暗雲
マヤちゃんとあれこれ話した後、そのまま食事に誘われた俺は食堂に向かっていた。
「そういえば、ダリオはお酒を飲みますか?」
「あー、その辺はなんとも……」
「そうでした。記憶がないのですものね。すみません。でも飲めるのなら飲んでみてください!
ディザニアはお酒も美味しいですよ」
「へぇ、有名なんですか」
「ディザニアの果実酒は世界一です!」
マヤちゃんの笑顔が眩しい。
酒かあ。成人してれば飲んでたかもしれないが……。
元の世界の記憶や常識的なことは覚えてる。
でも自分がらみのことだけ分からないんだよな。
まぁ、ダリオは青年程度の見た目だし、成人してるんじゃないか。
酒を飲んでも問題ないだろう。
そもそも地球の法律はこっちには関係ないし。
「着きましたよ!」
俺達が来たのを見て、使用人がこれまた立派な扉を開く。
食堂なんだよな? 金細工やらなにやら、豪奢な扉だな。
中にはすでに他の面々が揃っていた。
長方形の長いテーブルがあり、王様は奥の席に座っている。
絨毯は落ち着いた茶色で、一見地味だ。しかし周りのものからして、高価に違いない。
植物をイメージしてるのか幾何学模様なのかは判断できないが、相当に技巧を尽くした一品なのだろう。
部屋自体はシンプルだが、恐らくカーテンも、なにもかもが値打ちものなんだろうな。
マヤちゃんは王様の側に、俺は適当な席に腰掛けた。隣はアネットだ。
食事はいわばフルコースだとか、そういう前菜だなんだと運ばれるのではなく、大皿に盛られたものを自由に取って食べる形式だった。
マナーとか知らないし、これはありがたい。
適当に取り皿に肉やパンを取りつつ、周囲を眺める。
どいつもこいつも、当然だが思い思いの様相だ。
アネットは未だに表情が強張り、エイローズも目線が落ちてぼんやりしている。
クラウスはガウディールと話しているが、二人ともどこか会話がぎこちない。
ジンカイ、リューミナは平静を保っている。
あと、もう一人なんか知らない奴が……。
黒い髪に、真っ赤な目。傷だらけの顔は骨太というのかごつめで厳つい。
上半身は腹から上が裸だ。筋骨隆々の体に無数の傷跡が付いているのが見えた。
ひたすら食事を貪っており、酒も水のように飲んでいる。
あっ、あいつバズゴルグか? 鎧の下あんな感じだったのか。
まぁ、ともかくだ。
落ち着いた奴らもいるが、未だに受け入れられてない奴らもいるようだ。
こんなことになれば、そりゃあ簡単には割り切れない。
俺だってそうだ。納得はしていない。
だが受け入れるしかねぇ。それが現実なんだから。
しかし、それにしても酷いな。
アネットがフォークをかじっている。おい、それもう肉刺さってないぞ。
クラウスは極めて饒舌で、延々話している。それをガウディールが受け答えしているが、答えにはなっていない。
エイローズはひたすらに飲み物を口に運んでいるが、それ色的に酒じゃない? そんなに飲んで大丈夫? 介抱は俺がするけど。俺が部屋まで送るけど!
態度で随分焦りようが分かる。ジンカイ達が落ち着きすぎてんだよな。
もしかしたら見せかけだけかもしれんが。
「ダリオ殿。気分は落ち着いたかね」
王様が声を掛けてくれる。これって本当はとても恐れ多いことなんだろうなあ。
「落ち着いた、といえば嘘になります。でも召喚された時よりは随分気持ちは穏やかです。
先刻は取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。
さらには部屋まで貸し与えてくださり、感謝に堪えません」
「はっはっは。大分落ち着かれたご様子。部屋などいつまでも貸して差し上げよう。
こちらが無理を承知で呼び出したのだ。できる限り面倒を見るし、要望も聞こう。
されど、どうか力を貸してほしい。そなたらに見捨てられては、我が国は滅びの道しかないのだから」
とんでもない実力者だと思われてるせいで、俺達本気で頼られてるなぁ。
いや、そもそもは一人を呼ぼうとしていたとか。
一人で大国との戦争をひっくり返せるとは思えないんだけど……。
「あの、よろしいですか?」
王様に対して、躊躇いがちに手を上げるのはクラウスだ。
「いかがされた?」
「部屋で考えてたんですけど、そもそも僕達だけで戦況を変えられるとは思えないんです」
「それ、あたしも思ってました。戦争中なら敵は千も万人もいるんですよね?
