暗雲 2
目が覚めると、真っ白い天井が出迎えた。
ふかふかのベッドから起き上がると、そこは昨日と同じ、王様から借りた一室だった。
……夢じゃなかったんだ。
一度飲み込んだつもりだった。でも、やはり信じられない気持ちが残っていたらしい。
カーテンを引くと、朝日が全身を包み込んだ。
眩しさに目を細める。外には町が見えた。人が歩いている姿が目に入る。
清々しい、とはいかないが、平和な朝を迎えられた。
寝巻を借りることは出来たが、どうもガウンのような服がこちらの世界での寝巻らしい。
自分が何着て寝てたかは覚えちゃいないが、これではなかったような……。
まあ、とりあえず着て寝たものの、これが意外と寝やすくて驚いた。
温かいし、肌触りがいいんだこれが。やっぱり高級品なんだろうなぁ。
ひとまず、自分の装備に着替えなおす。ガウンを脱いでベッドの上へ放る。
借りたクローゼットに閉まっていたシャツやズボンなどの服を着直し、端に置いておいた皮鎧も着けて、と。
そして、後ろ腰に俺の隠し武器――魔銃を差し込んでおく。
俺の副職である銃士。
盗賊と銃士で発生する特殊職があるため、これが他人にばれるとやりにくい。
こちらに来てまで隠すことがあるか? もちろんあるとも。
不用意に手の内を明かすのは自分の死に繋がる。迂闊なことは出来ない。
剣帯を付けて片刃の片手剣、そしてダガーを差し、上から黒い外套を纏う。
うん、昨日と同じ見た目になった。
ドアがノックされる。どうぞ、と声を掛けると、昨日の近衛の青年が入ってきた。
「失礼します。ダリオ様、朝食の用意が整いましたので、どうぞ!」
「ありがとう。世話になります」
「いえいえ!」
近衛の青年に案内され、昨日と同様に食堂へ赴く。
中に入ると、人はまばらだ。まだ来ていない奴らもいるようだな。
いるのはガウディール、アネット、クラウスだ。
王様はいない。マヤちゃんはいるな。
「あら、ダリオ! おはようございます」
「おはようございます、マヤちゃん」
「やあ、意外と早起きだな」
「意外とってのは余計だろ。お前こそ、昨日随分飲んでたのにもう起きてんのか?」
まあ、時間は分からんから朝なのか昼近いのかは分からんけども。
「はっはっは! 私はどうも、酒には強いようでな」
「そいつは羨ましいことで」
そういえば、エイローズは大丈夫だろうか。昨日延々酒飲んでたような。
「ちょうどいいから、あんたにも訊いておきたいんだけど」
パンを食べつつ、アネットが声を掛けてくる。話しやすいように近くの席に座った。
「なんだよ? 好みのタイプか?」
「そんなん聞いて誰が得するのよ! 結構真面目な話!」
「……ああ、今後どうするつもりかって?」
「え、なんでわかったの!?」
「流れで分かるだろ」
「察し良いわねぇ。それで? なにか決まってる?」
一晩考えたものの、特別浮かんだことはなかった。
従ったとしても、俺に出来ることは少ない。前線向きではないからな。
「生憎と、決まってない」
「……そうよねぇ。一日経って結構気持ちは落ち着いたけど、そう簡単に割り切れないわよね」
「私は既に決めた。皆を巻き込んだようなものだし、私は戦うぞ!」
「僕、ガウディールさんと同じく勇者になりますよ」
「おお! クラウス、やってくれるのか!」
「いやぁ、そういうのって、やっぱり憧れるじゃないですか。怖いけど、帰るにはそれしかないみたいだし」
さすが青春脳コンビ。即決したなあ。
逆に、アネットはゲームならガウディールとやるようなことを言ってたが、現実問題となってからは躊躇しているようだ。
「クラウス様も協力してくださるのですね! 本当にありがとうございます!」
マヤちゃんが目をきらめかせながらお礼を述べる。
クラウスはさらに称賛の言葉を浴びせられ、照れ笑いを浮かべた。
王様の陣営に協力する、というのはまぁ、最適解なのかもしれない。
俺達は人間兵器として戦争に参加させるという目的で召喚されたんだ。
快諾するなら冷遇する理由がない。厚遇されて然るべきだろう。
なら、協力しないと言ったらどうなる?
正直、拒否した時点で殺されてもおかしくはない。
用無しのただ飯食らいを置いておく、なんて無駄金のかかることはしないだろう。
だが俺達は強化人造体とかいうものらしい。
そのまま信じるなら、大国相手の戦争をひっくり返せるだけの強さがあるとか。
そんな人間を、用済みだとして簡単に殺すことが出来るのか?
