで悠々と歩いてきた雅紀と真壁が辿り着く。屋上への道は階段しかなく、エレベーターを使うにしても一度階段を下りなくてはならない。そもそも電気が通ってない廃ビルであるからエレベーターが動くことは無い。もし動けば、怪奇現象か、或いはここに集う者たちの得意分野か。


「素直に夢を返してもらおうか?」

「アンノウン74のことか⁉ これがどれだけの資産をフィリップス商会に生み、俺に権力を与えたのか知らない癖して!」

「その権力を授けた所から、あなたは見捨てられたのよ」


 バウルクドの抵抗と経歴は、真壁の一蹴で脆くも崩れ去る。


「密輸船はあんたの所有物にして、中には爆薬が仕込まれていたことにされるようだぞ。首都近辺で起きた大規模テロの犯人が大手宝石店のお偉いさんにする訳にはいかないよな?」


 更には当て逃げのおまけつき。アンノウン129を失う事は大きいが、それ以上の被害を食い止めることができるのはフィリップス商会、いや、フィアンセにとっては大きなメリットになる。

 アンノウンの取り扱いは宝石よりも圧倒的に稼げる。だが、危険も伴う。

 長い年月をアンノウンと言う未知で便利な存在に捧げたせいで、彼はそのことをすっかり忘れてしまっていたようだ。


「観念しろ。終身刑か、この場で死か。俺がエージェントだってことはもう分かっているだろ?」

「ア、アンノウンの化け物め!」


 エージェントがただのアンノウン保持者と違うのは、業界内では周知の事実であり、危険視されている。そんな相手を目の前に、ただの人間が武器も持たずにできることなど意地を張る位しかない。


「俺には未来があるんだ! フィアンセもフィリップス商会を導く才能が折れにはあるんだ! お前らエンブレムの好きにはさせねえ! 非ずはフィリップス商会の品物である以上に俺が成しあがる為の道具だ! こいつがあれば俺は誰だって好きな奴を始末できる! これは俺が使うべき為にある道具なんだ!」

「道具だと⁉ てめ」


 自身の妹を侮辱されて血が上る雅紀。その前にさっと真壁が現れて、動きを制した。


「アンノウン74を使えばあなたが思う世界を作れると思うの? それはあなたの為にある物なの?」

「何だ。まだ買う気があるって意思か? 裏切ったお前に売るもんなんざここにはねえんだよ! これは俺が、俺の為に使う道具だ!」

「あら、そう」


 バウルクドが吠えて噛みついてくるのを、真壁は綺麗に流した。


「ならば、あなたの所持物にしなさい、ミスターアーチャン。そしてさようなら。所有者さん」


 その言葉を聞いた瞬間、バウルクドは全てを理解した。

 真壁が虚を突いた策に、まんまと引っかかったことに。

 バウルクドはアンノウン74を利用するに相応しい人物は自分だと訴えた。

 バウルクドはアンノウン74の完全な所有者であると断言した。


 それが、終わりを意味することだと理解する間もなく。


「嵌めたな明! くそ! そのカギをよこせ! お前らなんかと付き合ってられるか俺は!」


 バウルクドがアンノウン74を手放し、真壁が持っているヘリコプターの鍵めがけ飛びついた。

 その時、突風が吹き荒れた。

 ビル群特有の隙間風が凝縮された鉄砲水のような一撃がビルの屋上を襲う。


 真壁は屋上入り口付近にいたので、入り口に避難。雅紀は乱れた地盤によって風の向きを上から下に変化させた。夢に至っては黒髪が微かに揺れる程度に留まった。

 弾の標的は一人だった。

 死を宣告されたバウルクドに浴びせられた濁流の如き風は、彼の足元を掬い、一瞬にして朽ち果てた落下防止フェンスに追いやった。


 そこへ追い打ちの一撃。

 老朽化を通り越して産廃化したフェンスが、大の大人一人を抱えきることなどできる訳もなく、無情な金切り音が悲鳴と交じる。


「やだ! いやだ! あっぁぁぁ‼」


 先程の罵声に匹敵する悲痛な声が木霊した。

 それから――少し遅れて何かが地面でひしゃげる音がした。


「夢!」


 目の前で悲劇が起きた。

 けど、それ以上の喜びが雅紀には待っていた。


 今まで何度もすれ違い、近づくことも出来なかった存在にようやく行き着くことが出来た。

 アンノウン74と化している。

 それでも雅紀は、自分の妹であると目の前で見て確信を持てた。

 あれから6年もの月日が立っていた。10歳から16歳になった夢は少女から大人になっていた。彼女は大きく変わった。何の影響で故人の彼女が成長してアンノウンになったかは定かではない。


