Re:03 誤解と邂逅
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『俺は大好きなんだっ!そんな吉沢まどかが!』
『―――っ!』
びっくりした。
クラスでも人気の高い男の子から、意外な言葉を聞いてしまったから。
新山 良。
笑顔が可愛くて、気が利いて、誰にでも気さくで明るくて、ノリが良い。
新山のまわりにはいつも誰かがいて、彼が笑うと周囲が明るくなる、まるで太陽のような男の子。
バレンタインのときなんて、新山狙いの女子同士でちょっとした争いが起こるくらい、モテる男の子だ。
そんな男の子から…。
『大好きなんだっ!まどかが!』
うひゃおぉっうぅ!?だだだ、大好きって!に、新山が、わわわたわたわたしの!?
あわわわわわ、あわわわわわ。
ぶしゅう。
そんな音が聞こえた気がした。
頭の中はパニックだ、顔も、いや、全身が熱い。
顔を伏せる、まともに彼の顔を見ることが出来ない、どうしよう、そんな言葉が頭を埋め尽くす。
「あ、あの、吉沢?」
心配そうな新山の声、その声を聞いてしまった私は…。
「わ、わたひ!いえが!ぶ、ぶかちゅで!と、とにかきゅ!ご、ごめんなさいっ!」
「あ、おい!吉沢!?」
逃げた。
部活でだってこんなに速く走ったこと無いってくらいに、全力疾走で逃げた。
逃げてしまったのだ、自分を好きだと言ってくれた男の子から。
こんな自分が恥ずかしい、明日から新山にどう接したら良いのかわかんないよっ。
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「…やっちまったかなぁ。」
いや、やっちまっただろ。
どう考えても、どこからどう見ても、俺のあの言動は…アレだ。
『俺は大好きなんだっ!そんな吉沢まどかが!』
告白、にしか聞こえねえよな。
なんてこった、吉沢を元気づけるどころか、余計な悩みの種を植え付けちまった。
「とにかく今は吉沢の誤解を解かなくちゃ、今から走って…いや、無理だな。もう校門出ようとしてるし、はぇぇなぁ…さすが陸上部だ。」
窓から覗けば物凄い勢いで校門を出る吉沢の姿が見えた。
凄えわ、リアルで土煙上げながら走る人類を初めて見た。
「しょうがねぇ、いったんはLANEで吉沢に一言…あれ?」
連絡先に一覧に吉沢まどかの名前が、無い。
「え、嘘だろ?だって昨日までは…あ゛。」
そうだよ、昨日と今日は違うんだったよ。
まさかこういう細かい部分にまで違いがあるとは思わなんだ。
つまりはあれか、俺と吉沢は前の世界での友人関係ではなく、ちょっと親しい顔見知り程度の仲ってことか。
そんな女の子に俺は告白まがいのことを…。
「やっべぇなぁ…。」
明日からどんな顔して吉沢に会えば良いんだよ、俺は。
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「はぁ…さすがに、この距離を、徒歩は、し、しんどいな…!」
学園を出たのが5時前で、今は…うっわ6時過ぎちゃってるよ。
1時間近く歩きっぱなしってのは流石にしんどいな、空もすっかり暗くなってきた。
いつもはバスに揺られて行き帰りしてたから、そんなふうには感じなかったけど。
俺の家から学園って結構な距離があるんだな。
とはいえ、ようやく家の近くまで来れた、あとは此処のアーケードをショートカットすれば一気にマンションの前まで行けるぞ。
ここって夜は一気に人気が無くなって不気味になるんだよな、子供の頃はそんな雰囲気が少し苦手だったっけ。
人攫いが出るぞーって爺ちゃんに脅されたっけか?
「ねぇねぇ、キミ。」
「え?」
昔のことを思い出しながら、薄暗くなったアーケードを進む俺を阻む人影がひとつ。
「あたしら、いまから遊びいこーと思っててさ、よかったらキミも一緒にどうかなぁ?」
「いえ、俺は、ちょっと…。」
うっわ。
派手な銀髪に水色のカラーコンタクト、露出した両肩に刺青、口端には銀のピアス。
いかにもって感じの女の人が、俺の前に立ちふさがってきた。
「いいじゃん、いこーよ、たのしいとこ連れてってあげっからさぁ。」
「やば、この子イケてんじゃん、…最初、もらって良い?」
「はぁ?ざっけんな、つぎはウチっつったろが。」
いつの間にか後ろにも二人、前に立つ人と同じような髪色のロングツインテの小柄な女の人と、赤髪のロングヘアで顔に刺青の入った女の人が立っている。
囲まれた…?