今はそれが出来ないのでは、と踏んでいる。
改めて思うと、召喚したものの行動を縛っていないのも妙な話だ。
まぁ、これは俺の想像に過ぎない。
疑り深い人間が疑問を持つからこうなる。
普段は問題ないことが、黒の叡智がないことで問題になっている。
結局これだよな。ただ、マヤちゃん達に直接訊いていいものか。
この辺の話がもし、向こうにとって余計なことなら……。
迂闊にこの質問は出来ない。
今にして思うと、幸運だったのかもな。
円陣組んでたせいで、纏めて返事をしたから全員こっちに来たという手違い。
あれは向こうにとって予想外だったろう。
一人二人ならまだしも八人だ。
呼んだ以上は無視できない。
全員の意思が固まるまで、考える時間はある。
さてはて、俺はどうしたもんか。従うか、それとも……。
「ま、マヤ様! 大変です!」
兵士が一人、慌てた様子で食堂に駆け込んできた。
「どうしたのです?」
「じ、ジンカイ様、リューミナ様が……行方知れずに!」
「えぇ!? そ、捜索隊は!?」
「はっ、既に編成を始めております。あと、ジンカイ様のお部屋に書き置きが」
「書き置き? 中にはなんと?」
「こちらでございます」
兵士が紙をマヤちゃんに渡す。それをマヤちゃんが読み進めると、僅かに眉根を寄せた。
「…………お父様はなんと仰っていますか?」
「はっ、国王陛下は見つけ次第、城に戻るよう説得せよ、と」
「そうですか。捜索隊長に、編成を急ぐように伝えなさい」
「はっ! かしこまりました! 失礼いたします!」
足早に兵士が去っていった。マヤちゃんは少し不機嫌そうな顔をしている。
「ジンカイは、書き置きになんと書いているのです?」
「……こうあります。『わしは堅苦しいことが好きではない。戦争は勝手にやってくれ。
わしはこの世界でも観光させてもらおうかのう』と」
自由人にも程がある。後のことを考えてないのか、あいつは。
だが、強化人造体という話があいつの離脱を促してしまったのかもしれない。
良くも悪くも強かな奴だ。追われても勝てると踏んだのだろう。
リューミナは元々乗り気でなかったし、反抗的な態度が目立っていた。
初めからこうするつもりだったようだな。
二人が同時にいなくなったことを考えると、どこかで組んだのだろう。
恐らく夕食の前か後に話をつけた、と見るのが自然だな。
見張りが気付けなかったことを考えるに、魔術師の技能、『幻影』を使ったのだろう。
「皆様にお聞きしたいのですが、ジンカイ様とリューミナ様は如何ほどの実力を有していらっしゃるのでしょうか?」
「ふむ。ジンカイは一対多の戦闘はあまり得意ではないようですが、一対一ならかなりの強者です。一対一なら、このメンバー内でも一、二を争うでしょう。
ただ本人の性格があれなので、日によって強さにブレが出るようですがね。
リューミナは魔術師ですので、逆に一対多の戦闘において強い。
範囲攻撃だけなら、恐らくメンバー最強でしょう。無論、接近戦には弱いですが」
そういえば、ジンカイはコロシアムでかなり有名人だったな。
ランキング上位には常にいたし。
リューミナのことは知らない。あの日が初対面だ。情報を集める暇もなく飛ばされたからなぁ。
「そんなにお強いのですか!」
「とはいえ、我らの実力差は僅差です。我々の中でも若干秀でている部分があるというだけですよ」
よくもまあぬけぬけとそんなことが言えたもんだ。
「捜索隊を出すとのことですけど、捕らえられるのですか?」
「できれば争いごとにはしたくありません。戦闘ではとても敵わないでしょうから」
「召喚したというなら、なにか縛るような力はないのですか?」
ガウディールが良い質問をした。それは気になっていたことだ。
「……召喚者である私は、従来の形であれば召喚したものを絶対服従させられます。
ただしそれは血の契約、そして宣誓の文言を持って果たされる契約印あっての話。
血の契約とは、契約する者に捧ぐ召喚者の血を体に取り込む行為のこと。
もう一つ、宣誓の文言とは、要するに召喚の呼びかけに自分の意思で答えること。
皆様の場合、血の契約は体の再構築の際に終わっています。しかし、宣誓の文言は……」
なるほど、本来はちゃんと受け答えしてれば問題なかったのか。
でも、俺達は知らない間に答えてしまった。それが問題なんだ。
無意識に答えたことは契約として受理されない。
明確に意思を持って答えることが必要なわけだ。
つまりだ。召喚契約の書類があるとする。
規約を全部読んだ上で署名しなきゃいけない。
だが俺達は規約なんて読んでない上、一人分の書類にまとめて名前を書かれて提出され、なぜか受理されてしまった。
そして、よく見たら諸々おかしいことに契約主が気付いた、というのが現状だ。
不完全に契約を結んだから、本来あるはずの強制力がない状態ってことだな。
強化人造体を抑えるのは召喚者の役目。
なら、裏切られる心配は本来なかった問題なんだな。
「無意識に答えてしまったがために、本来あるべき形ではない召喚になった、と?」
「はい……。なので、出来れば皆様には再契約をお願いしようと思っていたのです。
これをしないと、いずれ皆様を元の世界に送還するときに困ったことが起きますので。
それがこんなことになってしまって……」
マヤちゃんが落ち込んだように目を伏せる。
契約しないと困ること、ねぇ。
帰せないことを匂わせてるが本当か?
とりあえずそれはさておき。
これは俺が活躍できる場なんじゃないか?
なにせ俺は盗賊。探索に長けた職業だ。
戦闘じゃあさほど役には立たんだろうし、ここでマヤちゃんの役に立ってあげようじゃないか!
……というのは建前だが。
これは外に出れる良い機会だろう。
外に出られれば、ここでは得られない情報が得られるかもしれない。
さすがに知識とやらの中に世間体は入ってないからな。
どういう考えをこの世界の住人が持ってるか、気になるところだ。
「マヤちゃん、その捜索隊に俺を加えてくれませんかね?」
「え? ダリオが、ですか?」
「ああ。俺は盗賊です。探索に関しちゃこのパーティの中じゃ一番のつもりですよ。
ジンカイとリューミナは隠れるための技能を持ってます。
それを看破できるのは多分俺だけです。連れてってください」
「……そう言って下さるなら、大変ありがたいです。
ダリオ、よろしくお願いしますね!」
「任せてください」
クラウス達が好意的な目で見ている気がする。協力的な態度が良いように見えたのかもな。
まさか。俺がただ働きするわけねぇだろ。
色々、情報集めといきますか!