壊滅日本戦闘記 番外編 壱 〜直輝と美波の何気無いいつもの日常〜
これは、秋山直輝や鈴野美波達抵抗者の能力が世間的に認められ、魔物達が日本を壊滅する事件が起こらなかったと言う、IFストーリーである。
一
「ふああ~………。」
俺は欠伸をしながら、頭をぼりぼり掻く。昨夜はでかい仕事があって、寝不足気味なのだ。
「あ、おはよ~。」
隣の路地から、眠気を吹き飛ばす様な挨拶がした。振り向くと、長い髪を靡かせながら走ってくる女子高生がいた。幼馴染みで恋人の、美波だ。
「おう、おはよ………。」
簡単に挨拶した途端、また欠伸が込み上げた。
「相変わらず眠そうだね、直ちゃん。昨日寝た?」
「んんっ………いや、二時間程度しか寝れてない。」
伸びを一つしてから返す。
「………それは眠いよね。昨日も大きい仕事?」
「ああ、組を一つ。」
「そっか。」
美波はそれ以上、聞いてこなかった。事情を知っているからだ。
「ったく、警察も人使い荒いな………。」
気付いているだろうか。『大きい仕事』や『組』と言う、高校生としては非常に物騒な言葉を使っていることを。
この世界では、抵抗者の存在が広く知れ渡っている。その能力も、所謂魔法使いと同様に思われている。唯一の違いは、フィクションかノンフィクションかである。
俺の能力・不動明王は、攻撃に完全特化している。その能力に目を付けた政府や公安は、俺を『特能巡査』と言う、今まで無かった階級の警官として雇うことになった。
俺のいないところで勝手に話が進んでいて、正直俺に拒否権は無かった。しかし、俺もこの能力を社会に役立てたいと考えていたから、二つ返事で了承した。
「じゃあ、暫くは仕事無いの?」
「多分な。………あ、そうでも無いかも。新しい奴等が暴れてるらしいし。」
「なら、私も手伝うよ!」
「そうだな、頼めるか?」
「勿論!」
美波も、俺と同じ『特能巡査』である。アルテミスの能力は、完全攻撃特化の俺程ではないにしろ、他の能力以上の攻撃力はある。
美波がいるなら、今度のヤマは早く終わりそうだな。
その三日後の夜十時。
「では、新参の『村城組』を潰そう。二人共、よろしく頼む。」
「「了解。」」
特能課と言う、最近新しく出来た課の風庭巡査部長に、命令が下った。特能課は主に、暴力団や海外から来たマフィアを潰したり、その抗争を成敗したりしている、実力行使部隊。
そう、俺達が潰そうと話している『組』とは、暴力団の事だ。
特能課と言うのは、略称である。本当の名は『特殊能力戦闘課』。これは国防陸軍直轄の部隊で、抵抗者がその能力をフルで活躍する特殊部隊だ。
警察の課に入っているのは、一種のカモフラージュ。本当の直轄を知られない様にする為の、隠れ蓑だ。
何故、カモフラージュしなければならないのか。
それは、自衛以外の戦力を持たない様にした政府の方針に、反れない様にする為の工夫である。軍直轄であれば、国としての戦力となってしまう。だからこそ、警察の課としておけば、国直接の戦力に繋がらないと考えた訳だ。
因みにこの正体は、互いの家族以外は知られていない。勿論、学校も知らないのだ。
「村城組って、聞いたこと無いですね。」
「そりゃそうだ。この間潰した『極城組』の傘下の組だからな。知られて無いんだよ。」
一高校生が、暴力団の話をしているだけでも物騒だ。その上、その組を潰そうと考えて話しているのだから、危ないことこの上ない。
