暗雲3
マヤちゃんが呼んだ兵士に案内され、俺は捜索隊に引き合わされた。
捜索隊長は口ひげを蓄えた壮年の男だ。
俺が探索に協力する旨を伝えると、隊長は快く受け入れる。
全員皮鎧は着るものの、軽装備が中心だな。
まあ、今から急いで出るのだから重装備はあり得ない。
「誰か、ダリオ殿に馬を」
「ダリオ様。馬はこちらでございます」
隊長に指示された兵士が先導してくれる。
厩舎に案内され、一頭の黒毛の馬を与えられた。
馬を見る目はないが、毛並みは良く引き締まった体つきをしている。良い馬なんだろう。
それぞれが馬を引きながら、巨人も通れそうなほど大きな城門の前に集合する。
捜索隊はさほどの数はいない。三十名ほどだ。
詳しい話は馬に乗りながら話すとされたが……。
「三方向に分かれる! 東のハウドメル方面に十! 北のカッソスに向けて十、南のイブリージュへ十だ!
各方面、道中の村や町を回れ!
探索系能力は惜しまず使えよ!
現在、大規模な捜索部隊が編制中である。我らは先駆けだ! 行くぞ!」
掛け声と共に捜索隊が馬に跨ると、城門が開く。
勢いよく捜索隊が飛び出すが、俺だけそのまま止まっている。
捜索隊はぐんぐん速度を上げていき、あっという間にその背が遠ざかっていった。
俺が馬で走り出さない理由?
そもそも馬の乗り方なんて知らないからな。
騎馬の扱いなんて全く分からん。与えられた知識の中にもないし。
黒い馬も困惑気味だ。
捜索隊を見送っていた兵士が、心配そうに駆け寄ってくる。
「あの、どうかされたんですか……?」
恥ずかしい。乗馬経験なかったとか言えない。その場の空気で乗っただけとか言えない。
馬を降り、馬の手綱を兵士に渡す。
「……この馬、厩舎に帰しといて」
「へ? しかし、ダリオ様はどうされるのです?」
「馬がこの速度なら、こっちで充分だ」
俺は自分の足を叩いてみせる。兵士はまさかと言った具合に驚きを見せてくれた。
いや、かっこつけただけなんだ。馬に乗れないなら、これしか出来ないからさ。
これでちょっと速いだけだったら恥ずかしいんだけど。
馬の速さに追いつけるとは思えないが、着いていくことはできるかもしれない。
能力『俊敏』より、技能『疾走』を使用。
『アイアンブラッド』では単に走ったりする時に使うのだが、フィールドやダンジョンの移動でこれがないと話にならない。
違いとしては、一般人と馬位の差が出る。はっきり言って人の速度を超えるのは間違いない。
ゲーム内で通常の三倍近い速さになるのだから、強化されてるというなら馬に着いていく位はできると思うんだが……。
足に力を籠める。火が点ったように熱を感じた。一歩前に出た瞬間、加速して前方に飛び出し、周囲の景色を置いていく。
城の外は町がある。
騎兵を見て端に避けたであろう人達の姿が見えた。
しかし、ろくに見てられない。思った以上に速すぎる!
自分でも足を前に出すだけで走っている感覚がない。制御が利かないとはこのことだ。
身体的強化とか言ってたが、これはやりすぎだろ!?
走り出して間もなく、真正面に馬の尻が見えたので、咄嗟にかわして横を走り抜ける。
無数の騎馬兵を追い越した結果、正面になにもいなくなってしまった。
馬を越して通り過ぎるとか、どんだけスピード出てんだ!
思いきって踏ん張ってみると、靴が地面と勢いよく摩擦し合って止まる。
あれだけ速いのに、しっかり止まれる。
肉体的には問題ない。問題なのは、俺自身の感覚がついていけてないことだ。
振り返ると、捜索隊長が慌てた様子で馬を宥めている。
そして信じられない、という様子でこちらを注視していた。
いやね? 化け物見るような目だよねそれ。
わかってるよ、わかってますとも。
自分が一番びっくりしてるからな。
強化されてるとはいえ、ここまで速くなっているとは。
町を見るどころかあっという間にここまで来ちまった。
もう出入口近くだ。城とは違い、また外壁と巨大な門がある。
門はすでに開いていて、町の外の広い平原が見えた。
出入口付近だけで、ぱっと見た王都の町並みは、非常に清潔感と統一感がある、という感想だ。
建物は一律白い壁で、屋根の色が赤や青など違いがあるだけ。
足元は赤いレンガのような石が敷き詰められている。
奇妙なのは、まず城だ。
恐らく魔術塔だと思うのだが。
真っ白い天まで伸びる塔を中心に、城壁が見える。それは良い。
城壁の上、塔の周りに、建物が浮いている。
城の一部なんだろうが、地上に面していない。あれはなんだ?
