超名門! 悪役令嬢の冒険
「婚約破棄だ!!!」
開口一番、王子はイラ立った様子で言い放ちました。
ですが、言われた側の公爵令嬢、キヨコ(仮)には、そんなことを言われる覚えが全くなかったのです。
「どういうことですの!? なんで超名門貴族であるわたくしがっ!!」
「お前のオヤジとアニキが贈収賄や公金横領、貴族暗殺、禁制品密輸などの合わせ役満で爵位を没収されたから」
「わっざ」
ゴリゴリに覚えがありました。
望月のかけたることもなしと思えば的権力の絶頂を謳歌していた公爵家です。
当然、キヨコ(仮)の父はやりたい放題。
さすがにキヨコ(仮)も時々「え、そこまでやるの?」と思うぐらいはしゃぎまくっていたのです。
もちろん、兄も。
そこを持ち出して「爵位剥奪です」と言われたら、キヨコ(仮)も納得するしかありません。
「あとお前! お前も殺人未遂とか禁止薬物使用等の罪で拘束だ! ボケ!」
「なるほどぉー、そういうかんじの! はいはいはい」
ガッツリ身に覚えがあることでした。
ちょっと邪魔なやつを殺そうとしたり、っていうか実際ヤっちゃったり、やヴぁいクスリでライバルを蹴落としたりすることなど、日常茶飯事。
貴族とは表面用それなりに整ってさえいれば、水面下では何をやっても許されます。
選民思想といえば現代日本では悪しきもののように思われるかもしれませんが、この世界では当然のものでした。
ですが、その特権にあずかれるのは、貴族であらばこそ。
父と兄が爵位剥奪ということであるならば、キヨコ(仮)も地位を奪われているということです。
過去に犯した罪も遡って叩かれることになるでしょう。
こりゃ、終身刑じゃ済まねぇ!!
キヨコ(仮)の心臓は、ドッキドキです。
「とりあえず、俺の婚約者への殺人未遂。これだけでまぁ、アウトだな」
「待ってください、婚約者って私だったじゃありませんかっ!」
「お前以外にも婚約者居るわ!!! 我、王子ぞ! 王太子ぞ!!!」
「まあ、うん。そうですね」
この国では、王族の血筋を絶やさないため、王や王子は重婚を推奨されています。
王族の血脈は特別な魔法を継承することもあり、それが絶えてしまうと即国が亡ぶレベルの重大事でした。
なので、王子には複数の婚約者がいるのです。
「でも、それはあの女が悪いんですっ!」
「ほう」
「ビジュアルがむかつくし、私より人気があるし、いい人な感じが逆に鼻につくっていうかっ!」
「逆恨みじゃねぇか!!!」
ムカつくからムカつく。
何か無理やり悪いところをあげつらわない分、ある種の潔さは漂わせています。
「とにかくお前は婚約破棄! 然る後、魔界に放逐だっ!!」
魔界というのは、魔物や魔族がもっさり暮らしている領域のことです。
この国があるお隣の大陸のことで、そこでは日々血みどろの生存競争が行われていました。
超危険地帯であり、周りは人間を見たら殺すタイプの魔族や魔物ばかり。
魔界送りというのは、割とストレートな死刑宣告です。
「待ってください! せめて裁判! 裁判を受けさせてくださいっ!」
「別にいいけど。余罪が出てきたらもっと重い罪になるぞ。五年かけての死刑とか、魔法や薬の検体にされる奴とか」
「あ、魔界送りでお願いします」
裁判になんてなったら十割余罪は出てくるし、確実にもっとひどい目にあいます。
それだったら、まだ魔界に捨てられる方が、ワンチャン生存できる確率が微レ存している分、そっちの方がましかな、という気持ちがあったのです。
「いいだろう。船で魔界近くまで行き、カタパルトで射出してやる!」
装甲擲弾兵じゃねぇぞ。
ていうか擲弾兵って投擲される兵隊のことじゃねぇわ。