しかし、周りの警官達は危ないと思っていない。それどころか、無傷で任務を完了させると思っていた。(ここにいる警官達は、特能課でありながら実力部隊員では無い。実際に任務をする者は、その都度呼び出される故、互いに顔を合わせる事は殆ど無い。)
何故、そう思っているのか。それは、公開されていない俺達の階級と、二つ名故だった。
俺は『特能巡査兼国防陸軍少将』、美波は『特能巡査兼国防陸軍大佐』と言う階級を持つ。警察でありながら、国防陸軍にも属する部隊と言う事で、俺達は全員陸軍の階級を持っている。その中でも俺達二人は、他の隊員達とは一線を引いた力の差があるらしく、俺達だけが高い階級を貰ってしまった。
他の隊員達は、何故かそれを『当然』だと思っているらしく、俺達を妬ましく思っていなかった。それ以上に、俺達が大将にでもなると思っていた為、『そんな階級では低い!!』と言う声も上がっていたそうだから、もはや何も言えない。
そして俺達には二つ名もある。それは、
「まぁ、『覇王』と『冥王』なら問題無いだろうな。」
「だから、その二つ名は止めてくれませんか?仰々しい気がして嫌なんですよ。」
顔が熱くなるのを感じながら、風庭巡査部長に抗議した。
そう、俺は『覇王』と呼ばれ、美波は『冥王』と呼ばれている。
不動明王の圧倒的な火力を持つ俺は、その凄まじさ故に『覇王』と呼ばれてしまった。そして美波は、月光を矢と化して撃ち込む『月神の威光』を使った時、その美貌と技の威力を死の宣告をする者の様に見えた故に『冥王』と呼ばれた。
俺達二人はその二つ名と階級を、意図せずに頂戴してしまったのである。
「まぁ、良いじゃねぇか。実力が認められてるって事だからな!」
同課の警官にそう言われた隣で美波は、恥ずかしさの為に顔を赤くしていた。
とんでもない力を持つ俺達の、年相応の初々しい反応に、笑い声が上がった。
「さて、やるか。」
「了解。」
夜風吹く中、俺達二人は港付近にある四階建てのビルの前に到着した。その最上階の部屋は、カーテンこそ閉めてあるものの、電気の光が漏れている。その部屋こそが、今回の獲物『村城組』の事務所だ。
俺は顔だけ隠す為に、毎回能の翁の面を付けている。暗い夜の中で、翁の面を見るだけでかなり怖いだろう。そんな俺が組を潰すのだから、ヤクザからしてみれば、ただの恐ろしい翁だ。
一方美波は、般若面をしていた。長い髪を靡かせた般若。夜でなくても夢に出てきそうな程、かなり怖い。俺と同じく、この面を被って組を潰すのだから、ホラー以外何物でもない。
俺達二人は、暗い夜に紛れる様に、上下黒い服装にしている。
闇に紛れ、足音一つ立てないで俺達はビルに入っていった。
暗いビルの中、夜目を効かせながら滑る様に走る俺達。
『村城組』と名乗る暴力団は、大して防犯に気を付けていなかった。だから、侵入する事は造作も無かった。
暴力団の組員の、下品な笑い声が聞こえてくる。その声がする方向に向かって、足を進める。
酒に酔っている様な、ガラスの物が時折割れる音と、その度に響く笑い声。
「汚い声だね。」
最近、美波は遠慮をしなくなった。確かに下品だと思うけど、今まで『汚い』と言い切った事は無かった。
「確かにな。」
まぁ、俺も否定する気は無い。
「………気、引き締めろ。」
「うん………。」
俺は、音の漏れている半開きになったドアを見つけ、思い切り蹴飛ばした。
「なっ、何だ!?」
組員の焦る声が聞こえる。
俺達は壊れたドアの前にゆらりと立った。暗い廊下から突然現れたのだから、怖いのも無理は無い。
