Re:08 向日葵と太陽と
薄暗い体育倉庫、うちの学園には部活それぞれの用具をしまうスペースはなく、この場所にて用具の管理がされている。
だからか異なる部活同士で用具の貸し借りが頻繁に行われており、部活間での交流も盛んだ。
それは陸上部においても例外ではない。
「…なんか、緊張してきたな。」
棒高跳び用の大型マットに腰掛けながら、待ち人を待つ。
スマホが鳴る。
『いまからそっち行くね。』
短いメッセージは伊織からのもの。どうやらうまく誘えたようだ。
『良は急な腹痛で伊織と吉沢は付き添い、高橋先生には話つけてあるから、ゆっくり話して来いよ。ノートは取っとくから。』
こっちのは彰人、あいつは教師からのウケが良く、こういうときには誰よりも頼りになる。
『ボクもこのままサボっちゃおうかなぁ。』
『馬鹿言うな、おまえは戻ってこい。』
『(* ˃ ˄ ˂̥̥ *)』
『泣いてもダメです、もどってらっしゃい。』
『あんまりだよパパン。』
『誰がパパだ!良と違っておまえはヴァカなんだから授業受けとけって。』
『ぇぇ~…。めんどくさいなぁ。』
『伊織ちゃ~ん、この前の中間テスト、数学は何点でちたか~?』
『14点でちゅ☆』
『帰ってらっしゃい。』
彰人と伊織のやりとりを見ていたら緊張が薄れてゆく、ほんと頼りになる友人たちだよ。
そうこうしているうちに体育倉庫の重い扉が開いてゆく。
マットから起き上がり、射し込んでくる光、そのなかから吉沢まどかの姿を確認した。
「…よし。」
「ぇ…?あれ?新山?なんで?」
「れっつごードーン!」
「ふぎゃん!?」
「おっとと、こら伊織!」
「あとは若い二人でごゆっくり~。」
「えっ!?えぇ!?ちょっ、藤宮s」
吉沢の声が届くことはなく、無情にも体育倉庫の扉が閉まり、カチャリという音が響く。
全学年で全クラスで唯一、体育の授業のないこの時間ここには誰も来ない。
未だに何が起きているのか分からず、アワアワしている吉沢と向かい立った。
あとはただ、まっすぐにぶつかるだけ。
「に、新山?」
「急にこんなことになって悪い、でも吉沢とはどうしてもゆっくりキチンと話しがしたくて。」
「あ、うん…。」
「このまえのこと、なんだけどさ。」
告白まがいのこと、先ずは誤解させてしまったことについて話さなくてはならない。
「あの時、言いかたが」
「ごめんなさいっ!」
「へ?」
いきなり謝られたので思考が止まり、間抜けな声が漏れた。
「新山は、あたしが落ち込んでたから気を使って優しくしてくれたんだよねっ、なのにあたしってば勘違いしちゃって、勝手にひとりで盛り上がっちゃって、だから…。」
「待て待てそうじゃない、俺の話をだな。」
「新山があたしなんかを好きって言ってくれたのは嬉しかった、でも、あたしはほら、こんなんだからきっと新山とは」
「吉沢っ!」
「は、はい。」
「大きな声出しちゃってごめん、でも、俺の話を聞いてくれ。お願いだ。」
「うん…。」
捲し立てるように一気に吉沢の口から出てきた言葉を聞きたくなくて、俺は強引に遮った。
あのまま行けば、吉沢はまたあのときのように勝手に自分であきらめて去ってしまいそうだったから。
そうじゃないんだ、俺はおまえにそんな顔をさせるために此処に呼び出したわけじゃないんだ。
「吉沢は自分のことを『なんか』とか『ボッチ』とか言うけど、俺はそんなことはないと思う。」
「でも、あたしはさ」
「入学した時、伊織や彰人と違うクラスになって最初は不安だった。そんななか、おまえが話しかけてきてくれて嬉しかった。不安とか、緊張とか、そういうのが一気に晴れて、すごく助かった。」