そんな文句を言おうとした、その時です。
突然、空に巨大な人の姿が映し出されたのです。
雷とかゴロゴロ鳴ってるし、人の頭には角とか生えています。
なんだか魔王みたいだな、と、キヨコ(仮)は思いました。
「あ、どうも。魔王です」
魔王でした。
ですが、魔王は百年ぐらい前に滅ぼされたはずです。
「あのー、この、私が滅ぼされて百年がたったんですけれどもね。この度! 無事、こうして復活を果たしまして。まあ、百年経ちましたからね。もう、そういう時期なわけなんですけれども」」
復活を果たしたようでした。
どうやら魔王というのは、百年ぐらいたつと復活するようです。
「前回のシーズンはね。勇者のファインプレー連発で、魔王サイドも押し込まれて一気に持っていかれた感があるんですが。今シーズンはそんなことがないよう、ファンの皆さんの期待に応えていきたいな、と思います!」
プロスポーツ選手のようなコメントでした。
「前回は力押しだけで負けちゃったのでね。今回はほかの方法も試していきたいと思います。駅前に大型書店を作り、その町の在来本屋を死滅させた後、自分のところを閉店したり」
あまりにも邪悪な手法です。
「あと、巨大スーパーを作って商店街を死滅させたり。オークションで実物が見えないのをいいことにクソみたいな商品を不当に値を釣り上げて販売したりもします」
人知を超えた悪行と言わざるを得ません。
気の弱い人族の中には、聞いているだけで気絶しているものもいました。
「そんな感じでね、人間の国をぼっこぼこにしていきたいと思います。もちろん、軍事攻撃の方も手を抜きません! 人間の国を、ぶっ壊す! どうも、ありがとうございましたー!」
「マジかよ」
王子様の口調も、思わず荒れてしまうほどの衝撃でした。
国中がパニックです。
空に半透明の魔王が出てきて笑顔でキメっ! 事件は、瞬く間に各方面へ影響を与えました。
既得権益を荒らされそうとあって、商人たちも真っ青になっています。
無論、軍隊とか貴族の人達もです。
「最悪、一般の魔物や魔族ならば、軍事力で押し切ることもできる」
「問題はやはり、一定階級以上の魔族か」
強い力を持つ一部の魔族は、通常の物理、魔法攻撃を無効化してしまいます。
毒やら二酸化炭素などによる窒息、洪水や土砂崩れといった攻撃方法も通用しません。
どうやら特殊なバリアみたいなものとか、加護的なやつとか、その他諸々のもので守られているようなのです。
「それを破る手段は、何かないのか!」
「あることにはあります。こちらも、特別な加護を持つ血脈のものをぶつけるのです」
魔族を退ける、特別な血筋を持つもの。
皆さんお判りでしょう、勇者の血統です。
百年前魔王を滅ぼした勇者の子孫が、この国には貴族家として残っていたのです。
「そんなものがあったのか」
「聞いたことがないが」
「当然でしょう。魔族に知られれば、真っ先に狙われるのはわかっていますから、情報が洩れぬよう、厳重に秘匿されてきたのです」
こんな説明をしているのは、王国の宰相でした。
勇者の血脈については、王族と宰相他、ごく限られたもののみが知る事実だったのです。
「して、その血統とは、どの貴族家なのですか」
「それが、その。なんだ」
ひどく言いにくそうにしていた宰相でしたが、意を決したように一つの家名を口にしました。
それを聞いた貴族や軍事関係者たちは、唖然とします。
なんと、大方の読者の予想通り、それはキヨコ(仮)の家だったのです。
それだけ重要な血筋だからこそ、キヨコ(仮)の家は今までの悪行の数々を見逃されてきたのでした。
ですが、さすがに百年もたったし、魔王復活しねぇんじゃねぇの?