俺達は地上部分の建物にいたよな。じゃあ上の建造物は王様達専用ってところか?
なんだあれ。なんだあれ! 空の城とかかっこいいじゃねぇか!
ていうか町も変なんだよ。
物の運搬をしている人、リアカーみたいの引いてるけど、なんでそれ浮いてんの?
食いもの屋のおっちゃん。火を使ってるけど、それどっから出てる?
俺の目には、皿みたいな石版から火が出てるように見えるんだけど。
思った以上に魔術王国の技術は凄い。
方向性が違うだけで、一部技術は科学の世界と遜色ないレベルなんじゃないのか。
帰りはもっとゆっくり行こう。
これは知的好奇心がうずいてならない。
「ダ、ダリオ殿……? い、今のは……?
いや、失礼。さすがは異界の勇者殿ですな。人の身で、これほどの力をお持ちとは!」
ようやく馬を落ち着かせた隊長が、驚きながらも称賛を述べてきた。
もう完全に人じゃないと思われてるだろ。ごもっともだ。
いや、ちょっと待て。俺が異界人であることは知っているようだが……。
人の身で、これほどの力をお持ちとは?
俺が人造体云々って話、もしかしたら知らないのか?
知らないからこその反応だ。
強化人造体であることを知ってれば、人間扱いしないだろう。
つまり、俺らが人造体であることは一部の人間しか知らない?
王国の兵士がそれを知らないのなら、町民が魔術塔関連のことなど知るわけがない。
無論、隊長の言葉のあやかもしれないが……。
「いやいや、隊長殿。私の世界ではこのくらい、普通ですよ。
でも今は気にしないで、捜索しましょう。
気にしたら負け、復唱してください。気にしたら、負け!」
「き、気にしたら、負け……」
「十人単位で移動ってことですけど、俺はどこに向かえば?」
なに食わぬ顔、というのが出来てるかはわからんが。
なにもなかった体で話を進める。
「あ、ええと、北のカッソスまでをお願いします。
ダリオ殿には兵を預かっていただきたい。
補佐には……パーシヴァル殿!」
隊長が慌てた様子で誰かに声を掛ける。すると、一人の青年が馬に乗りつつ前に出てきた。
「馬上にて失礼します。非才なれど、私が補佐させていただきます。
……いえ、訂正させてください。
お供させていただくと幸いです。追いつけると、いいんですが」
段々言葉に力強さがなくなっていく。
そりゃあ馬より速い人間見ればそうなるよなあ。
その人物は、俺が借りた部屋にいた近衛の青年だった。
近衛兵が探索なんて出ていいのか?
いや、待てよ。もしかしたら……。
「パーシヴァル殿……いや、この際、堅苦しい言葉は抜きにしてもいいか?」
「私は問題ありません。ダリオ様の話しやすいよう話してください」
「わかった。じゃあ敬語はなしだ。気軽に話そう。
隊を任せるとのことだが、生憎人を率いたことはないんだ。
やれる限りはやるが、君が隊長になったつもりでいてくれ。
とりあえず、道案内を頼む。この辺の地理はさっぱりだからな」
「は、はい。では僭越ながら先導させていただきます!」
懇切丁寧な言い方が出来ただろう。我ながら寒気がするレベルだ。
再び騎馬兵が走り始めた。
門を越えた先は、見晴らしの良い草原だ。
騎馬兵がそれぞれ分かれ、捜索を担当する場所に向かっていく。
雄大な大地を、騎兵十人と徒歩一人が走る。
走って馬に追いつく人間って、どう見えてんだろうなあ。
パーシヴァルが先頭に出て、馬を走らせる。
その後ろを走って着いていくが、調整が難しい。
力を入れすぎれば馬を追い越すし、弱すぎると距離を離される。
これは、調整に時間がかかるな。このまま戦闘に入ると困ったことになりそうだ。
他の技能も使い勝手が変わっているだろうし……。
パーシヴァルが少し速度を落とし、俺の横に並んできた。
「ダリオ様! この先に村があります。まずはそこで情報を集めましょう」
「わかった。後ろの兵ども! この先の村で聞き込みだ!」
全員から力強い返事が聞こえた。
人を纏めるってのは柄じゃないが、悪くはないな。
走るのは、なんとなくでこのぐらい、という力加減が段々わかってきた。
着かず離れず、追い越しはしない程度の馬の速度というべきか。
……なぜ俺は、人じゃなくて馬と足並みを揃えることに苦心しているのだろう。
俺、人間だぞ? いや強化人造体らしいけどさ。
その内、乗馬を教えてもらいたいものだ。
しばらく走っていると、やがて草原の終わりが見えた。
走り出してから、大分経っている気がするな。
森と草原の境目に、人家が確認できる。
王都に比べるとあまりにも貧相だ。
さすがに走り続けてると疲れは感じてくるな。
いや、馬と同速で相当時間走ってる時点で体力おかしいんだけどさ。
というか、俺はともかく馬ってのはこんなに体力がある生き物なのか?
