天の声聞く地上の愚者ども。2
しまった。つい、いつもの調子で声が出ちまった。
咄嗟とは言え、馬鹿にするような言い方に聞こえたかもしれない。
周りの鎧男共……兵士か? 騎士か? そいつらにもどよめきが起こっている。
なんたる無礼な、本当に勇者なのか、なんて声が飛び交う。
本当もなにも勇者じゃねぇ。
ぼそぼそとした話も、俺の技能、『聞き耳』でしっかりと聞き取れた。
どうも、「召喚が失敗したのでは」とか「不適合なものが呼ばれた」だの、不穏な話をしている。
相変わらず、こいつらが誰でなんでこんな状況なのかはまるでわからんが、まずい気がする。
一気にこちらの心証を悪くしたかもしれん。取り繕ったほうがいいと俺の直感が囁いてる。
『アイアンブラッド』はNPCのAIもかなり性能がいい。
会話や態度次第で殺されたり、イベントを中断させられたりと、好感情や嫌感情によってゲームの進行が左右されることもままある。
NPCに賄賂が通じたり、機嫌を取らないといけないゲームってのも珍しいよなあ。
「え、ええと……」
あ、お嬢さんの目が若干潤んでる。これは良くない、良くないぞ。
「あー、いや! 大変失礼しました! 改めて、俺――じゃなくて、私はダリオと言います。
突然のことで少々驚き、無礼なことを口走りました。お許しください」
わざと深々と頭を下げつつ、失言を謝っておく。紳士にいこう。
そうだ。そもそも周りの連中が兵士にせよ騎士にせよ、そういった奴らは誰かを守るものだ。
なら目の前のお嬢さんがその対象だろう。きっと高位の人物に違いない。
悪い印象を与えては、後々良くない結果につながりそうだ。
頭を下げたまま、腰の剣帯にはダガーとショートソードが差してあるのを確認する。
背中に若干当たる硬い感触から、後ろ腰に隠したアレもそのままだ。
着ている黒いマントにも、武器も変化はない。
なら装備、能力自体に変化はないはず……。
能力『探知』より、技能『生命感知』、『魔力感知』を使用。
ゲームイベント中なのかは分からんが、技能はいつも通りに使えた。
心臓の鼓動のように、波打つような音が左右や正面から聞こえる。
早い鼓動が何人分か聞こえるが、この場で動揺するとしたら俺と同じ立場のガウディール達だろう。
それとは別に落ち着いた音が左右と正面からする。これが兵士のものだな。
早い鼓動を無視して、右に注意を向ける。
ややばらつきのある鼓動音が五回、左も同じ。正面はもう少し多い。
確実な数は分からんが、兵士の数はおよそ二十名前後だろうか。
なんか今日は『生命感知』が調子いいな。こんなにはっきり数が分かったのは初めてじゃないか?
普段は敵がどこにどれだけいるか、大雑把に確認できれば良い程度のものなんだが……。
逆に『魔力感知』は駄目だな。
この部屋全体が魔力を放っているようで、海の中で水を探している気分になる。
部屋の魔力と同化してしまって、まるで個人を特定できん。
「えっと、あの! これは私としたことが……。
こちらこそ言葉に詰まり、つい説明もなしに勇者様とお呼びしてしまいました。
困惑される状況ですのに、余計に混乱を招くことを言いましたね。
申し訳ありません。どうぞ頭を上げてください」
鼓動音の中でも声は聞こえたが、周りがうるさくて会話どころじゃない。
『探知』を解除。一気に周りが静かになった。
とりあえず許しを得たようなので、頭を上げる。
「寛大なお言葉、ありがとうございます。おっしゃる通りに困惑しておりまして……。
ところで、失礼ながらあなた様のお名前は? さぞや高貴な方とお見受けしましたが」
お嬢さんの背後……兵士が何人か固めている。その後ろの壁が怪しい。
出入口が見当たらないが、高貴な方がすぐに逃げられる位置にいないのは不自然だ。
この建物内の壁はどういうわけか動くようだし、あそこの壁が動くと外に出られるのか?
