「始まり」のあの日
目の前に迫る、タウロスの刃をロングソードでいなす。だが、もう前のようには余裕ぶっている暇などないし、何よりエネルギーとなるナノマシンの残量もほぼ限界だ。
活動可能時間は――
「60、セコンド……!」
ダメだ。間に合わない。こいつを倒しきるには足りない。
「ミズキ、私が、変わろうか?」
ジュリアがそんなことをいうが、それも無理な話だ。彼女も俺と同じような状態だし、何より戦闘用のギアではない。
「いや――いける。そこで待機してくれ」
「わ、わかった」
残り少ないスラスターを吹かし、突撃する。視界が塗り替わり、色が急速に失せる。
迫る刃。ロングソードを振るい、腕部の付け根を叩き斬る。
そして頭部へと、ロングソードを振り下ろす。
だが。
「avalanche system down」
ナノマシンが切れた。完全に。
さすがに使いすぎたのか? だが、これでは――!
「ごめんね」
そう彼女は言うと――防御用のマントを俺に投げつけ、ナイフを片手に突貫した。
ダメだ。絶対に、ダメだ。
そう思った。
だけど、体は動いてくれない。筋肉も、骨も、何もかもズタボロになったこの体では、どうすることもできない。
「私は、十分、幸せだったんだよ」
そう、彼女が最後に送ったデータが届くと同時、ギア《マスター》はタウロスの刃に突き刺され、機能を停止した。
畜生、畜生、畜生!
とうとう自分以外すべての生体反応が消えたことを確認した俺は、心の中でそう叫んだ。
何も、守れなかった。
大事な、たった一人の恋人すらも。
人類は、滅亡した。
地面が赤く血に染まり、それでも彼女と二人で戦い続けた少年、超兵器”ギア”――《アヴァランチ》を操っていた少年は思う。
ナノマシンを応用し、ほぼ無制限の作戦行動を可能とした兵器。だが、その前身である無人兵器”パンドラ”の初号機、《オリジン》との戦闘で、人類は滅亡した。
だが、きっとこうならない道もあったはずなのだ。
だが、いくら進化する兵器といえど、過去に戻ることはできない。ただ、振り返ることしかできない。
それは、この世界の、絶対的なルールだ。
意識が虚空に吸い込まれた。
脳裏に様々なイメージが点々と現れる。
――半壊した旧世代の戦車。
――土に埋もれた一つの国。
――地面にちりばめられた金属片。
――地に汚れた装甲。
――そして、誰か自分の知らない「少女」の笑顔。
そして、「意識」は覚醒する――
「systemcode/G-NAv01:ev-d」
視界に、そう、文字が刻まれて。
”ギア”、アヴァランチは十年前の世界に来ていた。
正確に言えば、これは違う。だが、ある意味では正しい。
さあ、人類が滅亡する十年間を語ろう。
――それが、真実であれ、そうでなくても。
これは、正しく「史実」である。