「ひっ、何だこいつら!?」
暴力団を名乗る割りには、拳銃を持っていなかった。組員は、ドスやコンバットナイフを構えていた。(最近の暴力団は、拳銃等銃火器を持つ事が多い。その中で拳銃持ちでない暴力団は、比較的珍しいものである。)
「何者だ、テメェ等!」
「………貴様等に名乗る名など無い。」
無慈悲に切り捨てると、俺達は揃って組員を潰しに掛かった。
「風庭巡査部長、組員は全員無力化させました。任務完了です。」
俺は最後の一人を蹴り飛ばし、気絶した事を確認した後、無線に話し掛けた。
『了解、ご苦労だった。片付けはいらないが、一人だけ連れて戻ってくれ。』
「承知しました。」
俺は了解し、組長らしき人を肩に担いでビルを出た。
「何か呆気ないね~。」
組長らしき人を本部に連れ帰って預けた後、俺達は漸く家路に着いた。
「呆気ないって、組潰しに使う言葉じゃないだろ。」
苦笑しながら返す。
「だってそうじゃん!もっとてこずるかと思ってたのに、拍子抜けだよ!」
「まぁ、確かにそうだな。結局怪我の一つも無かったし。」
チラリと美波を見る。
「何?」
「………美波にはそもそも近寄りもしなかったしな。」
そう、般若面が効いていたのか、組員は誰一人として美波に近寄らなかったのだ。
「だから美波、自分から突っ込んで行ったもんな。」
「あぅ………。」
赤面する美波。
にしても、美波が突っ込んだ時の組員の反応、面白かったな。
「この世の終わりかと思う程、派手に叫んでいたな~。」
「も、もう止めにして!」
美波は赤面したまま、深夜の歩道を走って行った。
「あ、ちょっと待て!」
慌てて追い掛ける俺。
辺りは少しばかり、白み始めていた。
これが、組を一つ潰した後の俺達である。
二
「ねぇ、直ちゃん!」
四限目終了後、早々に美波は俺に話し掛けた。
「ん、何?」
「今晩の事なんだけどさ~。」
あ、これまずいやつだ………。周りが聞き耳立てている事を、瞬時に悟った。
「ちょ、ちょっと待て!」
「え?」
慌てて話を遮り、美波の肩に手を置いて周りを見た。しかし、周りの反応を見る限りでは手遅れだったらしく、俺は項垂れた。
「直ちゃん?えっ、どうしたの?」
未だに状況が分かっていない様な美波に、俺は項垂れたまま口を開いた。
「………美波、周り見ろ。」
「え、周り?」
美波は周りを見渡す。すると、漸く状況が分かってきたのか、『ボッ』と言う擬音語が付くかの様に真っ赤になった。
俺達二人が付き合っている事は、最早周知の事実となっていた。
『恋人同士』、『今晩』とこれだけでも材料が揃っていれば、周りの人間が何を想像しているのか、そう難しいことでは無いだろう。
『あの二人、今晩とうとうかな?』
『いや、何度か経験済みかもよ?』
『学校一のバカップルだしね。』
『私は出来ないよ、あんなに堂々と話すなんて。』
と言う、非常に不本意な小声が聞き取れた。
美波が口走った『今晩の事』とは、今晩の組潰しの事で、周りが考えている事とは正反対である。しかしこれは、国家機密にも分類する話であり、迂闊に話す事が出来ない。つまり、弁明する事が出来ない案件なのである。
「美波………。」
「………はい。」
「屋上に行こうか………。」
「うん………。」
少々煩わしい視線の中、俺達は弁当を持って屋上に向かった。
「全く………、確かに必要な話だけど、場所考えような?」
「うん、………ごめんなさい。」
あ、こりゃ完全に落ち込んだな。………いつも通りになるのに、時間かかりそうだ。