と思い始めたことと、キヨコ(仮)家のあまりのハチャメチャっプリに、ついに王族がキレたのです。
こうなったら、爵位ぶんどって、地下牢で血脈だけつなぐ生活送らせてやろうか、と考え、早速それを実行した矢先、魔王が復活したのでした。
「で、では、いったいどうするのです? 連中しか上位魔族に対抗できないということでしたら、またつけあがりますよ」
つけあがるときはどこまでもつけあがる。
そんな信頼と実績が、キヨコ(仮)家にはあったのです。
「そこは、考えてある。懲罰部隊ということにして、連中を使い倒す」
宰相は、なかなかえぐいことを言い始めました。
キヨコ(仮)家を使い倒すため、懲罰部隊を作るというのです。
幸いなことに、勇者の血脈で無双できるのは、上位魔族が相手の時だけだといいます。
魔族や魔物以外と戦うときは、実力相応にしか戦えないという話でした。
そこで、キヨコ(仮)家の人間の周りを兵隊に囲ませ、魔族とだけ戦わせよう、というのです。
戦わせる名目を懲罰のため、とすれば、どんな無理強いをしても問題になることもありません。
逆らえば、周りの兵隊さん達に「可愛がって」貰えばいいでしょう。
平和で甘やかされて育ったキヨコ(仮)家の連中なら、ビビってすぐに従順になるはずです。
ついでに、「懲罰部隊で結果を残せば、罪一等を減ずる」とでも言っておけば、モチベーションも上がることでしょう。
「ついでにいうと、キヨコ(仮)がイジメていた私の、王太子の婚約者の一人は、聖女の血筋だ」
聖女とは、王都の守りの要、王都を覆う「大結界」を発生、維持させることができる力を持つもののことを言います。
女性が多いので「聖女」と言われていますが、過去には男性の聖女もいました。
多くのふじょしの妄想を誘う事実です。
「それを考慮すれば、キヨコ(仮)家の罪はますます重くできる。魔王を倒させた後も、うまく使い倒せることだろう」
「ということは」
「魔王を退け、さらに魔界に橋頭保となる土地を切り取る。これは魔王を退けるとともに、国土拡大のチャンスでもあるのだ。皆のもの、大いに励め」
こうして、キヨコ(仮)の運命は、大きく動き始めたのでした。
懲罰部隊に放り込まれたキヨコ(仮)は早速、魔族討伐の遠征に出発することとなりました。
目指すは、王国の片田舎です。
「いきなり魔界に射出されるのかと思っていたのですけれど、そうでもなかったのですわね」
ほっとしているキヨコ(仮)でしたが、世の中そう甘くはありません。
「まずは弱い魔族を倒させて、魔族殺しに慣れさせるんだとよ。そのあとで、魔界送りになるんだとさ」
懲罰部隊の隊長の言葉に、キヨコ(仮)はうなだれます。
「強力な魔族は、魔界からあまり離れられないらしくてな。こっちの大陸に来てるのは、比較的力が弱い魔族なんだと。それを倒してこいってのが、今回の仕事だわな」
「ていうか、この薬飲めば魔族と戦えるって。何が入ってる薬なんですの?」
キヨコ(仮)が手にしているのは、虹色の液体です。
これを飲めば、魔族にもダメージを与えられるのですが、まだ実験段階のもので危ないので、懲罰部隊にしか配布されていません。
という設定で丸め込んで、キヨコ(仮)が調子に乗らないようにしているのでした。
「知らねぇよ。そんなヤヴァイ色の薬、絶対体に悪いだろ。よくお前平気で飲めるな」
「へへへ。魔族を殺せば、死刑を免れるかもしれないんです。そうすれば、きっとまた楽しいこともあるはずですから。生きていて努力さえし続ければ、夢はいつか叶うんです」
「なんだよ、夢って」
「また貴族に返り咲いて、選民としてすべての愚民を見下し、贅沢三昧の生活を送ることですわ」
「すべての人間の夢が素晴らしいものじゃないんだって、お前を見てるとよくわかるわ」
何のかんのと王都から一週間ほどで、目的の場所に到着しました。
体力的についてこれないかと思われたキヨコ(仮)でしたが、案外平気な顔をしています。
