1 はじまり
短編のものを二つに分割し第一話・第二話にしています。
間違い探しレベルの微少な変更がありますが物語の流れは同じです。
とうとうこの日が来てしまった。
私の名はエメラルド。公爵令嬢で婚約者は王太子。
私には生まれた時から前世の記憶があった。
そして、この世界がゲームの世界だと認識していた。
そのゲームは恋愛ゲームで、主人公の名はルビー。
ルビーは母子家庭で城下町に住んでいたけど、母親が病気で死んでしまったところに伯爵が自分が父親だから引き取ると言って、いきなり伯爵令嬢になるのだ。
恋愛ゲームらしく数人の中から相手を選んで話を進めていく。
ルビーが選ぶ相手には必ず婚約者か恋人、幼馴染がいる。分かりやすいライバルだ。
その必ずいるライバルの名はエメラルド。
そう、私だ。
誰を選んでも私がライバルとしてルビーの前に現れる。
そしてまあ、邪魔するわ嫌がらせするわイジメるわ結構な悪人である。
ルビー目線でゲームを進めると「なんだよコイツ!」と思うことが多かったけど、エメラルドになってみると「自分の婚約者なんだから取られないようにするのはわりと普通では?」と思うようになった。
今まで誰とも恋仲になっていなかったので「その時はその時」と考えていた。
うっかり好きになってもルビーに取られると思うとそう簡単に好きにはなれない。
人としては好きかもしれない人はいるけど。
ゲームで出てこなかった人物やルビーの選択対象に当てはまらない人物なら恋もできるのでは、と思った事もあったけど、そういう人物にとって私は位の高い貴族、公爵令嬢で、彼らの恋愛対象にならないようだった。
そしてとうとう一カ月前に婚約者が決まった。王太子だ。血縁的には結構近く、従兄弟に当たる。
ゲームの通りなら今日、婚約披露パーティでルビーと王太子が出会い、お互い一目ぼれする。
考えてみて欲しい。自分の婚約パーティで婚約者が他の女に惚れるのを目撃するのである。目の前で。
そりゃショックだし悔しくて当たり前だ。嫌がらせしても仕方ないんじゃない?
「緊張してる? 君でも緊張するんだね」
私の心中を知らずに隣でそんなセリフを吐くのは婚約者の王太子である。
名はジャスパー。今はまだ私に優しい。
「ええ、とても緊張しているわ」
と、適当に答えておく。本当は自分がどう行動するのか悩んでいた。
どういう態度を取るのが良いのかしら。
それに悩んでいる。
よくある転生令嬢の漫画だと、婚約者を取られまいと努力したり、逆に諦めて別の人生を歩んだり、自分がひどい目に遭わないように主人公を応援したりするけれど、この一カ月考えたもののどうすればいいか答えが出ないままだった。
だってゲームではルビーが幸せになるときにはエメラルドはフェードアウトしてて出てこないんだもの。
なんか、イジメが見つかって婚約破棄されるまでは元気にいじめっ子やってるのよね。
実際に会ってみたらムカついたりイライラしたりしていじめたくなるかしら。
ジャスパーのことも、格好いいと思うし嫌いじゃないけど、別に恋愛感情持ってるわけじゃないんだもの。どうすればいいのかしら。
ジャスパーを見ると優しく手を握ってくれた。
いい男ではあるのよね。
金髪に滑らかな白い肌。水色の瞳に程よく筋肉のついた長身。格好いい人だとは思う。
でも他の女に惚れるって出会う前から分かってて惚れるわけないじゃない。
フェードアウトしたあと、私は一体何をしているのかしら。
そこが分かればどうするか判断できるんだけど。今さら前世に戻って調べることは出来ないし。
でも、自分の婚約パーティーで婚約者とイチャイチャしてたらちょっと意地悪したくなるのが普通じゃない?
立場的に考えてみるとね。ゲームでもこのパーティーでは嫌味を言うくらいだったし。
とりあえず、イジメるかどうかは別にして、今日は覚えている限りゲーム通りに行動してみようと思う。
「そろそろ出番だよ」
優しい声で囁かれ、目の前の扉を見る。
ここからの流れはこう。
これからこの扉をくぐりパーティ会場へ行き、貴族たちのお祝いの言葉を受ける。
その中に初めてパーティに来たルビーを伯爵が紹介する。
ジャスパーはルビーに一目惚れをして、婚約者を放ってルビーとダンスをするのよね。可哀想な婚約者エメラルド。
私である。
ゲームではルビーを怖い顔で睨むのよね。
あら、怖い顔ってどんな顔かしら。睨む…睨む? いつも笑顔でいるようにしているのに睨む?
睨むってどうやるの? 目に力を入れれば睨んだことになる?
あら…うまくできるかしら。変顔になったりしない? 目が充血したりしない?
扉が開かれてジャスパーにエスコートされて進む。
光り輝くシャンデリアにその光を反射する壁の装飾や人々の身に着けた宝石、ドレス、色々なものでにぎわっている。
所定の位置に行き挨拶を受ける。皆おめでとうしか言わないから気楽だわ。
あ、クレア夫人のピアス、買おうか迷ったやつだ! やっぱりいいわよね、その石。
「は、初めてお目にかかります、ル、ルビー・クルジットと申します。こ、この度は、おめでとうございます」
クレア夫人のピアスを目で追っていたら緊張した声が聞こえて視線を前に戻す。
あら! 可愛い! ていうかちっちゃ! ルビーってこんなにちっちゃいの!?
主人公ルビーが登場していた。
ストロベリーブロンドの髪、南の海のような青い目、透き通る白い肌、片手で掴めるほどの肩や腰。身長も小さいし頭も小さい。なのに胸はしっかりあるわね。私も大きめだけど…あら、同じくらいあるかしら。
私は全体的に肉付きが良いから細くてちっちゃいのって羨ましいわ。
ちらりと隣を見るとジャスパーは言葉に詰まっている。惚れたわね。
ジャスパーの代わりにお礼と挨拶をするけれども、ルビーの方もジャスパーを見て頬を染めている。
うーん。実際会ってみたらムカついたりするのかしら、と思っていたけど、これは、なんというか……
微笑ましいわね!
こんなウフフな気持ちなのに怖い顔で睨むことができるかしら。
と、思っていたら「あ、あの」と言って踏み出したジャスパーにびっくりしてルビーが後ろに倒れかけた。
そのルビーを後ろにいた男性が支えた。
「ルビー、緊張しすぎだよ」
「!!!!!!!!」
今度は私が硬直する番だった。
忘れてたあああああああああああ!!!!!!!
ルビーの親友、マリウス・コントルシー!
ルビーのお助けキャラ、いわゆるサブキャラだ。
私、マリウスのこと好きだったんだよね……!
どうぞよろしくお願いします。