俺達は屋上のフェンスに寄り掛かって、並んで弁当を食べている。ちなみに、屋上で弁当を食べる事は、既に二人の習慣となっている。その為、俺達の甘い空気を見たい故に、たまに覗き見られる事がある。
今も、奇異の視線をドア越しに感じている。
「まぁ、それは置いとくか。………今晩決行だな?」
小声で問うと、美波はコクリと頷いた。
「『2230・対象はNの覇牙』って言ってたよ。」
「そうか。………N多くね、最近?」
「確かに………。」
暗号はさして難しいものでは無い。
2230とは22時30分、NとはNew、つまり新参者、覇牙はその組名『覇牙組』の事を指す。
しかし、周りの奇異の視線がある限り、出来る限りの情報漏洩は防がなくてはならない。
涼しい顔をしながら、頭の中で戦略を組み立てた。
ーーー未明。
「覇牙組の任務、お疲れ様!」
「「お疲れ様でした。」」
風庭巡査部長に労いの言葉を頂いた俺達。自分の力に溺れない下手の対応に、風庭巡査部長は笑みを更に大きくした。
俺達以外にも、特能巡査はいる。しかしその大半は、自分の力に過信している節があるらしい。俺達は一度会った事があるが、彼等を一言で言い表すのならば、正に「唯我独尊」である。
俺は見ていて、呆れを通り越して嫌気がした。まるで、自分こそこの警察を支えていると言わんばかりの態度。しかし、それ以上に許せないのは、俺の彼女である美波に色目を使って、俺の前で堂々とナンパして来た事だ。
『こんなヒョロいガキより、俺の方が彼氏に向いてるぜ?』
正直、そいつをその場で消炭にしたかった。だが、仮にも同僚にそんな事は出来ないから、俺は『縮地』で背後に回り、能力を使わずに脇腹にフックをかました。蹲ったそいつは血走った目で俺を見たが、
『私の彼氏を貶さないで。』
と、美波が無慈悲にも、後ろからフェイスクラッシャーをかました。
蜘蛛の巣状に罅の入った床の上で、そいつは伸びていた。
よく考えたら、俺が『覇王』と呼ばれ出したのも、この時期だった気がする。と、まあどうでも良い事を考えていたら、
「すまないが、明後日も一つ出来るか?」
また命令が下った。俺には拒否する気は無いから、即答した。
「承知致しました。美波は?」
「私も大丈夫です。」
「それは助かった。実は、上の幹部が『君達の仕事ぶり』を見たいらしいのだ。」
「それは、『特能課の仕事ぶり』を見たいと言う事ですか?」
「いや、言葉の通り『君達の仕事ぶり』を見たいらしいそうだ。………ここだけの話、他の特能巡査の態度を知っているかい?」
「ええ、まあ。あまりにも横柄だと。」
「とある馬鹿が、その態度をよりによって警視総監の前でとったらしいのだよ。」
「それは………、その方はどうなったのでしょうか?」
「特例の階級とは言え、警官ではある。罷免は出来んのだから、謹慎処分となった。………この件で、特能課の存続に疑問符が出たのだよ。」
「成る程、だから実績の多い俺達の仕事ぶりを見て、最終的な判断をしたいと。」
「そう言う事だ。」
風庭巡査部長の話に納得した時、
「そんなら、こんなガキより俺の方が向いてるぜ。風庭のオヤジ。」
あの、とんでもない横柄な態度をとって美波をナンパした男が、風庭巡査部長の後ろに立っていた。
野塚 勲。百七十センチ後半、適当に切られた茶髪に無精髭、よれているシャツに短パンと言う格好。そんな小さい事にだらしなさが表れ、怒りが膨らんだ。
