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天の声聞く地上の愚者ども。3


「ガウディール、一応あんたリーダーだし、先に行ってくれよ」


「あ、ああ。いいとも」


 ガウディールが気張った様子で促された出入口に向かって歩いていく。その後に俺達も続いた。

 マヤちゃんはガウディールの隣を歩いており、俺達の脇には近衛兵が並んで歩いていく。


 出入口の向こうは、広い通路が広がっていた。

 さっきまでいたところとは違い、壁は石造りのものになっている。


 床には赤い敷物、壁には誰かの肖像画。

 通路の脇に避けた魔術師らしい奴や、召使であろう人達が跪いて頭を垂れている。


 なんというか、文字通り世界観が違う。俺達こんなところにいていいのだろうか。


 やがて大きな扉の前に案内され、客間に入った。当然のように広い。

 敷物は幾何学的な模様が凝ったものが。

 壁には角の生えた獣の首や、交差した豪奢な剣などが飾られており、暖炉まで設置してある。


 大きな長方形のテーブルを部屋の中心に、背もたれ付きの立派な椅子が配置されているのだが、高級感溢れすぎてて座るのを躊躇うレベルだ。

 椅子だけでも壊したら洒落にならん賠償額が付きそう。


 王様は部屋の奥側、中央の席に腰掛け、マヤちゃんはその隣に座る。

 俺達は王様と向かい合う形で座らされた。


 無論、王様の正面はガウディールだ。

 ガウディールを中心に、右隣りは順にアネット、クラウス、リューミナ、俺。

 左隣りにはジンカイ、エイローズ、バズゴルグが並ぶ。


 さすがに武器は近衛に預けるように指示が出て、俺達は武器をそれぞれ側に控える近衛に渡す。

 バズゴルグの大斧は重すぎて、近衛兵二人掛かりで受け取っていた。


 全員が席に着き、一通り再度名前を確認された後、王様が本題に入った。


「さて、改めてワシはアレクセン・クルスブルク。こちらは我が娘、マヤである。

諸君には突然の召喚となったであろうが、よくぞ来てくれた。感謝する。

まずは、なぜ君達を召喚するに至ったか。その経緯について話さねばなるまい。

現在、我がディザニア魔術王国は、南東より迫るジヴァ帝国によって存亡の危機に瀕しておる。

大陸の大部分を支配するジヴァは国力が強大でな。

魔導技術に関して我が国が遥かに上であっても、物量に押され徐々に押し込まれつつあるのだ。

このままでは危ういと考え、ワシは断腸の思いで我が国が誇る賢者ヴァンタイムの叡智に縋ることにした」


 いきなり情報量が多い。だがとりあえずこの国は戦争中で、しかも負けているのは理解できた。


「賢者ヴァンタイムは我が祖先。諸君らを異界より召喚せしめた秘宝、白の叡智(アイラ)黒の叡智(ライア)を作り上げ、さらには異界に至る道、魔術塔(ゼノア)を築きあげた。

これらは話すと長くなるので割愛するが、魔術塔ゼノアは先ほど君達がいた場所だ。

未だ完成してはおらぬものの……我らはそれら叡智を用いて、そなたらを召喚した。

ああ、そうだ。魔術塔ゼノアの壁は組み合わせ次第で文字や術式が変わり、こちらが求める形に変化する特性がある。

今回は知識を追加する術式を組んでいる。

あれのおかげで、君達は言葉やこちらの常識的な知識には不自由がないはずだ」


 ……知識を追加するってどういう話だ? それに、あの建物のでかさで未完成なのか?

 まぁ、そういう設定のゲームイベントなんだろう。随分と設定が凝ってるな。

 白の叡智(アイラ)ってのはあれか? 俺らの頭上にあった白い球のことだろ。


「少し話が逸れたな。

話を纏めると、我が国の力では及ばず存亡の危機に瀕したがために、異界の住人である君達に助けを求めた。

そのため召喚という手段を取らせてもらったわけだな。

ワシはそなたらに、救国の英雄――すなわち勇者となってもらいたいのだ」


 ふむ。救国の英雄なんて耳ざわりの良い言葉を使っているが……。

 言葉を変えれば「国が滅びそう、でも先祖が遺した召喚装置で他の世界の強い人呼ぼう! 本当に来た! こいつらに人間兵器になってもらって国救ってもらおう!」って話だろ?


 俺らになんのメリットがあるんだ。余程報酬が良いのか?


「で? あなたの国を救うに当たって、私達にどんな報酬があるの?」


 意外にも、リューミナが口を出した。損得勘定はしっかりしているらしい。

 彼女の意見には同意見だ。


「うむ。君達には救国の英雄として、富と名誉を約束しよう」


「……話にならないわね。具体性がないわ。

富とはどの程度? 名誉を得てなんの特権が生まれる?

勝手に呼んでおいて図々しい話。私は降りるわ」


「リューミナ君、失礼だぞ。国王陛下に向かってあまりに無礼だ」


「そもそも、王様がそのなんとかって塔?