まったく休憩を取っていなかったけど。
村に到着すると、兵士達が馬を降りる。
馬の様子はといえば、いたって普通だ。
息を切らしているわけでも、疲れた様子もない。
さすがにおかしくないか? 体力ありすぎだろ。
生物である以上、息切れ一つないのはさすがに妙な話だ。
強化体とはいえ、俺はちょっと息荒くなってるぞ。
とりあえず、『疾走』を解除。
「ではダリオ様、命令を」
「じゃあ、村の連中に聞き込みを。
黒いローブ着たロリ女と、髪結んだ変な服のジジイ崩れが来なかったか訊いてってくれ」
兵士達が散開し、それぞれ村人に話を聞き込みにいった。
俺も話を聞きに行きたいところだが、ひとまず兵士に任せよう。
『疾走』を使ってみて分かったが、強化の影響で技能が大変なことになってるようだ。
色々と使い勝手を調べておきたい。
『探知』より、『魔力感知』を使用。
目を閉じると、光の塊が瞼の裏に浮かぶ。
光の強いものがいくつも村にあるが、それが人だ。
多少の強弱はあるものの、どれも彼も違うな。
魔力が強ければ強いほど、光は強く大きい。
魔術師であるリューミナなら、特に巨大な光になるはずだ。
それがないならこの村はハズレだ。
『生命感知』を城で使った時にも思ったが、やはり使い勝手が良くなってる。
いや、良くなりすぎてる。
『アイアンブラッド』だと人やモンスターだけ分かったものが、いまや物や残留している魔力にまで反応してる。
感知できる幅が広がりすぎてるんだ。参ったな。
……ここは別の手でいこう。
職業能力より『盗賊の極意』を発動。その中から技能『嗅覚』 を使用。
そもそも魔力を隠す技能を、ロリ女が持ってないとは思えない。
だが匂いを隠そうと思うやつはそうそういないんだよ。
『アイアンブラッド』だと、そこに直近で誰がいた、というのがわかった程度だったが。
俺も村の中を歩きながら、鼻を引くつかせる。
森の匂い、土の匂い、人の匂い、食べ物の匂い、水の匂い。
鉄の匂い、血の匂い。
嗅ぎたくない匂いも混じるが、まあ仕方ない。
ん? これは……。
森側の出入口近くに、なにか嗅ぎなれた匂いを感じた。
『魔力探知』でも、周囲に比べて強い魔力が確認できた。
匂いは……なんだ。強い食べ物の匂いと、森とは違う花のような香り。
これは、王都で嗅いだな。
強い匂いは昨日の夕食、果実酒の匂い。花のような匂いは、部屋のお香のような匂いだ。
どうやら北側に向かったらしい残り香がわかる。犬にでもなった気分だが、奴の情報がわかったぞ。
そうなると、進むのはこっちで正解らしい。
魔力の濃度から見ても間違いない。リューミナはこの先に進んでいる。
「ダリオ様、黒いローブを纏った、見慣れない人物がいたとの目撃証言が取れました!」
「そうか。じゃあ決まりだな」
兵士からの報告が入った。ジンカイとは別行動らしい。
いつ逃げたか分からんが、昨日の夜かつ、移動用の技能を使っているなら……。
俺自身使った感じ、かなり遠くまで移動できるだろう。
せいぜい俺の技能の使い勝手を調べるために、逃げ回ってくれ。
簡単に捕まるなよ。
俺の追跡から、逃れられるわけねぇけどな。