「野塚君!君はまだ謹慎処分中だろう!何故出てきているんだね!?」
「そんな細けぇ事言うなよ。白髪生えるぜ〜?。」
そして、美波を見る。
「よぉ嬢ちゃん。まだガキといるのかい?」
「………。」
「ダンマリかい、面白いねぇ。」
酷く腹が立ち、美波を俺の後ろに立たせた。
「ああ?………ガキが一丁前に彼氏振るなよなぁ?」
「喧しい、お荷物が。」
「手前ぇ、………調子乗んじゃ無ぇよ、ガキが!!」
「『ガキ』としか言えない、頭の悪い持ち主に言われたか無ぇよ。」
「んだと!?」
どんどんヒートアップする口論。そこに、
「煩いぞ、静かにしろ!!」
なんと、渡部警視総監が来た。
「特能巡査と言う警察官だ、規律位守らんか!」
「「申し訳ございません。」」
俺と美波は、揃って頭を下げて謝罪した。風庭巡査部長も頭を下げたのに、対して野塚は、
「おいおい、渡部のじいさんよ〜。悪いのはコイツで、俺は悪く無いんすよ〜。」
「おい、野塚君!」
風庭巡査部長が叱責しても、止まらない。
「俺が彼女とちょ〜っと話しただけで、そこのガキが彼氏面して、噛み付いて来たんすよ〜。これって、何の罪になりますかね〜?」
「ほう、………では秋山君。これに対して、君の意見は?」
「徹頭徹尾、反論します。」
「ああ?嘘吐くなよ、ガキが。」
すると、渡部警視総監がこんな提案をした。
「本来、特能課は実力行使部隊。他とは違い、腕力で上に行く。君達、………特能巡査ならば、対戦で決着を付けなさい。」
「ねぇ、直ちゃん。」
僅かに目を潤ませながら、俺の顔を覗き込む美波。俺達は部屋で二人っきり。対戦の準備が終わるまで、待機していた。
「どうした?」
美波を不安にさせない為にも、俺は平穏を装った。
「………ごめんね。」
「お前が謝る必要は無いよ。俺は、大丈夫だ。」
「でも、私の所為で直ちゃんが………。」
とうとう、嗚咽を上げて泣き出した。そんな美波の頭を撫でて、顔を上げさせた。そして、
「んっ………。」
少し強引に、キスをした。
「………俺は男だ。………守りたいものは、自分の手で守らせてくれ。」
間近にある、美波の泣き顔。その全てが愛おしいから、俺は対戦を承諾した。俺が今、美波から欲しい言葉は、謝罪では無い。それは………、
「うん、………守られるだけじゃ嫌だけど、今回だけお願い。………守って下さい。………頑張って下さい。」
ーーー美波の応援だ。
三
絶海の孤島、南沖島。ここは、国直轄の小さな島だ。
東西三キロメートル、南北十キロメートル。三日月型をしたこの島には、草木が僅かにしか生えていない。海底火山の噴火で出来た、地図には載っていない島である。
この島は表向きには、特能課所属の巡査達が訓練として使われている。本来の目的は、俺と野塚が今からやる、対戦である。俺は島の北端に、野塚は真逆の南端に上陸した。
『ルールを説明する。今回の対戦は、訓練の一環とする。よって、殺す事は認められない。銃火器の使用も認めない。勝敗は、どちらかが降参するか、戦闘不能と私が判断するかの二つで決める。使用するものは、自身の能力のみとする。フライングとオーバーキルの可能性のある技、銃火器の使用を察知した際には、私が強制的に止めさせる。質問はあるか?』
上空を飛ぶヘリコプターから、拡張機でアナウンスがした。声の主は、今回の審判を務める笹倉警視。
「ありません。」
「無ぇよ。早く始めろ。」
丁寧に返した俺に対し、野塚はここでも横柄だった。
「よろしい、では………始め!」
