女将を呼べ!このパイを焼いたのは誰だ。貴様、カボチャを使ったな。ニシンの臭みを消し、甘みで風味をより引きたてる。フフフフ、考えおったな、士ろ
最初の街を出てすでに三日が過ぎた。
いいことと悪いことがあった。モンスターにエンカウントしていないことと、いまだに草原をさまよっていること。
腹は減り、足は棒でふらふらだった。
おかしい。俺の知ってる異世界だと、こんなマジモンの危険が危ないシチュは一億%ありえないはずなんだが。
本来なら、開幕いきなり、レベルやらなんやらのステがアホみたいにまるっと全部カンストしてて、いや、レベルは一とか〇とかの場合もあるかもしれない、ともかくバカでも未就学児でもわかりやすいほどに、いさぎよいほどに、安直に最強で、んでもって、なんだ、鼻に指突っ込むぐらいのナメた調子か、あるいは、天然ふうにきょとんとしつつ「あれ? 俺、まーたなにかやらかしちゃいました?」ってへらへらしながら最強魔法だ剣技だをぽんぽん繰り出して、周囲は「そ、そんな……」「あ、ありえん……」みたくビビりながら持ち上げてくれて、女とかもキャーキャー群がる、お気楽極楽、最強無双、コンビニ系楽チン英雄冒険譚、そういうアレな感じになってる予定だろう。
なんだよ、この七転八倒ぶり。もう七十転八十倒ぐらいの勢いだ。宿屋での「勇者様ぁ~ん」な酒池肉林どした。なんで道迷って空腹抱えてんだ、俺。
もうだめだ、我慢できない。
俺は荷物のかごにかけられた布を取っ払い、厚手の皿に盛られたニシンのパイを取り出した。
背に腹は代えられない。どうせ届け先の女の子は『あたしこれ嫌いなのよね』って言うに決まってる。満腹度〇%でHPが減りだしてる俺が食ったほうが依頼主も喜んでくれるだろう。俺は手づかみでパイを食らった。
味はなかなかのものだった。空腹は最高のスパイスという。
しかし、俺はがつがつとは食わなかった。もそもそと遠慮がちに。良心が痛んだからではない。傷んでいたのはパイのほうだ。このところの陽気でニシンのパイはちょっとにおいだしていた。