金と暇を持て余す生活をしていたので、体もきっちり鍛えていたようです。
貴族というのは戦場で戦うこともあるので、軍事教育も受けていました。
キヨコ(仮)は、裕福で体も健康にもかかわらず中身はゲスという、ハイスペック悪役令嬢だったのです。
目的地にたどり着いた懲罰部隊の面々が見たのは、なんかよくわからない巨大な櫓のような建築物でした。
まだ完成していないようで、多くの人が働いているようです。
魔物のほかにも、人間も働いているようでした。
「あの愚民達は、魔族に強制労働させられているのかしら。許せませんわ。人族の癖に魔族に与するとは。国家反逆罪で死刑にすべきですわ」
「お前が言っても説得力ねぇよ」
「あるいは私の代わりにこの体に悪そうな薬飲ませて戦わせるべきですわ。何ならわたくし、2、3人捕まえてまいりますけれど」
「やめとけお前! すげぇこと言いだすな!」
とりあえず、近くでぶらついていた村人を捕まえて、何が起きているのか聞いてみることにしました。
「突然魔族の人が気て、あの櫓みたいなの建てるの手伝ったら、金くれるっていうからさ。村ぐるみでやってるんだよ」
「何を作ってるんだ?」
「さぁ? アンテナだ、とか言ってたけど。アンテナってなんだろうな」
村人は、言葉の意味が分からない様子でした。
キヨコ(仮)も、懲罰部隊の人達にもわかりません。
ただ、魔族が作らせているものなんだから、何かしら邪悪なものなのだろうと思いました。
「まいったな。あのアンテナとか言うのの正体もわからないし、肝心の魔族も見つからないぞ」
少し離れたところから監視しているのですが、この土地にいるという魔族が見つからないのです。
どうやら、こちらの接近に気が付き、隠れたようでした。
「どういうことですの。魔族だったら、街の真ん中に人間を四つん這いにさせて、その背中に座っているものではないんですの」
「どういうイメージだよ。まあ、わからんでもないが」
この大陸にはほとんど魔族なんていないので、イメージするのも難しかったりします。
一応、「残忍で人間の生き胆を直接喰らうのが好き」みたいな話は聞かされていますが、さすがにそれがリアルだと信じるほどオメデタイやつは、そうそういません。
「どうするんだ。隠れて出てこないとなると、探すのも厄介だぞ」
「住民に差し出させればよろしいのではなくて?」
注目が集まった村人が、首を振ります。
「いや、俺達も直接やり取りしてるわけじゃないから。人伝だし。人伝? 人、いや、魔物伝っていうの? なんか魔物が手紙と金持ってくるんですよ」
剣に、蝙蝠っぽい羽と、ほっそい腕が付いた魔物が飛んできて、仕事を取りまとめているのだといいます。
結構あれなビジュアルで、最初は村人たちもビビっていたのですが。
「金払いいいし、まぁいいか」
という感じになっているのだそうです。
慣れというのは、存外恐ろしいものなのでした。
「よくもまぁ、そんなわけのわからないものからの仕事を受けて、訳の分からないもの作りましたね」
「自分でなに作ってるかわからなくても作業はできますし、金はもらえますから」
お金さえもらえれば労働は成立するし、生活は成り立つのです。
自分がどんなものを作らされているかなど、知る必要もないし、興味もないのでした。
何だったら殺人兵器の部品を作らされていても、気にしないところです。
「こまったな。どうしたもんか」
「まーかせて。わたくしに、いいアイディアがありますの」
どこまでも不安しか感じませんでした。
櫓を焦がす赤い火は、周囲の建物も照らし出していました。
夕焼けのように染まる村の風景は、さながら絵画のようです。
真っ赤に燃える矢倉の前には、たいまつを両手に持ったキヨコ(仮)が立っています。
「燃えなさい! もっともっと高く炎を上げるのよ! 天を焦がしてすべてを燃やし尽くすの! 私の地位と財産以外全部!! おーっほっほっほっほ!!」
「焼き討ちじゃねぇか!」
隊長がツッコミを入れた通り、ストレートな焼き討ちでした。
