ハル02
次の日の朝、俺の住んでる部屋に誰か訪ねて来たようだ。 こういう仕事柄依頼を受ける場所は然るべき場所で受ける、自分の住んでいる本拠地に他人を寄せ付けるべきではない。
なので今ドアの前に居る人物は俺を消そうとする誰か、もしくは……
両腕に鉄鋼プレートを装着してナイフとメリケンサックを準備する。 俺のそんな様子を猫は見ている。
俺は一息吸ってドアの前の人物に話し掛けた。
「誰だ」
「私よ」
一応伺いをたててそれが知っている人物だったのでドアを開けた。 だが……
開けた瞬間刃物らしき物が振り下ろされたので俺は腕でガードした。
「相変わらず…… いい反射神経ね」
「お前こそわかってるくせにやめろよな? 物騒だろ、誰かに見られたらどうすんだよ、ルノ」
ルノはニヤッと笑ってナイフをしまった。
「そんな事あなたに言われたくないわねぇハル。 この前依頼しくじったそうじゃない?」
「はぁー、嫌な情報は出回るのが早いなぁ」
こいつはルノワール。 俺と同じ、言わば同業者だ。 ルノワールってのはもちろん本名じゃない。 仕事する上でのコードネームみたいなもんだ。
まぁこいつの場合ハーフだしルノワールってのもおかしくないが。
「ん? 猫なんて飼ってたっけ?」
ルノの視線を追うと威嚇をしているような猫の姿が……
「あ、ああ。 こいつは最近飼いだしたんだ、だから名前もまだない」
「へぇー、ハルのくせに猫なんて飼いだしたんだ?」
「くせにってなんだよ?」
「こんな物騒な部屋に飼われて可哀想ねって事! ほら、怖がらないでこっちおいで?」
ルノがそう言うと猫はそろそろとルノの元へと行った。
「あら、可愛い子ねぇ。 まだ名前も決めてないなんて可哀想じゃない、私が名付け親になっていいかしら?」
「お前が? …… 別に好きにしろよ」
「………… シエル、この子はシエルがいいわ!」
「シエル…… ふぅーん」
猫もといシエルを見るとピンと尻尾を立たせていた。 これがどういう反応なのかよくしらんけどまぁいいか。
「ところで物騒な俺のとこにわざわざルナが来たのはなんで? 厄介事の臭いしかしないけど」
「あら失礼ね。 でもちょっと厄介かもね! 電話だと盗聴されてるかもしれないし」
「そんなこったろうと思った。 で?」
「曽根崎組って知ってるわよね?」
「ああ、警察とか芸能界とかと仲良くやってるヤクザだろ?」
「その曽根崎組の中で次期組長の事で揉めてるのよ。 何かあったら警察は介入すると思うけどそれは形だけで今までの事が明るみになればマズいからマスコミやら何やらにはいつもの対応で済ませるからそこは問題ないよ」
「聞いてて何も問題ないな」
「ここからよ、私がボディーガードするのは山石 隆三って人なんだけどね、その人が次期組長の座に1番近いんだけど」
「それを良く思わないもうひとりの組長候補が山石を亡き者にしようとしてるって事だよな?」
「そう、蛇沼 次郎。 こいつが私のターゲット、その護衛が海神兄弟なのよ」
「なんだって? あの海神兄弟」
海神兄弟はこの界隈では結構名の知れた暗殺兄弟だ。 お目にかかった事はないが依頼成功率95%以上を誇る凄腕らしい。
「おい、それを俺に話すって事は……」
「察しがよくて助かるわ、私らもペアを組みましょ? 報酬は7対3で」
「俺が7?」
「なわけないでしょ? ハルは前回しくじってるから3よ」
「それお前に関係あるか?」
「この業界は信用が全てよ、前回ヘマしたあなたを誘ってあげてるんだから私が7なのは当然でしょ?」
だったら俺以外に頼めよ足元見やがって…… けどギャラは高そうだ。 それでもこの前の失敗分よりは高いかもしれない。
「仕方ねぇな、わかったよ」
「やったぁ! じゃあそういう事で! お互い死なないように頑張りましょう」