「あ…。」
こちらの世界での吉沢まどかのことを、俺はよく知らない。
だからこそ、俺は彰人や伊織を頼ったのだ。
「吉沢は優しくて気が利くし、話すと楽しい、それは俺が断言できる。」
吉沢まどかを知るために、吉沢まどかに笑顔になってもらうために。
「ボッチなんて言うなよ、挨拶を交わして、馬鹿な話もし合ってさ、一緒に笑って、俺は吉沢とは友達だと思ってるぞ。」
これは俺の自分勝手、自己満足で押し付けで、嘘で塗り固めた欺瞞であるかもしれない。
「もし、今、吉沢が俺とは友達じゃないと思っているのなら、あらためて言わせて欲しいんだ。」
今日も今日とて世界はおかしい、女の人が男らしく、男の人が女らしい、俺からすれば何もかもがアベコベで、とんでもない状況だけど。
俺が、この子に心から笑って欲しいと、この子の支えになってやりたいと思うこの心に、嘘はない。
「吉沢まどかさん、俺と友達になってくれませんか?」
彼女の向日葵のような笑顔を隣で見ていたいから、俺は手を差し出した。
▼
あたしは、自分が周りからどう思われているのか、それを知るのが怖かった、自信がなかったし、勇気も持てなかった。
あの日、たまたま席が隣になった男の子が何故か気になって、退屈そうにしている彼に話しかけたのは、自分でも思いもよらなかったことで、本当に自然と身体が動いて、自然と話しかけていた。
彼と話すのは楽しくて、それからは話す機会も多くなって、多少なりとも自分にも自信が付いてきたような気がしていた。
ある日のこと、部活を終えて帰宅しようと倉庫の横を通ったときに、男の子たちの会話を偶然聞いてしまった。
『そういえばさ、一年に吉沢まどかっているじゃん?』
『あぁ、あの陸上部の?』
不意に聞こえてきた自分の名前に、足が止まる。
『あいつの胸、やっべぇよな?』
『あれな、牛かよっつーの。』
『たしかに、尻もでけぇから牛っぽいわ。』
『顔は悪くねぇんだけどな、あの胸と尻は無理だわぁ。』
『おっまえほんとひでぇ奴だなぁ!』
『おまえもだろーが。ギャハハハハ!』
なんてことはない会話、男の子同士のバカ話だ。
でもなぜだかあの子たちの言葉が鋭い棘のように突き刺さり、あたしは心のなかで前へ進もうとしたところを座り込んだ。
他人の目が怖い、他人にどう思われているのかが怖い。
「よ、吉沢、おはよう。」
「あ、うん。おはよ。新山。」
それでも彼に対してはそんな恐怖はなく、自然と話して笑い合えていた。
彼とは良い友人になれる気がする、いや、あたしは勝手にそのさきの関係になれれば良いなと思っている。
彼は優しくて、明るくて、温かい。
話し上手で聞いているだけでも楽しい、聞き上手で自分のことをもっと聞いてほしいと思えてしまう。
誰にでも気さくで、誰とでも仲良く出来る、まるで太陽のような男の子。
惚れるな、というほうが無理な話だ。
彼は自分にとって特別な人、他人が怖くとも彼ならば大丈夫。
でも彼は、彼の周囲は、あたしと接することをどう思うだろう、どのように捉えるだろう。
「そうだ、吉沢。LANE教えてくれよ。」
「え、あ、…ご、ごめん、あたしそのLANEとかそういうの苦手でさぁ!スマホもうまく扱えなくて、電話しかしないっていうか!」
そうだ、あたしは彼と話せるだけで恵まれているんだ。
これ以上を、なんて烏滸がましい。
彼にはもっと相応しい友人がいるし、恋人ならば尚のことだ。
知人以上、友達未満、それだけでも充分なことじゃないか。
自分のような暗い人間は、ひっそりと日陰で空を明るく照らす太陽を眺めていれば、それで良い。