「このアンテナとか言うのが何なのか全くわかりませんけれども、燃やされれば魔族も出てくるでしょう!」
アンテナとか言う名前のやぐらは結構でかく、燃やすと村にも被害が出そうな勢いでした。
当然村の人達は文句を言いましたが、黙らせました。
敵である魔族に与した罪で現場判断死刑にされるか、大人しくしているか、どっちか好きな方を選べ、と迫ったからです。
どちらか選ぶ権利を与えている分、キヨコ(仮)も随分丸くなりました。
昔なら、櫓のついでに村もノリで燃やしているところです。
「貴様ら何を考えているんだっ!! こんなところで焼いたら村に被害が出ると思わないのか! やるならせめて物理攻撃での破壊にしろ!!」
割かし正論を言いながらキヨコ(仮)にケリを入れた女性には、角が生えていました。
全身を覆い隠すような鎧を着ているこの女性は、どうやら魔族の人のようです。
「現れましたわね、魔族! わたくしのおびき出し作戦にまんまと乗って!!」
「くそ、見つからぬように動けば、しばらく時間稼ぎができると思ったのに、無茶苦茶なことをしおって! 貴様ら何を考えているんだ! 民を犠牲にするつもりか!」
「愚問!! 魔族討伐に多少の犠牲はつきものですわ!!」
「血も涙もない奴等め!」
「いや、俺らは止めたのよ?」
隊長の言う通り、懲罰部隊の皆はキヨコ(仮)の行為を止めようとしたのです。
ですが、妙に動きが速くなったキヨコ(仮)が、止める間もなく櫓に火を放ったのでした。
その躊躇の無い行為に、懲罰部隊の人達もドン引きです。
「そんなことどうでもいいのですわっ! わたくし達は人間の国に入り込んだ魔族を狩る懲罰部隊レッド・デッド・デーモンイーター!! 貴女のようなクソ魔族に、生まれてきたことを後悔させるものですわっ!」
「うそ、何そのメチャクチャダサい部隊名。うちは第三懲罰部隊ですけど」
キヨコ(仮)が捏造した名前でした。
三日ぐらい悩んだ末につけた名前をディスされて、キヨコ(仮)はちょっとへこみました。
ですが、こんなことで負けていられません。
気を取り直して、魔族と対峙します。
「そして! そんな懲罰部隊R・D・Dに所属するこのわたくしの名は、キヨコ(仮)! わけあって家名を失い、今はただのキヨコ(仮)ですわ!」
「なんか名前が納得いかんが、名乗られたからにはこちらも名乗っておこう。私は魔王軍四天王、剣豪将バルグドメル様旗下、魔剣錬牙十人衆が一人。雷鳴剣のリムザ」
「なにそれ」
そもそも魔王四天王も知らないキヨコ(仮)には、まったく響かない名乗りでした。
「魔王軍四天王、剣豪将バルグドメル様旗下、魔剣錬牙十人衆が一人。雷鳴剣のリムザだと!?」
どうやら隊長は名前を知っているようでした。
「本来デバフなどが得意なはずのサキュバスという種族でありながら、剣術の腕一つで剣豪将バルグドメル直属の部下である魔剣錬牙十人衆にまでのし上がった実力者が、なぜこんなところに」
「情報量が多い。っていうか、魔王ってつい最近復活したばかりですのに、なんでもうそんなものが出来ていますの」
魔王四天王というのは、実力があるものが奪い取ることのできる称号でした。
プロスポーツ競技のチャンピオンのようなもの、とでもいえばいいのでしょうか。
魔王の在、不在にかかわらず、元々魔族の社会システムに組み込まれているものらしいのです。
「魔族ってのは実力主義だからな。力関係をはっきりさせるために、そういう称号が使われてるんだよ」
「隊長、嫌に詳しいですわね。まさか、魔界のスパイ!?」
「そんなわけあるか、国防に携わる者にとっては常識だわ」
敵のことを知るのは、とても大切なことなのです。
「へぇ。まあ、わたくしも他の貴族をはめるときとか、よく相手のこと調べましたものね。人に隠してる趣味趣向とか、弱みを見つけて突っつくと、たいてい従順になったものですわ」
最低な理由で共感されました。
隊長は何とも言えない表情で、口をもごもごしています。
