Re:05 ショタからロリへ
『おい、押すなよ!絶対に押すなよぉっ!?…っ押せよ!そこは押してこいよ!』
テレビでは深夜帯でもないのに紐水着の女芸人が、熱湯に飛び込む度胸試しを面白おかしく行っている。
女芸人も元の世界では考えられない感じのアイドルフェイスで、おまけにナイスバディな人だった。
「…素晴らしいな。」
今日も今日とて、順調に世界はおかしい。
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「行ってきまーす!」
「待って待って、お弁当、忘れてるよ。」
「ありがとー!じゃあ、行ってくるね?」
「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「はぁい。」
いってらっしゃいのキスをする夫婦、そういえば、うちのご近所の新婚さん夫婦は大体いつもこんな感じだった。
ただ…。
「あ、おはよう。」
「おはよーございまーす。」
スーツを着込んで出勤したのは奥さんの方で、旦那さんは可愛らしい動物さんエプロンを付けて見送る側。
前の世界とは逆になった立場、こういう部分でも逆転現象が起きているのか。
さっきの新婚さんはまだ分かる、立場が変わっただけだから少し驚いた程度だった。
「いらっしゃいませー。」
いつも飲み物を買いに立ち寄るコンビニ、前の世界ではこの時間帯には白髪のおじさんが大体レジに立っていたが。
そこには人の良さそうなおばさんが。
「本日限りの大特価です!どうぞお試しください!」
通り掛かる家電量販店、店頭での商品紹介が名物なお店、そこには名物店長のお兄さんがいる筈なのだが。
そこには活発そうなお姉さんが立っていた。
「はーい、気をつけてねー。おはよー。」
横断歩道を渡る小学生の列を見守る、旗持ち当番のボランティアをするおじいさんはおばあさんに。
「ふむ。」
女性が中心の世界となったからか、本来男性であるはずの人物が女性に置き換えられている。
量販店の店頭紹介のお姉さんが付けていた名札は、俺の知る名物店長の名字だったし、コンビニのおばさんのもそうだった。
旗持ちおばあちゃんも、小学生に呼ばれた名前はおじいちゃんと同じ名字だった。
ここまでは、驚いたけれどなんとか受け入れられる範囲だ。
しかし、俺は後にこの逆転現象の本領を自らの身をもって味わうこととなるのであった。
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「うぅむ、女の人が多いなとは思っていたが…性別まで逆転しちまってるひとがいるとは思わなんだ…。」
唸りながら、校門を抜け、そのまま靴箱へ。
「おう、良。なんだよ今日も浮かない顔してんな?」
「あぁ彰人。いやまぁ、ちょっとな。」
「なんだよ、なんか悩みでもあんのか?」
「悩みっつーか…うぅむ。」
親友と合流し、俺たちの教室がある二階へと向かおうとしたときだった。
「りょーう、あきとー!おっはよー!」
「おわっ!?」
「おぉう、伊織か、いっつも言ってるだろ後ろから飛びついてくるのはやめろって。」
俺と彰人の間を割って入るような形で腕に飛びついてきたのは、藤宮 伊織。
俺よりも少し低い身長に細い身体、そして彰人とは違う方面で整った容姿。
こいつのアイドルフェイスは、前の世界では一部女子から凄まじいほどの人気があったほどだ。
ショタ王子、影でそんなふうに呼ばれていたことをこいつは知らない。
ソレに加えて、こいつは俺たちに対してボディタッチが多い。
幼馴染という間柄もあるのかもしれんが、それでも男同士なのにベタベタと懐いてくる。
そんなもんだから【新山×藤宮】だの【藤宮×葛城】だの裏で言われちゃうんだぞ。
俺は【受け】でも【攻め】でもありません!ノーマルです!
「ん?」
「どったの?良?」
「いや、なんでもねぇ…。」
「そぉ?」
「おい、早く行こうぜ。」
不意に感じた違和感。
いや、そんなまさか気のせいだろう。
前を歩く彰人の後に続き、俺達は階段を上がる。
「ちょっと、彰人ってば待ってよー。」
「だぁから、ひっつくなと言うに!はーなーれーろー!」
…待ってくれ。
「どさくさに紛れて腰を揉むな、この変態めがっ!」
「うふふ、良いではないか良いではないかー!」
伊織くん…?キミ、その、なんで…。
「伊織。」
「んにゃ?どーしたの良?」
違和感の正体、ソレに気づいてしまった俺の全身から、一気に血の気が引くような感覚が奔った。
「おまえ、スカート…?」
「ふぇ、うん。スカートがどうかしたの?」
「女でも恥じらいを持てって言いたいんだよ良は、なんだよおまえ、その短いスカートは。」
「だって、こっちのほうが動きやすいんだもん。べつに良いよパンツくらい見えたってさ。」
良くねぇわ!
まさか、そんな、なんとなく嫌な予感はしてたけど。
俺の知ってるやつが、しかも幼馴染で仲の良いやつが、本来は男なのに女になっちまってるだなんて!
ショタ王子様がロリ姫様にチェンジしちまってるよ!
腕に飛びついてきたときに、異常に柔らかい感触があったから、何かおかしいとは思ったけどさぁ!
伊織、おまえ、なんでおっぱいついてんだよ!?おまえ、なんでスカートなんて履いてるんだよ!?
「はぁ…。」
「おまえ、ほんとどうした?悩みがあるなら俺たちに言えって、親友だろ?俺らはさ。」
「そーだよ、水臭いよ良?」
うん、ありがとうな。
でも、この悩みはお前たちだけには絶対に言えないんだよ、絶対にな!
「まぁた難しい顔してるなぁ、ほれほれ、こちょこちょこちょ~!」
「ちょ、やめ、くすぐったいっつーの!伊織!てめ、このやろ!」
「やーん、暴力はんたーい!」
「待ておるぁっ!」
…まぁこいつが女になっていても、伊織がいつもの調子である限り、俺達の関係が変わることはないだろう。
俺と彰人と伊織、三人で騒いで馬鹿やって笑いあえる関係は。
俺たちは、出鱈目に変わっちまった、こんな世界でも変わらない。
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「おわっ。」
「ふぇ?」
ふにっという感触が手に触れる。
「ぁ。」
「わ、わりぃ!伊織!俺、その、今のは、わざとじゃねぇんだ!」
「良いよ良いよ、おっぱいくらい、なんならもうちょっとさわってみるぅ?」
「~っ!ばっかおまえ!触らねぇっつーの!ほら行こうぜ!彰人のやつも先に行っちまったしよ!」
「むふふ、りょーかーい。」
「…伊織さん?」
「なんでしょう?」
「なんでナチュラルに腕にひっつくのかなキミは。」
「ボクが、良の腕に、触りたい、からだ!」
「なに強調句風に言っちゃってるのあなたは、はなれろっつーの。」
あらがう伊織を引き剥がし、むくれているやつをおいてスタスタと早足で教室へと向かう。
そうでもしなければ和太鼓のようにドンドコと跳ねる心臓の音がバレそうで、恥ずかしくて紅潮した顔を見られそうで…。
やっべぇよ!伊織、あいつ、女になったらとんでもねぇ存在になっちまってるよ!
もとから人懐っこいやつだったけど、それでも男同士だったからなんとも思わなかった、むしろちょっとキモいわと思ったこともあった。
それが!性別が変わった途端!
なんだありゃあ!?魔性か!?あれが魔性ってやつなのか!?なんであんな可愛くなっちまってるんだあいつ!?
今日も今日とて、世界は順調におかしいのであった。