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サモン・タイム!~勇者と七人の道連れを添えて~  作者: 鰐鯨
なにがどうして異世界生活
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教えて! マヤ先生!


 落ち着く時間が必要と判断された俺達は、王様の計らいで部屋を用意され、一日休ませてもらうことになった。


 俺の指から滴り落ちる血を見て、他の連中もゲームではないことが分かってしまったらしい。


 アネットは大パニック。クラウスも一緒になって慌てふためいていたな。

 ガウディールはそれを宥めるのに必死で、エイローズは口元を抑えて震えていた。

 リューミナとジンカイは驚いてはいたが不思議と騒ぐことはなく、バズゴルグだけは終始態度が変わらなかった。


 用意された部屋の、椅子に腰かけながらぼんやりと考える。

 側にあるテーブルに手を置く。

 硬い。それでいて手触りは良くて、突っかかりもなく滑る表面に質の良さを感じた。


 鼻で思い切り息を吸う。部屋は微かに独特な匂いがする。

 石鹸とか洗剤じゃない。どちらかといえば草や花のような、自然物の匂いだ。

 部屋の中でする匂いじゃない。

 芳香剤? それともお香だろうか。匂い消しかなにかの匂いかもしれない。


 部屋の片隅に、鏡が壁に掛かっている。

 椅子から立って近付くと、自分の顔がよく見えた。


 首に掛かる程度の暗い紫の髪、橙がかった瞳。目つきは悪い。

 黒い外套に、下には灰褐色の革鎧を着ている。


 ああ、ダリオだ。俺のキャラだよ。夢じゃない。これ、本物なんだよな。

 こうして感触で、匂いで。視覚で感じ見ると、ますますもって現実であることを思い知らされる。


 一時の焦燥感はひとまず落ち着いた。いや、諦観の境地に至ったのかも。

 否定しても変わりゃしない。考えすぎて、もう乾いた笑いしか出てこないぜ。

 でも、これからどうしたらいいんだろうな。


 王様の話通りなら、黒の叡智(ライア)を取り戻さないと帰れない。

 だがそれは、奪った元凶、ジヴァ帝国という大陸の大部分を支配する国と戦うことを意味する。

 俺達は勇者として、人間兵器として召喚されたんだ。

 戦うなら、戦争の矢面に立って戦わないといけないだろう。


 だがそんなこと、俺達にできるのか? 否、できるわけがない。

 確かに『アイアンブラッド』内では、最高難易度のダンジョンに挑めるだけの実力はある。

 しかしそれは所詮ゲームの話だ。モンスターも、とんでもない化け物と戦えたのも! 全部ゲームの話だからなんだよ。


 現実とゲームは違う。リスポーンなんてできない。一度死ねば終わりだ。

 自分のことは思い出せないが、現代がとても平和であるのは覚えてる。

 平和な時代の人間が、どうして見知らぬ世界で命をかけて戦えるというのか。


 ろくに戦えるはずがない。指を切っただけでも痛いのに、体を斬られでもしたらどうだ。

 絶叫してあっさり倒れるだろう。痛みで身じろぎ一つできないだろう!

 クソの役にも立たない。そんな柔な俺達に、一体なにができるというんだ。


 まあ、希望があるとすれば。

 『アイアンブラッド』自体のゲーム性が現実に近いことだ。

 ゲームとはいえ没入型VRMMO。動き方自体は脳に染みついている。

 現実でもゲームに近い動きはできるかもしれない。


 実際、ここに来た時、俺は自然と能力アビリティは使えたからな。

 やろうと思えば、武器の扱いも同じようにできるだろう。

 ただ違うのは、仮想ではない本物の戦闘をやる覚悟がないだけということだ。


 そういえば、どうしてゲームと同じ能力アビリティが使える?

 ここは『アイアンブラッド』じゃないんだろうに。


 ……王様の言っていた知識の追加、というのが今になってわかってきた。

 知らないはずの知識が、必要に応じて沸き上がってくる。


 ここでは『アイアンブラッド』に近い概念があるようだ。


 どうやらここ、ディザニアという国では、優れた人間の能力を複製して保存する技術があるらしい。

 『アイアンブラッド』でいう能力書アビリティブックを、自分達で作れるってことだな。

 こちらでは書ではなく、魔力紙とかいう紙に保存するようだが。


 保存したものに、単純な名称を付ける。例えば『剣技』だ。

 そして魔力紙に写した能力アビリティを、魔術式として自分の魂に刻む……?