ここで、キヨコ(仮)は、はっと何かに気が付いたような顔になりました。
「ちょっとお待ちになって。ということは、貴女サキュバスですの?」
「そうだが」
「このヘンタイえちえち生物がぁあああああああ!!!」
「!?」
突然の罵倒に、リムザは怯みました。
懲罰部隊の人達も、びっくりしています。
「サキュバスってあれでしょ!? エッチなことして、生命力だけじゃなくてレベルまでドレインしちゃう感じのやつでしょ!? 淫乱とか淫行とかの淫に魔って書いて淫魔って読むやつでしょ?!」
「淫魔ではあるが、そんな能力はない。なんだレベルまでドレインというのは。そんなことしたら世界のバランスが崩れるだろう」
「嘘言わないで!!! 唾液とかが媚薬になってるんでしょう!? 感度3000倍とかのヤツ!!」
「そんな感覚鋭敏になったら歩くことすらできないだろう。お前淫魔をなんだと思ってるんだ」
「おだまりなさい、この同人誌御用達ナマモノ!! スケベ! スケベシャチョサン!! 大学のテニスサークルとかが似合うクソビッチ陽キャ目ウェイ勢科!!」
キヨコ(仮)はここぞとばかりにディスりまくりました。
相手を攻撃していい対象だと見た時のキヨコ(仮)の猛攻は、とどまるところを知りません。
「やかましいわ! こう見えても私はそういったことはしたことがない! 異性とも同性とも!」
「キイイイイイイ!!! 生物として淫乱な癖に白々しいっ! 恥をお知りなさいっ! ツモッターでイキってる自称フェミニストとかにミソジニーの権化とか言われて叩かれればいいんだわっ!!」
「だからそんなことはしたことがないといっているだろうがっ!! 貴様言っていいことと悪いことがあるだろう!」
「信じられませんわぁー! まったく信じられませんわぁー! 対〇忍ぐらいの信頼度ですわっ!!」
「処女だわぁあああああああああ!!!!」
あまりの声量と衝撃的な内容に、場が一瞬にして凍り付きました。
おそらくエターナルフォースブリザードでも、ここまで一瞬で凍り付かせることは難しいでしょう。
「えっ、でもあなたサキュバスなんじゃ」
「いろいろ事情があるのだっ! 私は、えっ、その、ええ、えっちな、こととかっ! そういうのはおろか、性的対象者と手をつないだこともない!!」
何か事情があるようです。
キヨコ(仮)は、早速事情を聴いてみることにしました。
懲罰部隊の人達は、「そんなこといいから戦えばいいのに」と思っていましたが、とても言えるような雰囲気ではありません。
意外と空気が読める人たちがそろっていたのです。
リムザは、父が「りゅうぞくけんごう」、母が「サキュバス」という異種間夫婦の間に生まれたとそうです。
森で修業をしていた父に一目ぼれした母が、押しかけるように転がり込み、そのまま結婚したのだとか。
夫婦仲はとてもよく、今も森の奥の方で畑とかを耕して暮らしているといいます。
そんな両親のもとで、リムザはすくすくと育ちました。
小中は通信教育でした。
ですが、就職するには外に出たほうがよかろうと、高校は町の学校に通うことにしたのです。
そこで初めて、リムザはサキュバスがどういう種族か知ったのでした。
「本気でびっくりしたわ。まさかあんな、破廉恥な、なんだ、あんなことを得意とする種族だったとはっ!」
リムザは種族こそサキュバスでしたが、スキルは父寄りだったので、エッチな衝動とかとはほぼ無縁だったのです。
むしろ心頭滅却、明鏡止水とか、なんかそういう系統の奴が得意であり、エロス関連のスキルは皆無でした。
ゆえに、他のサキュバス達がえちえちな訓練などをしているとき、リムザは剣術や戦闘訓練などをしていたのですが。
「全くそういうことに興味がなかったわけではないのだ。その、年頃だったしな」
スキルのあるなしにかかわらず、興味津々だったのです。
「要するに純然たるむっつりだったのですわね」
「違うっ! 人並だっ! 通常のサキュバスに準ずる程度のものだろうっ!」
それはどすけべえっちなのでは?