そこで私達を見た時に人数がどうとか言ってたじゃない。

八人もいる必要はないんでしょ。

元々はもっと少ない人数を予定していた、違う?」


 リューミナはガウディールの言葉を無視し、問い詰めるような口調で王様に言葉を投げかける。


「そなたの言う通りだ。本当は一人を呼ぶ予定であった」


「そうであれば、そこのガウディールだけ残ればいいんじゃない?

他は自由ってことでいいでしょ。私はやる気がないから帰らせてもらうわよ。

そっちが勝手に呼んだんだから、それぐらいのワガママは許してよね」


「あ、あの! ちょっとよろしいでしょうか!」


 マヤちゃんが勢いよく立ち上がる。

 リューミナは面倒くさそうにマヤちゃんを睨みつけた。態度悪い女だなぁ。


「私は召喚の呼びかけをしましたよ?

そして、皆さん即断即決で返事をしてくれたではありませんか!」


 一瞬、時が止まったように静まり返る。リューミナも目を瞬かせ、言葉を繋げない。


 呼びかけ? しかも即断即決したって? そんな記憶……。


 いや! 待て! そういや円陣組んだ時、空耳みたいな声が聞こえた気がする!

 そうだ。円陣組んであの熱血バカ(ガウディール)が声が小さいとか抜かした後、はっきりと声が聞こえた。


 あの時か! 円陣組んで声出す寸前に聞こえた、あの声!

 今思うとそうだ! あれはマヤちゃんの声だった!


 なに? つまりあの馬鹿みたいな円陣のせいで? 俺達気づかない内に召喚に応じちゃったわけ?

 つまりこのイベントやるって言っちゃったようなものだよな。

 馬鹿じゃねぇの!? なにしてくれてんだあの熱血バカ! 完全に俺らとばっちりじゃねぇか!


「そうか、返事とやらはあの時に……」


 ガウディールがぼそりと呟いた。

 他の面々も思い当たるのがあの円陣のことしかなかったのか、全員の視線がガウディールに向けられる。

 いわゆる、白い目というやつだ。


「ど、どうします? このままこのイベントやります?」


「わしはどうでも構わんぞ。面白そうじゃ」


「私はお役に立てるか分からないのでどうとも……」


「…………一興」


「い、意外と乗り気なのね、バズゴルグ。私はそうね、ガウディールがやるならやるけど」


「お熱いなあ」


「なっ!? 違うわよ! 同じパーティだからってことよ!」


「なぁに赤くなってんだ? 俺は仲いいなって言っただけだろ」


「あんた本当に嫌な奴ね!」


「はぁ。私は『堕神の寝所』を攻略したいの。こんなイベント興味ないわ」


「ええと、国王陛下、申し訳ありません。

実はあの時、気合を入れるために全員で掛け声を出していたところでして、召喚云々の呼びかけについてはまるで気が付いていなかったのです。

なので、我々は本当に無意識に返事をした形でして……どうでしょう?

私はその一件については責任がありますので、喜んでお力になりましょう!

ですが全員が参加する意思はないようなので、やらないものは離脱させていただけないでしょうか」


「ふぅむ……なるほど、事情は相わかった。

しかしながら、戦う意思があるないに限らず、帰すことは出来ぬのだ。

実のところ、そなたらには謝らなければならぬことがある」


 マヤちゃんと王様は、申し訳なさそうに表情に影を落とした。なにか嫌な予感が……。


「先ほど少し話したが、召喚には魔術塔ゼノア白の叡智(アイラ)黒の叡智(ライア)とヴァンタイムの叡智を用いたと申したな。

実のところ、魔術塔ゼノア白の叡智(アイラ)があれば、ひとまず召喚は可能なのだ。

魔術塔ゼノアは道、白の叡智(アイラ)はこちらに至る地図のようなもの。

こちらに来るには白の叡智(アイラ)があればよい。

しかしながら、そなたらが向こうに戻るためには黒の叡智(ライア)が必要になるのだ。

残念ながら、今我が国に黒の叡智(ライア)はない。

これがあればそなたらだけでなく、他にも召喚を行うのだが。これ以上は……」


「つい数か月前のこと、東の要である都市、ハウドメルがジヴァ帝国による襲撃を受けました。

陥落こそしませんでしたが、ジヴァの狙いはハウドメルの宝物庫だったのです。

黒の叡智(ライア)は普段、秘匿のために不定期で場所を移して管理しているのですが……。

どこからか情報が漏れたらしく、ハウドメルで保管していた黒の叡智(ライア)が狙われ、まんまと奪われてしまったのです……」


 さめざめと静かに語る二人は、とても無念そうだ。とても責めれる空気ではない。


 二人の話からすると、電波を飛ばす塔はあって召喚するための受信機はあるけど、元の場所に返す送信機がないってことか。


 まあ、イベントのクリア条件の話なんだろうが……。その黒い球を取り返せばクリアってことだろ?

 だけどそれがないとプレイヤーが帰れないっていう設定はいらないんじゃねぇか?