アナウンスの合図と同時に、俺は島を南に走り出した。
平坦な小さな島とは言え、十キロメートルは少々長い。しかし、三キロメートル程走った時に、反対側から生体反応を感知した。距離は約五キロメートル。俺の能力ならば、十分射程距離内だ。
地面に拳を打ち付けた。
「A red flame indicates a victory, and a blue flame indicates undefeated.」
拳を打ち付けた地面が赤くなり始めた。そして突如、島が揺れ始めた。
野塚らしき生体反応が速度を落として、立ち止まる。どうやら、ファイティングポーズで迎撃態勢に入っている様子。
俺の背後から、溶岩が柱状に八本吹き出した。上空二十メートルまで届くと、その先が蛇の形に変化した。
『溶岩八岐』。
俺の不動明王の炎の能力は、派生すると炎以外にも扱えるようになった。その一つが、この溶岩だ。この島が海底火山の噴火で出来た島であるのならば、マグマは比較的近い箇所を流れていると分かる。
ならば、それを利用しない手は無い。
俺は、溶岩を野塚に向かって飛ばした。溶岩の八岐大蛇は、その顎を大きく広げて襲い掛かる。
「………!」
野塚が何か叫んでいる様だが、この距離では聞こえない。すると、
ーーー溶岩の八岐大蛇が、一瞬で凍った。
野塚の能力かと思って、更なる攻撃準備をしたその時、アナウンスが響いた。
『岩石の無神能力・野塚 勲の降参により、火炎の不動明王能力・秋山 直輝の勝利!』
笹倉警視の能力が、北欧神話におけるヘルヘイムの主・ヘルの氷である事を、たった今思い出した。
「おい、待て!今のは無しだ!もう一度俺と対戦しろ、ガキ!!」
島の中央部に集合して早々、野塚が再戦を望んだ。
「第一、あんな長距離の攻撃を俺が防げる訳無ぇだろ!あれを防げる奴なんていねぇ!そんな攻撃で降参は認めねぇぞ!!」
「溶岩八岐の事か。防げる人はいるが?」
「はぁ!?誰だよ!!」
「美波と笹倉警視。」
「おい!笹倉は分かるが、誰だよ『美波』って言う奴はよ!?」
「知らんのか?お前が前からナンパしている、俺の彼女だよ。」
「あの嬢ちゃんが!?んな訳無ぇだろうが!!」
「いや、本当だ。美波は俺と同じ特能巡査、月神アルテミスを司る光の能力持ちだ。」
「な………な………。」
絶句する野塚。そこに、ヘリコプターから降りた美波が来た。
「本当よ。私は光の能力持ち。直ちゃんには敵わないけど、私も貴方には負けない。それに直ちゃんは、徒手空拳でも貴方を圧倒出来るわ。」
くるりと後ろを向く美波。そこには、笹倉警視と風庭巡査部長、渡部警視総監が立っていた。
「私からお願いがあります。そこにいる野塚巡査は判定に不服だそうで、再戦を望んでいます。今一度、徒手空拳での対戦を認めて下さい。」
美波が頭を下げた。美波の意図を察している俺は、美波に続いて頭を下げた。
「うん、認めよう。秋山直輝と野塚勲の徒手空拳での対戦を、十分後に開始する!」
「このガキ………。恥かかせた恨みを倍にして、返してやるよ………。」
五メートル先に立つ野塚の恨み節が聞こえた。対して俺は、無反応を貫いた。
「両者、準備は良いか?」
「はい。」
「ああ。」
笹倉警視が右手を上げた。そして、
「………始め!」
振り下ろすと同時に、俺達は地を蹴った。
「巨大岩腕!」
そのままの意味の技名を叫びながら、野塚は腕を振り被る。その腕は岩石で覆われて、三メートルを超えていた。