 そうすることで本来持ちえない力を得ることができる、らしい。


 こちらでは魂律者ソウルメイカーという職業ジョブがあり、その職業ジョブだけが能力書アビリティブックを創作することを認められるようだ。

 さらに言えば、能力アビリティの調整などもできるとか?


 職業ジョブは魔導会とかいう場所で、試験を受けて合格するとその職業ジョブを名乗ることを認められる――らしいのだが。


 次々関連したものが浮かんではくるものの……。

 言葉として出てくるだけだから、いまいちピンとこない。


 本当に知識だけ、いやこれは教科書をめくってる感覚だ。

 自分が理解していなくても、教科書には書いてあるから読むことはできる。そういう感覚だ。


 王様の言っていた、魔術塔ゼノアが不完全であるっていうのは、こういうことなんだろう。

 理解できない知識だけあっても、分からないことが増えるだけだしな。


「あ、あの!」


 部屋の出入口の脇に、客間で俺の武器を持ってくれていた近衛兵が立っている。

 この部屋に案内された時、側に控えている、とか言ってた気がするな。

 気付けばドアが開いている。ああ、もしかしてノックしてたのかな?


「ああ、すみません。ちょっと考え事をしてたもんで」


「いえ、大変混乱していたようですので……。

よろしければ、お飲み物などいかがですか? 落ち着きますよ」


 そう言うと、近衛の青年はにこやかに笑った。


「じゃあ、もらおうかな」


「はい! 誰か、飲み物を持ってきてくれ」


 部屋の外にいたメイドらしい使用人が返事をして、こちらに一礼してどこかへと去っていく。

 少しすると、メイドがシルバートレイにポット、カップに受け皿を載せて持ってきてくれた。


 立っているわけにもいかないので、椅子に腰かける。

 メイドは慣れた手つきで、側のテーブルの上に持ってきたものを並べていった。

 カップに液体が注がれる。

 緑茶だろうか。透き通る緑色の液体だ。

 注ぎ終えると、メイドさんはそのまま一礼して部屋の外へと出ていってしまった。


 お茶の匂いを嗅いでみる。ほんのりと甘い香りだ。

 一口飲んでみると、口の中がすぅっと爽やかになり、その後に優しい甘味を感じる。

 ミント……いやなんだろうなこれは。甘さは果物に近い気がする。

 とても落ち着く味だ。これは美味しい。


「いかがでしょう?」


 近衛の青年がおずおずと聞いてくる。


「美味しいです、これは良い」


「それは良かった」


 屈託のない笑顔が眩しい。きっと根っからいい人なんだろうなこの人。

 気を遣われてるのが分かる。王様もそうだけど、ここの人達は良い人ばかりだ。


 ドアがノックされる。返事をすると、入ってきたのはマヤちゃんだった。

 近衛の青年が部屋の端に寄って頭を下げる。


「失礼します、ダリオ様」


「こ、これはマヤ様」


 お茶を置いて椅子から飛び起きる。すると、マヤちゃんに手で制されてしまった。


「そのままで結構ですよ」


「しかし……いや、ありがとうございます」


 椅子に座る。すると、近衛兵が椅子を引き、マヤちゃんもまた俺の側に座った。


「ええと、先ほどは取り乱しまして、申し訳ございませんでした」


「いえ、仕方がありませんよ。

私の方こそ、ちゃんと確認せずに皆さんをこちらに呼んでしまって……」


「あれは熱血バカ(ガウディール)のせいです。マヤ様が気に病むことはありませんよ」


「ありがとうございます、ダリオ様。ところで、ご気分はいかがでしょうか」


「ひとまず落ち着いたところです。ああ、そうだ。俺のことはダリオと呼び捨てで結構ですよ」


「そうですか? では、ダリオと呼ばせていただきますね」


 にこやかに笑うマヤちゃん。天使のようだ。

 多分、ここに来たのは様子を見に来てくれたんだろう。


 一頻り悩んだし、無様も晒した。悩んでいても仕方がねぇ。

 ここが現実なのはもう疑えない事実だ。

 

「そういえば、マヤ様に聞きたいことがあったんです」


「なんでしょうか?」


「俺、記憶が一部なくなっているんです。召喚されたこととなにか関係がありますか?」


「記憶が……? やはり、弊害が起きていましたか。

申し訳ありません。魔術塔ゼノアが不完全である、とはお父様が話していたと思うのですが。

知識を付与する術式には、未だ欠陥があるのです。

強制的にこちらの知識を流入させるので、脳への負荷は避けられません。

負荷を緩和したり、対象者の記憶の維持など、術式を改変するなどして随分良くはなったそうです。

しかし、まだ過負荷がかかり、記憶に障害が起きてしまうようでして……。

重ね重ね、申し訳ございません」


 マヤちゃんが深く頭を下げてくる。俺は慌てて頭を上げるように頼んだ。

 頭を上げたマヤちゃんは、今にも泣きそうな顔をしている。


「ああ、やっぱりあれは使わない方がよかったのです。

でも、私達の国を救うためにはもう魔術塔ゼノアに縋るしか……なくて……」


 嗚咽が混じり始める。待って、待って。泣かれると困る!