 だってログアウトすりゃあ出れるんだし。

 まさか、クリアするまでここがリスポーン地点になるとかそういうオチか?


「ガウディール殿とおっしゃられたか。

そなたが力を貸してくれると申してくれるのであれば、もちろん全員に無理強いはせぬ。

手違いもあったようだ。こちらでそなたらの衣食住は用意しよう。

ただ、先も申した通り黒の叡智(ライア)を取り戻すまでは、そなたらを元の世界に戻すことは叶わぬのだ。

不便をかけるが、今はここで過ごしていただく。それで我慢していただけぬか」


「もちろんです! なあ、みんな!」


 同調を求めてくるが、ガウディールの発言に頷くものは誰もいない。

 静かな空間に気まずい空気が流れているが、俺は徹底して無視を決め込んだ。


 王様の、衣食住はこちらで用意するって発言。宿とかアイテムのサポートはするってことか?

 それに、元の世界に戻せない? 元の場所には戻せないってことか?

 随分一方通行な話だ。  


 それにしても長い強制イベントだな。いつになったら区切りがつくんだ。

 設定も凝りすぎてて、話を聞いてるだけで疲れてきた。

 面倒になってきたから、ログアウトしたい。


 あー、アレも近衛に渡しておくんだったか?

 背もたれに寄り掛かると尻付近が圧迫されて()()

 でもアレを持ってるのばらすと俺の職業ジョブがばれるからなあ。


 はあ、踏んだり蹴ったりだまったく。どういうゲームイベントなんだか――。


 …………あ?


 俺、今なんて思った? 今、()()って思わなかったか?


 まさか。

 いやいや、だけど。会話の流れを考え直してみると、確かにおかしい気はしていた。

 言葉や知識に不自由しないだの、召喚がどうとかイベント設定にしては妙に作り込まれていると思っていた。


 脳裏をよぎった、ある可能性。

 そんなの、アホな考えだ。実際にあり得るわけがない。

 まったく、俺もどうかしている。疲れてきたのかな。


 きっと現実の俺がずっと座ってたせいでケツが痛くなったんだ。

 そう、現実の――。


 現実の……俺……? あれ、現実って、現実? あれ?


 ダリオは『アイアンブラッド』で作った俺のキャラクターだ。

 それはいいよな。でも、じゃあ『俺』って誰だ?

 『アイアンブラッド』をやっているはずの『俺』って誰のことだ?


 冗談だろ。思い出せない。自分がどんな人間か、そこだけがすっぽりと抜け落ちてしまっている。


 俺はどこの誰だった? なんで思い出せない?

 記憶がなくなっていることは認知できる。だが俺は間違いなくプレイヤーだ。

 一人の人間なのは間違いない!

 なんだこれ? なんだ、これは一体どういうことだ!?


 さっき思いついてしまった可能性が現実味を帯びてきた。

 記憶がないことと結びつかないが――いや、召喚の影響なんじゃないか?

 そういや、叡智とやらは未完成だって王様が……。


 席を立ちあがる。当然、全員の視線が俺に集まったがそんなことは関係ない。

 確かめるには、これが一番手っ取り早い。

 俺の武器を渡した近衛兵の前まで行くと、俺は激しくなっていく心臓の鼓動を感じていた。


「あの、どうかされたので……?」


「ダガーを返してくれ」


「はい? しかし、王の御前ですのでそれは――」


 技能スキル盗手マジックハンド』を発動。

 俺の手から透明な手が伸び、護衛の手からダガーを盗むと、俺の手にダガーが移る。

 驚いた近衛が慌てて奪い返そうとしてきた。


 それを『回避』して避けると、俺はダガーを鞘から抜いて鞘を捨てる。

 刀身は普段見る以上に鋭利な輝きを放っていた。

 周囲の近衛兵が反応して剣を向けてくるが、今はそんなこと知ったことではない。


 俺は抜き放ったダガーで、自分の指先を軽く切った。

 痛みがじわりと広がり、さらに真っ赤な血液が指を伝う。自然と目が見開いた。


 痛い、ああ、痛い!


「ゲームの話じゃ、ないのか? これはゲームじゃないのか!?」


「えっ? えっ? げえむってなんですか? ダリオ様、一体どうされたのですか?」


「ふむ。ゲームとやらはわかりかねるが、なにか勘違いがあったご様子。

こちらの話を理解し、今の行動で現状を把握されたと見える。

されど落ち着かれよ。突然の行動、ワシを刺しにくるつもりなのかと肝が冷えた」


 寛容な対応だ。だが落ち着いてられない。嫌な汗が止まらないんだよ王様!


 どれだけリアリティがあっても、規制的な問題がある。

 『アイアンブラッド』に流血表現はない!

 生々しい傷痕だ。そういうテクスチャーじゃない。触れば痛みが走る、本物だ。

 プレイヤーに直接痛みが走るゲームがあるものか! ならこれは……。


 嘘だろ? 冗談だろ? でもこの痛みが、流れる血液が答えている。


 ここは、俺の知らない『現実』だ。

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