握り拳をつくり、不気味な風切音を立てながら襲いかかった。
一方俺は、右手に螺旋状の炎を纏わせた。一見ドリルの様だが、これも打撃である。
使う技は『強炎回転拳』。コークスクリューブローを、炎で威力を増大させたアレンジ技。インパクトの瞬間、肩・肘・手首を捻り込ませる事によって威力を増大させるパンチに、炎で上乗せさせる事により、建造物の破壊程度は難無くこなせる。
威力を持った炎の拳と、巨大なだけの岩石の塊の拳。
「潰れろ、ガキが!!!」
「はあっ!」
呪詛とも思える野塚と冷静さを貫く俺の声の直後、拳同士がぶつかった。
衝撃波が砂埃を巻き上げ、激しい衝突音が響く。しかし、拮抗は五秒も続かなかった。
激しい破砕音がしたのはやはり、野塚の腕の岩石だった。
「んなっ!?」
動揺する野塚。その隙を、逃すつもりは毛頭無かった。炎の能力で筋力を増強させて使う『縮地』を連続させた。地に足が着いた瞬間に、無防備な野塚の胴体に肘打ちや貫手、肩に鉄槌打ち、顔面に掌底打ちや足刀蹴りなどを立て続けにかます。その様は最早、袋叩きの画である。
フラッと、野塚の身体が傾きかけた。もう、意識は朦朧としているのだろうか。しかし、その目はまだギラついている。恐らく、ラッシュが終わった瞬間に反撃を狙っているのだろう。それを見越して俺は、野塚の眼前に踊り出た。瞬間、
「死ねガキィィ!!」
右手を槍の様に尖らせた岩石が纏っている。それを俺は、正面から掴んで止める。
「何っ!?」
流石にこれは予想外だったのだろう。起死回生の一撃が、いとも簡単に読まれて止められたのだから。相対する野塚の顔を見て、俺は今更ながら怒りが湧いてきた。
「………もう二度と、美波に近づくな。この面汚しが。」
岩石の槍を、怒りと共に握り潰す。水晶を軸にしていたのか、破片が煌びやかに舞い落ちる。
呆然とする野塚の顎に、炎を纏わせた掌底『強炎昇掌』を打った。見事に掌底打ちが入った野塚は、その勢いのまま打ち上げられ、地面に落ちた。受け身は取れておらず、既に気絶していた。
「勝者、秋山直輝。」
淡々と勝者を告げた笹倉警視の前で、未だに伸びている野塚。その身柄を、他の巡査が別のヘリコプターに運んで行き、そのまま飛び去った。
島には俺と美波、笹倉警視、風庭巡査部長、渡部警視総監だけとなった。(ちなみこの島までは、風庭巡査部長のヘリコプターで来た。風庭巡査部長は、ヘリコプターの操縦免許を取得している。)
「秋山直輝巡査、鈴野美波巡査。」
「「はい。」」
渡部警視総監の声に、俺達は自然と背筋が伸びる。
「貴官達は特能巡査と言う立場でありながら、その力に溺れる事も無く、我々に対し礼儀を常に忘れなかった。当たり前でありながらも、それをしなかった同僚とは雲泥の差。私はこの対戦を見るまで、特能課の廃止を訴えていた。しかし、礼儀に欠ける特能巡査にも、この様に礼儀を弁えている者がいると知った今、特能課は存続させるべきと考えている。」
「それはつまり、特能課廃止の声を抑えて頂けると言う事でしょうか?」
「うむ。それと同時に、貴官達の階級の昇進も考えている。」
「それって………。」
「そう、君達は実績も人間性も高い評価を受けているんだ。そんな君達を、巡査のままではいけないと私が打診してね。君達は巡査部長を越えて、警部補になってもらうよ。」
「「………。」」
驚きの余り、思考停止状態になった俺達。巡査部長を越えて警部補って、つまり風庭巡査部長の上に立ってしまうと言う事か?
