7 ジャスパー
誤字報告ありがとうございます。
この物語は皆様の優しさに支えられています。
さて、ここで王太子殿下の様子を見てみましょう。
騎士たちにドン引きされているのを背後に感じながら、俺は自分の部屋に戻る。
剣を振るえばイライラが治まるかと思ったがそうでもなかった。王国最強の護符と呼ばれるジェダイトがいれば治まったかもしれない。いや、返り討ちにされて情けなくなるだけだろうか。
部屋まであと少しという所で声をかけられた。
「イラついているな? 王太子殿」
「レーグルか」
「そこのサロンで一杯やらないか?」
「悪いがそういう気分じゃない」
そう言って足も止めずに歩いたが、レーグルはそのまま後ろをついてきた。無視する。
レーグルはサンヴァトル侯爵家の次男だ。読書家で図書館で頻繁に出会い仲良くなった。6歳年上だが気が合う。
自分の部屋に着くとソファに剣を投げ置き、向かいのソファに倒れこむ。
このイライラはどうすれば治まってくれる。
「最近失態が多いな、王太子殿」
「失態? 人間は誰だって失敗するものだろう」
「完璧すぎる王太子殿は失敗するくらいが人間味があっていい。皆そう思っているからそれほど気にすることはない。ただ、あの青年に頻繁に突っかかるのはやめた方が良い。爵位を与える気なんじゃないかと噂になってるぞ」
「青年?」
「マリウス・コントルシー」
「その名を俺の前で口にするな!」
ソファのクッションを投げつけたが、受け止められてしまった。
「待て、爵位? なぜそんな話になっている」
「君が彼に会う度に自分から進んで話をしに行くからさ。コントルシーは爵位はないが歴史が長い。彼で何代目か知っているかい?」
「100代目くらいか?」
「残念、155代目だ」
「本当か? 建国前からってことになるぞ。王族より続いているのか?」
「建国前からこの辺りの長を支えていたと記録に残っている。コントルシーの歴代当主の手記は歴史書のひとつとして図書館に寄贈されている」
「読んだことどころか見かけたことがない」
「閉架だ。とても貴重だ。良くも悪くも目立ったことをしないコントルシーは、今まで影に隠れていたのに、君がライトを当て始めた。」
「そんなつもりは全くない!」
「コントルシー家は目立ったことはしないがやることはやっている。三年前の南部の川の氾濫の時もさっさと人手を送ったし、八年前の奴隷制度廃止の時も彼の領地は混乱が起きていない。十六年前の作物不作の時も平民に備蓄庫を解放したし三十年前のマナシ領の暴動の時も怪我人を受け入れている」
「有能だな。それなのになぜ爵位を与えられていない?」
「簡単だ。目立ってない。暴動はレイウェム伯が鎮圧したし、不作の時はチャハイ男爵が商人を各地に送ったことの方が注目された。奴隷廃止時はどこの地でもしばらく大混乱でそれどころではなかった。川の氾濫は堤防のための資金をフェナソフ侯爵が出しただろう?」
「他の人間の派手な行動が目立って気付かれなかったのか」
「当時はな。だが今君が彼にかまっているおかげで皆コントルシーの実績を思い出してる。爵位を与えてもおかしくないと」
「俺個人の意見としては『誰が爵位を与えるか!』だ!」
「周りはそう思ってないわけだ。何があったんだ?」
はっきり言って答えたくない。
しかしレーグルは聞くまで帰る気はないらしく、メイドに飲み物を頼んでいる。
「……俺の婚約者殿が彼に惚れているらしい」
「エメラルド嬢が? なるほど彼女なら爵位など気にしないだろうな」
「……」
「おや、本気で落ち込んでいるのかい?」
「別に落ち込んでなどいない! ただ……あの男より俺が劣っているところは何だ?」
「ないな」
「ないよな!?」
思わず飛び起きる。
「君……」
「見た目も立ち振る舞いも負けているつもりはない。どこに惚れたのかさっぱり分からないんだ。真っ赤になって……俺に対してあんなに可愛い態度を取ったことがないんだぞ。あんなに……可愛くて、あんなに抱きしめたいと思ったのは生まれて初めてだ! それが初めて会った男に惚れたせいだとは!」
「先に他の令嬢に手を出したのは王太子殿、君だろう」
「手を出してなんかいない! 不慣れな感じが愛らしいと思ったからダンスに誘っただけだ! その間に他の男に惚れるなんて思うわけないだろ!」
「お互い別の人間を見ていたわけだ。しかし君、これは君がイライラして騎士団を壊滅させているだけでは済まない事象だぞ」
「婚約破棄はしないぞ」
「大陸への事情もあるが、エメラルド嬢はこの国の宝だ。幼いころから落ち着いていて視野が広く着眼点が良い。すでに歴史を変えた事実もあるし、この国をより良いものにするためには彼女は不可欠だ。公爵令嬢としているより王妃の方がその力を遺憾なく発揮できる」
「しかし、愛のない結婚なんてむなしいだけだ……!」
「……君、意外とロマンティストだったんだな」
「うるさい」
メイドが俺にも紅茶を出してくれたのでゆっくり味わう。
温かい紅茶は少し心を落ち着かせた。
「つまり君はコントルシーの長所を探るためにあんなに話しかけていたのかい?」
「……」
「単純にムカついて喧嘩売ってただけか。落ち着きたまえ、王太子殿」
「わかっている!」
「彼女に見合う王太子でなければ、婚約破棄もありうる」
ごくり、と自分の喉が鳴った。
レーグルは紅茶を飲み切ると「では」と言って立ち上がった。
「私は君の味方でありたいと思っている」
「……そこは味方だと言ってほしい」
「それはどうかな。私の一番は『国』なんだ。君でもコントルシーでも、ましてやエメラルド嬢でもない」
とりあえず、コントルシーの味方ではないことに安堵すべきだろうか?
レーグルはご丁寧に控えているメイドにも礼を言って去って行った。
俺はため息をついてから紅茶を飲む。
先ほど落ち着かせてくれた紅茶も、こみ上げる不安は押さえてくれなかった。
王太子殿下唯一の親友レーグルさんです。普段は経理の仕事をしています。