キヨコ(仮)はそんな心の声を、ぐっと飲みこみました。
それを指摘しない程度の良心が、キヨコ(仮)にもあったのです。
リムザは自らのエロス的欲求に苦しみました。
サキュバスのスキルだから仕方ないね、という大義名分もないので、そういった方面になかなか手が出せません。
結局高校時代は何もなしで過ごし、大学では頑張るぞと思ったリムザでした。
しかし、ことは思うほど簡単にはいかなかったのです。
大学では爛れた男女交友のあるサークルとかに入ろうと思っていたリムザでしたが、「りゅうぞくけんごう」の血の冷静な部分がそれを思いとどまらせてくるのです。
飲み会とかにも参加して、ウェイ勢になんかやられそうになったりもしたのですが、当時から一流の戦士であったリムザが、そう簡単になんやかんやされるはずがありません。
飲まされた睡眠薬は無効化、束縛具は容易く引きちぎり、仕掛けてきた連中のアレをちょん切ってやりました。
そんなことをしたわけですから、二度と声がかかるはずもありません。
ビビられ引かれ、完全なボッチになったリムザは、物語の世界に引きこもることとなったのです。
「小説やマンガ、ゲームはいい。みんなキラキラ輝いているのだ」
ちょっとエッチな感じのライトノベルとかマンガとかを、読み漁ったのだそうです。
それが、ボッチ力をさらに加速させました。
さらに悪いことに、妄想力までたくましくさせてしまったのです。
経験値は0だというのに、理想はどこまでも高くなっていきました。
そして、そんな状態のまま大学を卒業。
魔王軍に入り、めきめきと頭角を現し、出世していったのですが。
「そっち方面への興味は消えなかった。むしろ発散されない分、大きくなっていったのだ」
その間にも性癖はどんどん熟成されていきました。
ついには。
「年下のおにいちゃんパパにバブりたい。めちゃめちゃに甘やかしてほしい」
よくわからないところまで行きついてしまったのです。
懲罰部隊の人達は完全に困惑しています。
キヨコ(仮)はといえば、「わかる」と言いながらしきりにうなずいていました。
放蕩貴族であったキヨコ(仮)にとっては、この程度の性癖など親の顔より見てきた程度のものだったのです。
「でろっでろに甘やかしてもらって、頭なでなでされたい。あと無限に褒められたい」
「わかりますわ。大人の男がゴツく見えますのね。それで怖いというか」
「そうなのだ。ある程度以上身長がある男だと、性的魅力よりも先に恐怖を感じる」
ちなみにこの時の恐怖は、腕力で敵わない的なものではありません。
そっち方面なら、リムザは魔王軍でも指折りです。
四天王や、よほどの上位者でもない限り、負けることはないでしょう。
「正直、魔王軍に入ったのも、そういった相手を見つけたいと思ったからだ」
「どういう理屈ですの」
「権力の中枢だから、あっちの方も充実してると思って」
童貞のような志望動機でした。
それをそのまま伝えていたら、きっと面接で落とされていたことでしょう。
「ていうかなんでこんな話になったんだ」
隊長の言うことも、もっともでした。
会話には流れがあり、成り行きというのがあります。
今回はなんかしゃべっているうちに、なんかそんな空気になったのです。
「言ってしまうとその願望が叶うなら魔王軍なんてやめてもいいんだ」
「いいんかい」
「魔族というのは己の欲望に忠実であり、力にのみ忠誠を誓うものなのだ。私とて魔族の端くれ、年下のおにいちゃんパパに思うさま甘えまくれるのであれば、魔王軍なんぞいくら裏切ったところで構わん」
「きりっとした顔で言ってるけど内容がゲスなんだよなぁ」
顔だけ見ればイケメン女子なリムザですが、もはや登場当時のような凛々しさは一切感じられません。
「っていうか、そんな願望、かなえられねぇだろ」
「割と簡単に叶えられますわ」
「ウソだろ」
本当でした。
貴族として、様々な享楽を知り尽くしてきたキヨコ(仮)にとって見れば、解決方法はいくらでも思いついたのです。
例えば、ゴーレムを使うパターン。
年下ボディに、父性の塊のような人格をインストールしてしまうというものです。
肉体的に成長しないのでビジュアルも保てるし、裏切るようなこともありません。