ついさっきまで上司だった人の階級を越えるだなんて、正直恐れ多い。
「私より上の階級になってしまう事に、躊躇っているのかな?」
「っ!………その通りです。」
「………私もです。風庭巡査部長は、私達の上司と言うイメージでしたから。」
「………フフッ。」
抑えた笑い声をしたのは、笹倉警視だった。
「君達、こんな逸材を見つけ出した彼を、巡査部長のままにする筈が無いだろう。彼には、君達と同じく昇進してもらう。階級は警部だ。」
「それは、風庭巡査部長は今後も私達の上司となって下さると言う事でしょうか?」
「勿論だ。巡査部長ではなく、警部だがね。」
二人揃って、安堵した。俺達は渡部警視総監の目を真っ直ぐ見た。
「では、貴官達の階級を昇進させよう。業務内容は、今までとはさほど変わらない。今後も精進する様に。」
「「はい!!」」
ーーーこの日、俺達は『特能巡査』から『特能警部補』へ昇進した。
終(仮)
あれから、二週間が経った。
「ふああぁぁ〜………。」
朝の日差しで、目が痛い。欠伸も止まらない。完全な寝不足だ。
「あ、おはよ。直ちゃ………ふわぁぁ〜。」
「おう、おはよう。………てか挨拶途中で欠伸かよ。」
「仕方が無いじゃない。昨日は三時間しか寝られなかったのよ。」
「そりゃそうか。………俺も結局二時、ふああぁぁ………。」
我慢出来なくなって、欠伸をまた一つ。隣の美波は、それを見て吹き出した。
「………まぁ、仕方無いか。美波、次も入ったぞ。」
「そうなの、ターゲットは?」
「『2300・対象は極鬼』だって。」
「また随分大物だね。」
「まぁ良いだろ。実力が認められているって事だからな。一緒にやってくれるか?」
美波は、俺の腕に抱き付き頬擦りをした。
「勿論だよ。………だけど、ちょっと怖いなぁ。」
上目遣いで俺を見上げる。苦笑を漏らして俺は、その頭を撫でる。そして耳元でも
「………お前だけは、何があっても守ってやる。お前は、俺のものだからな。」
瞬時に美波の顔から湯気が出た。ふにゃりとその場に座り込む。
「ちょ、美波!?」
俯いていた顔を上げた。頬を赤らめて、熱っぽい目で俺を見つめ返す。
これはあれだ。『恋する乙女』ってやつか?そんな事を考えていると、途端に周りが騒ぎ始めた。
『うわ〜、大胆!』
『俺のものだって、秋山君格好良い!』
『美波の奴、顔赤いな!』
『スッゲ〜、初めて見たわ。あんな女子っぽい美波って。』
ここは通学路。
当然通るのは、同じ高校の生徒達。不運だったのは、まさか全員俺達と同級生って事だ。事情も知り、かつ先程の俺の痛い程恥ずかしい彼氏発言。仮に俺もこの場で卒倒したりしたのならば、学校にはしばらく通いたくなくなるだろう。
「………美波、立てるか?」
フルフルと首を振る美波。
「こ、腰が、抜けちゃった………。」
「ったく、仕方無ぇ。………我慢しろ。」
「えっ、………ひゃあ!」
全く動けなさそうな美波を背負う。途端に通学路が色めき立ったが、俺は必死に無視した。
「学校着くまで、我慢しろよな。」
「うん………。」
不意に後ろから、美波が頭に抱き付いた。そして、
「んなっ!?」
「フフッ、さっきのお返し。」
顔が真っ赤になった。周りが喧しい。
俺は、頬に感じた唇の感覚を、しばらく忘れられなかった。
リジェクター・バトルの番外編、いかがでしたか?
本編では高校生と言う年齢でありながら、高校生らしい所がさっぱり無かったったので、『どうせなら、高校生らしい回も欲しいよな。』と考えて、投稿しました。イメージでは、甘酸っぱい様にしたかったのですが、どうやら失敗して、砂糖が滝になる回となってしまいました。……彼女いないと、やっぱり感覚は想像になってしまいます。どうかご容赦を。
さて、今回は甘々カップル以外にも新メンバーを追加しました。この回に出るメンバーは、本編では出番は無い………予定です。もしかしたら、出るかもしれません。
それともう一つ、直輝達が階級を越えるシーンがありましたが、現実の警察に、飛び級制度なんてありません。警察官を目指す人達、絶対に期待しないで下さい!無かったからと言って、私にクレームも止めて下さい!!お願いします!!!
余談ですが、直輝と美波の(バ)カップルを目標にするのは、お勧めしません。憧れるなら別ですけどね。あくまでフィクションと思って下さい。(なんて思いながら、私自身が彼女を持つ事に憧れを持っていますが。まぁ、あそこまでイチャつくのも遠慮したいですけどね。)
なんだかんだ、リジェクター・バトルも続きますね〜。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。