生きているように死んでいる
耳に覚えのある女の声が、俺を旧い世界からするりと連れ出す。
それまでいた世界が、水にたらした絵の具のように溶けて薄まる。薄い色の水は化学反応が起きるかのように別の色、複数の色彩へと変化し、濃度をすみやかに増していき、世界を構築する。
見覚えのある女の顔が、俺の新しい世界でぼんやり焦点を結ぶ。
肩までのさらさらヘアーのてっぺんに、ピンクのデカリボンを臆面もなく乗せた女の子が、俺を「勇者様」と呼んでいる。
勇者。
ああ、そうか。夢を見ていたんだ。
保谷の古くて小汚い都営住宅のアパートで、俺自身を含めたろくでもない家族と飯を食う夢。
夢のなかでまで夢見た異世界の勇者に、夢から覚めたらなってるなんて、どんな冗談だよ。
長年、さんざん夢想し続けた夢のかなう異世界。――ただし、かなっているのは半分だけ、無双のできない残念な世界。
ベッドわきでやれやれと安堵する第一と第二、ふたりの使徒の顔を見て思い出す。
ああ。クソな現実から異世界にはたしかに来られたよ。死んじまったのに生きている、なんておかしなことにはなってるが。
黒と黄金色、二色の髪の少女ふたりに軽んじられ気味のなんちゃってハーレムだが、お約束のシチュにはなりつつある。
あともう少しぜいたくを言わせてもらえるなら、この超絶クソステータスをどうにかしてくれると非常にありがてーんだが。
念のため、ステータス確認をしてみて俺は嘆息する。
【アルタイル クラス:勇者 レベル:一】