「私はディザニア魔術王国は国王、アレクセン・クルスブルクの娘、マヤと申します。
あなたはダリオ様――でよろしかったでしょうか」
少女は軽く会釈をする。ああ、聞いたことはないがやっぱり高貴な方だった。
国王の娘ってお姫様じゃねぇか! 周りの奴らは護衛の近衛兵ってことだろ?
つまり精鋭揃いだ。謝って大正解だった!
「マヤ様とおっしゃるのですね! ああ、周りのものは私の仲間です。ほら、みんなも挨拶を」
とりあえず、こいつらを呆けさせてる場合じゃねぇ。
どういうゲームイベントなのかまったくわからんが、とにかくこのお嬢さんと会話して情報を集めた方がいい。
もしかしたら特定条件でしか発生しないイベントなのかもしれんし、ここで近衛にやられて全滅、イベント失敗ってのは惜しい気がする。
目で訴えつつ、ガウディールらにも名乗ることを促す。
すると、一通り自己紹介が始まった。
滞りなく進み、全員の挨拶が終わ――ってないな。
俺も含め、全員の視線が唯一喋ってないバズゴルグに集中する。
こいつ不安だな……。
そういやあの話し合いの場で一人だけなにも話してなかったような。
あのロリ女でさえ一言二言は話していたというのに。
「…………バズゴルグ」
ひねり出すような一言だったが、確かに喋った。
露出狂が心底驚いたのか大声で「喋ったぁぁぁ!」と発言してしまい、口に出したことに慌てて一人で騒ぎ始める。
それをガウディールがなだめ、その様子を見てクラウスは声を殺しながら笑っている。
「うふふ、勇者様方は愉快な方たちなのですね!」
微笑むマヤちゃん。うーん、実に可愛い。とりあえず、自己紹介で悪い印象は与えなかったようだ。
「ところで、さっきから言うとる勇者ってのはどういうことなのかのう?
別にわしら、善行を積んどるわけでもないし。
そもそも急に見慣れん場所に来たのはどういうわけなんかのう」
「はい、それについてはご説明させてもらいま――」
マイクのハウリングのような、甲高い音が響いた。
すると、マヤちゃんの背後にある扉と思しきキューブ状の壁が突然動き、閉じていた壁が開いていく。
開いた壁の向こうには、上等そうな赤いマントを羽織った老人が立っていた。
近衛兵が一糸乱れぬ動きで出入口の左右に整列すると、身なりの良い老人は悠々と中に入ってくる。
絢爛豪華に装飾された杖を手にしており、おおよそ一般人が持っていい代物でないのが一目で分かる。
風貌や身なり、待遇からして、どう考えても……。
「お父様!」
「おお、マヤ。召喚には成功したようだな。しかし、この人数はどういうわけだ?」
「はい、私にもよく分からなくて……」
やはり国王様だったか。
しかし王様もマヤちゃんも、『アイアンブラッド』内で見たことのないNPCだな。
新規ゲームイベントで追加されたキャラなのか?
ふと思いつき、メニュー画面を開こうとするが開けない。
強制イベント中に開けないのはいつものことだな。
とりあえず、一区切り終わるまでは付き合うしかないか。
この流れだと、勇者と呼ばれることの説明が終わったあたりで一区切りってところか?
「ふーむ、まずは話さねばな。いや失礼。
我が名はディザニア魔術王国が国王、アレクセン・クルスブルクである!
召喚されし勇士達よ。困惑しておるであろう。
まあ、ここではなんだ。客間にて、腰を据えて話そうではないか」
国王は俺達の意見を聞く前に身を翻し、入ってきた時と同じように堂々たる歩き方で外に出ていってしまった。
「皆様、どうぞこちらに」
マヤちゃんが微笑みながら、出入口のほうへ行くように手で促している。
これは行くしかないか。