いくらなんでも、私達じゃ勝てないと思うんです!」
ここぞとばかりにアネットが同調する。やっぱりみんな同じことを思っていたようだ。
「ふむ。懸念はもっとも。されどそなたらは普通の人間ではなくなっている、と言えば信じるか?」
「……どういうことです?」
「知識を付与したという話はしたな。それと同時に、戦うための力を与えておる。
具体的には、そなたらの再構築された肉体に術式を刻んだのだ。
身体強化、魔術的な強化をな。常人を凌駕するだけの力が身についておるはずじゃ」
「再構築? とやらがよくわかりませんが……。それで僕達が強くなっていると?」
「召喚とは、そもそも対象者の能力を借りるために行うもの。
だが人間であれば、そこには必ず限界があるのだ。
いくら優れていようとも、一人が万人を相手に出来るとは思ってはおらぬ。
しかし賢者ヴァンタイムはそれを可能にすることを志した。
才知ある魂を呼び出し、至高の肉体を与える。
これこそが勇者召喚。神話の英雄を作り上げる我が国の技術である!」
熱く語る王様。ああ、間違いなくマヤちゃんのお父さんだわ。
魔術のことに関しては語らせたら長そうだ。
……さて、話を聞いてる限りだが。
俺達はつまり、身体的にも魔力的にも相当に強化されているらしい。
まあ、ダガーで傷はついたから無敵というわけじゃない。
死ぬような攻撃を受ければ死ぬが、それを容易に受けないくらいは能力が底上げされてるのかもしれない。
凄い技術だと素直に思うが、ちょっと疑問も浮かんだ。
王様は不完全ゆえに魔術塔を使いたくないのかと思っていたが……。
これだけのもの、多少リスクがあろうと使わない理由があるか?
使うのを渋る理由は? 倫理に反するから?
魔素を大量に使うような話はマヤちゃんがしていたが、それは時間が解決する話だ。
実際、時系列は分からないが何度も召喚自体はしているようだし。
積極的に使わないのは、別に理由があるんじゃないのか?
「そんなことができるなら、私達が戦わなくてもいいんじゃない?
兵士にその強化をかけてやれば?」
リューミナの声で我に返る。俺も落ち着こう。果実酒を一杯。
「そうしたいのは山々だが、出来上がった人物画を風景画に変えれようか?
なにも描かれていない真っ白い紙であるからこそ、望むものが描けるというもの。
すでに出来上がった肉体に、この術式を組み込むのは不可能なのだ。
強化した力に耐えうる体を一から作るからこそ、可能な技術でな。
しかし、赤子に強化を施しても意味がない。
我らに必要なのは、戦闘に通じ、かつ理性ある魂。
即座に強化体を使いこなせる勇士でなくてはならなかった。
強靭な肉体、そして賢智ある魂。この二つがそろって初めて勇者が生まれる!
ただ人では、もはや我が国を救うこと能わず。
それゆえに召喚という手段に頼ったのだ。そしてそなたらがここに来た。
恐れ多くも堕神なる神に挑もうとした強者達が!」
飲み物を吹くところだった。
王様も俺達が堕神に挑もうとしてたことを知ってるのか。
多分、俺達が部屋に戻ってる間にマヤちゃんが言ったんだろう。
クソ、『堕神の寝所』なんて名前のダンジョンにするから、こんなややこしい勘違いが起きたんだ!
あれはただのデータの塊で、本物の神様じゃねぇっての!
「いや、実のところ、混乱した様子を見た時は疑心も沸いたのだ。
やはり魔術塔は使うべきではなかったのではとも思った。
されどマヤは、そなたらがとんでもない実力の持ち主であるという。
つぶさに聞けばなんと勇壮なことか! 己の目で見れなかったのが残念だが……。
ガウディール殿を筆頭に、実力者でも難しいとされるダンジョンなる神の住処に挑む勇気!
無謀に挑まず、勝利のため戦略を練る冷静なる智謀。
そして神に臨みても怯まず、むしろ談笑すらしてみせる胆力! その実力ともに称賛すべきもの!