制作者の腕がよければ、理想的な年下のおにいちゃんパパが完成することでしょう。
ほかには、ハーフリングなどの種族を囲うパターン。
彼らは子供の見た目ですが年齢は割と高いケースもあり、かなり理想に近いといえるでしょう。
生身の人間なので性格の問題がありますが、その辺は探すことでカバー。
最悪洗脳魔法などを使うという技もあります。
「えげつねぇ!! なんでそんなこと思いつくんだよお前!」
「貴族では当たり前のことですわ」
「嘘つけよ! ホントにそんな貴族ばっかりなら滅んだ方がいいわ人間の国!」
キヨコ(仮)がえげつないのは事実ですが、貴族では当たり前というのもまた事実でした。
人間の国は割とマジで滅んだ方がいいのかもしれません。
「いかがかしら。貴女、人間側に着くというのでしたら、わたくしが理想の年下のおにいちゃんパパを見つける手助けをいたしましてよ」
魔族を滅ぼすのが懲罰部隊の仕事でしたが、その引き抜きも業務の一つでした。
昨日の敵は今日の友。
強力な力を持つ魔族であれば、敵として倒すより味方として引き入れてしまった方が手間も少なく、被害も少ないのです。
「それで私がお前達の仲間になると思っているのか。実に正しい判断だ。私のことは今日から懲罰部隊レッド・デッド・デーモンイーターの一人だと思ってもらおう」
どこまでも凛々しく、キリっとした顔で言いきりました。
実に清々しいタイプのアホです。
「でもお前、そう簡単に信用されないだろ、連れて帰っても」
「良かろう。情報を提供してやる。このアンテナが何なのか、貴様ら知らんだろう」
リムザの情報は、割と深刻なものでした。
あの櫓、アンテナの正体は、魔族の活動圏を広げるためのものだというのです。
強力な力を持つ魔族は、魔力の燃費が悪いことが多く、空気中から大量に取り込むことが必要なのだといいます。
人間達の国は魔界に比べ、空気中の魔力量が少ないのだとか。
魔族は、人間と違い体内で魔力を生産できません。
必ず、外から取り入れる必要があるのだといいます。
「強力な魔族は魔界からあまり離れられない」というのには、そういう事情があったのです。
ですが、最近になってそれをどうにかするための手法が編み出されました。
それが、「アンテナ」だったのです。
「魔力を中継する装置を取り付けると、周囲の魔力濃度を上げることができる。そうすれば人間の国にも、強力な魔族が入ってこれるのだ。流石に王都の大結界の中には入れんがな」
「貴女だって強力な魔族でしょう? なぜここまで来れていますの」
「おおよその上位魔族が魔力を必要とするのは、魔法を使うからだ。私は身体能力と技術のみでここまで来た。ゆえに魔法を使わないから、濃い魔力量も必要ない」
省エネなのに高性能。
どうやらリムザはすごい魔族だったようです。
「だから、こうしてアンテナを設置する仕事を任されたのだ。橋頭保作りというヤツだな」
とんでもねぇ奴に重要な仕事任せんなよ。
喉元まで出かかった言葉を、懲罰部隊の人達はぐっと飲みこみました。
その程度の慈悲は、彼らにもあったのです。
「その情報を持ち帰るだけでも、結構な価値があるぞ」
「そうですわね。でも、もう一押し欲しいところですわ」
「ならば、私以外にこの国に来ている元同僚の首を持っていこう。あいつ、セクハラばっかしてくるしキモくてウザいおっさんだから、殺しても気が咎めることもない」
「コイツ、マジで言ってるのか。クズクズの実のクズ淫魔かよ。なんかやな予感しかしねぇから、二人ともどっかに埋めておいた方がいいんじゃねぇか」
こうして、キヨコ(仮)とリムザ、懲罰部隊の人達は、国に入り込みアンテナ成るものを作ろうとしていた魔族を狩ることになったのでした。
キヨコ(仮)とリムザは、後の世に「世界を救った七つの大罪」の一角として名を残すことになるのですが。
それまた別のお話です。
勢いでやった
後悔はしていない
キャラはたってたし、書いてて面白かったです
コレも「1.5倍!! ストロング系チューハイ聖女の異世界転移」と同じで、きちんと書いて続きつけりゃ連載に持っていけるな、と思います
やっぱコメディは書いてて楽しいんだよなぁ・・・