 ただ、そんなことは。


「っつ!」


 突然雅紀の背中に痛みが走った。

 何かに刺されたような感覚に似ていた。それなりの痛みがあるから蚊では無い。ましてや、これだけの威力、生き物で出せる物では無いと、雅紀はすぐさま理解できた。

 が、それ以上頭が回らない。


 朦朧。

 何が起きているのか分からないまま雅紀の目の前に夢以外の人物が現れる。


「明、さん……」

「ごめんね、大比田君」


 彼の前には小型の銃を持った真壁が現れる。

 その銃に雅紀は見覚えがあった。アンノウンを鎮圧するために使っている麻酔銃だ。アンノウンに使われる物だけあって強烈である。なので、人間が受ければ一溜りも無いのはエンブレム所属の人間なら分かって当然なことだ。

 それを真壁は、躊躇なく雅紀に撃った。


 意識が失われていく中で、雅紀は僅かに残された視力と聴力を最大限に利用して、全てを記憶にとどめた。


「私にはアンノウン74を使う目的がある。必ず、送り届ける」


 真壁の手に引かれてヘリコプターに乗り込む夢の姿を最後に、雅紀の一日が終わった。

 アンノウン44・作り上げる美貌 危険LV3


 回想


 私の会社の上司であるFさんは凄く素敵な方でした。

 入社したての頃、へまをしてくれた私を分かるまで熱心に親密に付き合ってくれました。

 私はすぐにFさんに恋心を抱いた。


 でも、Fさんの、彼の周りには魅力的な人が多い。

 私にはそれが無かった。

 だから欲しかった。私に無い物を。


 隣のデスクにいる綺麗な女性の目を普段からあの人はよく見ている。なら目を。

 部下のホクロを見て「ユニークなホクロだね」と言っている。それならその人のホクロを。

 お茶汲みの女性の手をじっと見つめている姿を見たら、その人の手を。


 それでも彼は私を見てくれなかった。

 何故か彼は私を避けるようになってきた。

 おかしい。私は揃えたのに。彼の好む物を全て揃えたのに。


 彼に見て貰うには何かがまだ足りない。私は彼の家まで尾行することにした。

 彼が家の中で誰かと話しているのが見える。どう見ても老けている。私より年増。

 何で、何でそんなに親密に話してるの? その人の何がいいの?


 …………そうか。

 心が足りないんだ。


 私は正面扉のインターホンを鳴らす。

 出てきたのはあの老婆だ。目を見開いて口をガチガチ震わせる。醜い姿。

 それでもあの人を魅了する大切な物を持っていた。

 私がそれを有意義に使ってあげる。


「母さん⁉」


 彼が突然下りてきた。まだ、完成していないのに。


「寺井さん⁉ 何を、何をしてるんだ⁉」

「何って、あなたが好きな心を貰いに来たの?」

「何言っているんだ君は⁉ 最近の君はどうかしてる! 自分が何をしているのか、どんな状況なのか分かっているのか⁉」

「勿論。Fさんの為に、Fさんに魅かれたくて」

「何をどうしてそうなる! 出て行ってくれ! 警察を呼ぶぞ!」


 ! そんな。何で? 何で私を避けるの? 私は完璧なのに。全て揃えているはずなのに。そうだ後一個揃ってない。心が。思考が。この脳さえ揃えば。


 私は最後の化粧を行うために、持ってきたメスを持ち、彼の家の玄関に置かれた大きな鏡に自身を映した。

 化け物がいた。

 化け物だ。

 綺麗な手はフランケンだ。

 綺麗なホクロは膿だ。

 綺麗な目は。ゾンビだ。


 何で、何で全部いい物ばかりを揃えたはずなのに。

 何で、何で。私は。彼に。


「早く出て行ってくれ! じゃなきゃ!」


 彼が私を見ようとする。醜い私を。絶対に好かれない私を。


「見ないで」


 私は彼の背後に周った。それでも彼は執拗に私の方を見ようとする。

 これを求めていたはずなのに。求めていた物が、今ここにあるはずなのに。


 彼が振り向こうとするたびに後ろに周る。それに彼が追い付こうとする。

 追いつかれる。そう思った瞬間。私は彼の首を力いっぱい固定していた。


 見ないで。見ないで。見ないで。見ないで。

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