正しく我らが求めし勇者達よ! そなたらであれば事を成し遂げられると強く確信しておる!」
そうかぁ、マヤちゃん話聞いてたんだもんなあ。
高難易度ダンジョンってのも聞いてたみたいだ。
しかもあん時、ガウディールのやつ芝居がかった説明してたっけ。
この先どんな困難があろうと、誰一人欠けることなくクリアしよう! とかそれっぽいことを……。
それが勘違いに拍車かけたんだろうなぁ。
本当、あの熱血バカのせいじゃないのか。
おいおい、やばいくらい評価高いぞ。どうすんだよこれ。
王様興奮しすぎて顔少し赤いぞ。従者に汗拭いてもらってるし。
違うんですよ王様。俺らそんなすごい人じゃないです。
ただのゲーマーなんですよ。アイテム欲しさに行っただけなんです。
決死の覚悟とかないから。
むしろ敵より味方のアイテム奪うか悩む外道の集まりでしかないんすよ。
「お任せください国王陛下! このガウディール、身命を賭して戦いましょう!」
「おお! 改めてよう言うてくれた! ガウディール殿、かたじけない。
そなたの勇姿は我が国で語られることとなるであろう!」
すっかり二人で盛り上がってるよ。周りの近衛兵や従者達も喜んでいる。
盛り上がった食堂で食事を終えると、ガウディールはすっかり王様に気に入られたようで、そのまま酒を楽しみながら歓談するようだ。
俺はさっさと戻ることにする。
借りた部屋に戻る道すがら、さっきの話を反芻した。
強化された肉体である、という事実が判明したものの、まだ実感はない。
まぁ、あの魔術塔の凄さは本物だ。
失敗例も多いようだが、成功さえしたなら相応の力ってのは手に入れてるんだろう。
順序として強化人造体を作り、そこに能力がある人間の魂をぶち込む。これで勇者は完成すると王様は言う。
機械で考えれば、ロボットが肉体、AIが魂だろう。
ロボットだけでは動きようがない。だからAIを入れて自分の意思で動くようにする。
なるほど、どんだけ強い体が出来ても動かないんじゃ意味がない。
そこへ武芸や権謀術数に長けた人の魂を入れることで、その知識や記憶、自我を植え付けるわけだ。
これで能力をフルに活用できる人間が誕生する。
ここはまあ、いいとして。
疑問として、この世界の人の魂じゃ駄目だったのか?
リスクのありそうな異世界から、わざわざ魂を引っ張ってこなくてもいいと思うんだ。
特に、今は窮地なのだろう? 異世界とこちらでは、どう考えてもこっちの世界から呼び出した方が早いだろうし、安全なんじゃないのか。
それをしない理由はなんだ?
やっぱり考えるだけ引っ掛かりを覚えていく。
大体、召喚自体は白の叡智と魔術塔があれば出来るのだろ?
王様は白の叡智を地図のようなもの、と言っていた。
要するにナビみたいなものだろう。
じゃあ、黒の叡智はどういう役割なんだ。
行くためのナビが白の叡智なら、帰るためのナビが黒の叡智?
でもマヤちゃんは召喚先からこちらへ戻っている。
ナビだとしても、一つあればいいような気がするんだよな。
そういえば、黒の叡智が奪われてからは? 一回も召喚をしなかったのか?
もしや黒の叡智がないと、召喚することに不都合があったり……?
そうだ、神話の英雄を作る、とまで言うのなら。
従わない上に裏切ってきた場合、どうするんだ?
馬鹿強い体、優れた能力を持った相手を封じる手段は?
それが黒の叡智の役割なのか? 召喚した人間を従わせるためのもの?
それがないから、使うに使えない。
だって裏切られた時、自分達の首を絞めることになるのだから。
だが王様は召喚した。ならなにか別の手段で保険をかけたのかも。
術式として組み込まれてる可能性はある。
俺達は王様に逆らえない、とかそういう意識を組み込まれていたとしたら?
それでも使用を渋るならそうではないのだろう。その術式を破られる懸念がある、あるいは組み込むことができなかった?
こちらにそれを悟られないよう、協力的な態度をとっているということが考えられる。
異世界からわざわざ呼ぶ理由。
この世界の住人なら従わないことを知っているから?
だから異世界――ディザニアを知らない世界から呼び寄せる必要があった。
それだけ、ディザニアには悪評があるのかも……。
全て想像に過ぎない。もちろん、ディザニア側にはちゃんとした理由があるのかもしれない。
だが自分が納得できるように突き詰めていくと、良くない方向に転がっていく。
このまま、この国を信用していていいのだろうか。