ルノは話がつくと帰って行った。 襲名まで5日後、それまでに俺らは山石を守り抜けばいい。 もしくは蛇沼を始末か。
そう思っていた時シエルが俺の元へと近寄って来た。 なんだ? 撫でて欲しいのかと思ったら手をバシッと叩かれた。
猫って気紛れだな…… と見ているとシエルはペンを咥えて字を書き出した。
”ひとごろしだめ” と書かれていた。
「おいおい、お前そんなのもわかるのかよって言うより猫が人間の生き死に気にするのか? お前らだって獲物狩る時あるだろ?」
「んにゃあーッ」
「なんだよ?」
ポカポカと猫パンチをされた。 本当変な猫だよなぁ。
その日の深夜…………
夜が深くなりベッドに寝ていた俺は部屋に近付く何者かの気配を感じて目が覚めた。 ルノではない、これは暗殺者特有の気配だ。 俺は静かに早く腕と脚にプレートを着用した。
来るなら来いだ、接近戦なら得意分野だ。
ドアや窓から離れてテーブルを盾に身を屈めると鍵を掛けたドアがバンと蹴り破られた。
近所迷惑を考えろこの野郎! こんな派手な登場の仕方殺し屋の風上にも置けない奴だ! どれだけ火消しする奴らに迷惑掛けんだよ!?
だが俺に気配を察知される時点で大した事ない奴だと思ったけど考えを改めないといけないようだ。 こんだけ派手にやるならそれごと払い除ける自信が奴にはあるからだ。 多分海神兄弟のうちのひとり。
「おや〜、猫じゃないですか? 可愛いですねぇ。 それなのにそこのテーブルの影に身を屈めてるあなた、無様ですねぇ。 ぶげッ!」
「あ、わりー、テーブル見つめてるからぶつけて欲しいのかと思った」
「…… ふふふ、ネームドでもない単なる商売敵の片割れかと思ったら存外やりそうですねぇ」
「お前海神兄弟か?」
「さぁ、どうでしょう?」
「だよな、じゃあ身体に聞くからいいわ」
腕に鉤爪…… これまた主張が激しい武器だな、この手のタイプは刃先に毒でも塗ってあるか痛ぶるのが好きなタイプかもしれないな。
チラッとシエルを見るとキッチンの端に立ってこちらを見ていた。 よーし、そこで大人しくしてろよ? そう思った時俺の顔目掛けて鉤爪の刃が空を切った。
「おほッ! よそ見をしてたと思ったらちゃんと見えてましたか」
「そっちは見えてないようだな」
「え? はぐあッ!!」
油断しているところを蹴り飛ばし玄関から突き飛ばしてやった…… がそれくらいじゃやっぱり諦めるつもりはないようだ。
「痛いですねぇ強いですねぇ、あなたが大して騒がれてないのが不思議ですねぇ」
「ですねぇですねぇってキャラ付けか? ウザいんだが?」
「ムカつきますねぇ、だったら私もあなたの油断をつきましょうか!」
俺に攻撃を仕掛けると思ったところでそいつは直前で向きを変えシエルの元へと鉤爪を向けて詰め寄った。
ちッ!! そうきたか。
「動くな」
「おや…… 銃など出すとはつれないですねぇ。 先程この猫に注意を払っていたのを見て気付きましたが私と同業者でありながらたかが猫にムキになるなんて少し落胆しましたよ」
「どーでもいい事くっちゃべってないでどうする? このまま引くならお前の頭ぶち抜かずに見逃してやってもいいぜ? どうせまた相見えるだろ?」
「そうですね、今夜ここであなたを始末出来ればそれはそれで良しと思いましたがあなたが予想より手強くて考えを改めました、大人しく引きましょう」
そいつはそう言うと鉤爪をこちらに向けて俺に投げつけた、それを払った一瞬で玄関から外へ退散して行った。
あー、バカな事したな。 そんなん聞かずあいつの頭ぶち抜いてやれば終わってたのに。
刺客が去って俺を見つめるシエルをみた。 こいつのせいだ、猫のこいつが人殺しダメなんて言うから一瞬過ぎっちまった、猫のくせに。