 泣きたいのはこっちだってんだよ! 勝手に呼ばれて帰れないし!

 そもそもなんで――!

 ああ、そうだ。なんで俺達なんだ?


「マヤ様、落ち着いて! 召喚と言えば聞きたいんだけど、なんで俺達だったんです?

他にも強い人とか、いたんじゃないんですか?」


「うぅ……あの時、私、魔力体で次元回廊から他の世界に、行って……。

そしたら、たまたま変わった世界を見つけて。色んな人の意識を覗いて回ったんです。

みんな変な光る板を眺めてて、鉄の塊がすごい速さで動いてる、私達の世界とは全然違う世界だった。

技術系統が違うんだろうなって思ってたら……。

その世界の人達、私達と同じく異世界に渡る力を持っていたんです。

よく分からない兜を装着して寝てるんですけど、でもその人の意識は異世界で戦士として活躍してるんですよ。

どういう技術なのでしょう? ですが凄い技術力です!

そんな中で、『堕神』なんて神を討とうしている人達を見つけたんです。

戦術を語る鎧騎士、真剣な面持ちの戦士達。たった八人で神を討とうとしているその雄姿!

この人達だと直感が走りました! それが――あなた達だったのです!」


 興奮した様子で語り切ったマヤちゃん。涙はどこへやら。


 次元回廊ってのは知識にはないが、話からすると他の世界に渡る時に使うものらしい。

 で、俺達の世界を見つけたと。

 意識を伝って、なんてこともできるのかすげぇなぁ。


 変な光る板って、スマホか? あるいはパソコンディスプレイかも。

 鉄の塊って車か電車か新幹線か?


 それで俺ら地球人にも、異世界に渡る力があるって?

 俺達は未だ、他の星へ自由に行き来なんて出来ないが。

 こうしてみると、自分のこと以外は思い出せるもんだなあ。


 あと、よく分からない兜を付けると、意識が異世界で戦士として活躍してるって……。


 それ、VR機器だわ。マヤちゃん、その人ね、それでゲームを楽しんでるだけなの。

 異世界だけど! あれは0と1の世界なの! 本物の異世界じゃないんだよ!

 戦士として活躍してるぅ? 確かに歴戦の強者かもしれないな! ゲームの中で!


 そういうことか! マヤちゃん達は確かに異世界を渡るだけのすごい力がある。

 でも科学技術のことなんて知らないから、俺らの世界のゲーム画面を見て、本物の異世界に渡ってると勘違いしたのか!


 確かにもうゲームというか、現実みたいなリアリティだしな。

 知らない人から見たらそう見えてもおかしくない。

 マヤちゃんの中では、俺達は意識を別世界に飛ばして? 異世界で活動できる技術があると思ってるってことだろ?


 ないよ! そんなんねぇよ!!


 それで、堕神を討とうとしてる連中を見つけて? しかも戦術を語るリーダーがいて?

 話を真剣に聞いてる強そうな人達を見つけたって?


 あれなぁ。ガウディールの話が長すぎて、みんな飽きてたから無表情だっただけなんだわぁ。

 ていうか、あの時マヤちゃんはガウディールの長々しい話を聞いてたってことか。

 確かにダンジョンの攻略法について事細かに、かつ熱く語ってたっけなあ。


 話を整理しよう。


 ゲーム画面を本物だと勘違いしたマヤちゃんは、俺達をすっごい戦士であると勘違い。

 そして俺らはアホみたいな円陣の掛け声で、彼女の召喚の呼びかけに応えてしまい。

 こっちに来たら、帰るためのものは帝国に奪われ帰れない、と。


 なんだこの馬鹿な連鎖はぁぁぁ!! ふざけてんのか!?


「ダリオ? どうしたの?」


「いや、ちょっと頭痛が痛くなってきてね?」


「まあ。大丈夫ですか? 言葉もおかしいです。頭痛だけでいいんですよ?」


「はは、ご指摘ありがとうございます。でもわざと言ってるんで大丈夫です」


「あっ、冗談だったんですか? ごめんなさい、私そういうのに疎くて!」


「いえいえ、お構いなく」


 いかん、動悸が激しくなってきた。少し落ち着こうじゃないか。

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