「あの、俺、急ぎますんで。」
「んなつれないこと言わないでさぁ、一緒にいこーよ、ね?」
「イこうの間違いじゃね?」
「まぁ間違っちゃねぇけどさぁ~。」
肩を組まれ、腕を掴まれる。
ゲッ、なんだこの人達、力強っ!?
こんな細腕のどこにこんな力が、こっちじゃ女の人の腕力も強くなってるのか!?
「お、俺、ほんとに、はやく帰らなくちゃいけないんで、すみません。」
「ちっ、そういうのもう良いから、ほら、行こうって。サキ、リエ、連れてくから、後ろ。」
「はぁい。」
「りょーかい。」
「いい加減にしなよ、その子、嫌がってるだろ?」
「あぁん?」
無理矢理に腕を引っ張られた、次の瞬間だった。
俺を掴んでいた女の人の腕を、誰かの声が引き止めた。
目を向ければ、そこ立っていたのは風に流れる金色の金糸、思わず見入ってしまうほどキレイな長髪の女性がゆっくりとこっちに近づいて来ていた。
俺よりも頭一つ分くらい高い身長、腰元まで伸びた金色の髪、透き通るように澄んだ綺麗な蒼色の瞳。
まるで良く出来た人形のような、美しいという言葉以外に例えようのない美女が、目の前にいる。
「なんだてめぇ、あたしら、いまこの子と大事な話、してんのよ、部外者はすっこんでろって。」
「大事な話だ?そうは見えなかったがなぁ?」
「ねぇ、こいつ、ウザくない?…やっちゃう?」
「…だね。おい、こら、かっこつけてんじゃ」
赤髪の女が金髪の女性の肩を掴んだ瞬間、ふわっと赤髪の女の身体が宙を舞った。
「汚え手で、気安く触るんじゃねぇよ。」
「こ、この!ふぇ!?んぎゃん!!」
続いて殴りかかったツインテールの手首を掴むと、クルリと一回転、そのまま背中から地面に叩きつけられるツインテール。
「すっげぇ…。」
合気道っていうのかなアレ、殴るでも蹴るでもない投げるとも違う、払うという表現がしっくりくる早業。
全然力が入ってないように見えるのに軽々と人が倒された。
「ちっ、おい。」
「っ、…ボクシングか。」
うっわ綺麗なワンツー、あれは俺でもわかる、ボクシングの動きだ。
俺の腕を離した銀髪の女が、トッと一踏みで金髪の女性の眼前まで近づくと左、右と速いコンビネーションを放ったのだ。
たったそれだけの動きだったけど、明らかに素人との動きじゃない、…この世界の女の人、強すぎません?
左を手で払い、右を腕で受けた金髪の女性、銀髪の女が両腕を高く構えると同時に、彼女も両の腕を胸元の高さまで構え、腰を落とした。
「…あれでもダチでね、ダチをかわいがってくれた礼は、受けてもらうよっ。」
「礼なんていらねぇっつーの。」
「遠慮すんな、よっ!」
銀髪の女が仕掛けた、左のジャブからステップインして右のアッパーカット、金髪の女性が身体を翻して下からの一撃を避け、そのまま銀髪の眼前まで迫る。
「おとなしく寝てろ。」
「なっ!?…ぁんちゃって。」
金髪の女性の掌打が銀髪の女に迫る、今にも銀髪の顎を捉える、その刹那、銀髪の女が肩の位置をクルッと入れ替えた。
スイッチ、右利きの構えから左利きの構えへと切り替えた、掌打は空を打ち、流れた身体に合わせるように銀髪の女の左拳が放たれる。
「寝るのはてめぇだ。」
「っ、どう、かなっ!」
「ぐはっ、な、て、てめぇ…!」
迫る左拳を無理やり差し入れた左手の甲で受け、そのまま腹部に膝をねじ込んだ。
腹を抑えながら倒れる銀髪の女、それには目もくれず、金髪の女性が俺のもとへと歩み寄ってくる。
「っ。」
一瞬、身構えた俺の横を何事もなかったかのように通り過ぎた。
「あ、あの!」
「うん?」
思わず、その背中を呼び止めた。
そうだ、このひとは俺を助けてくれたんだ、ちゃんとお礼を言わないと駄目だ。
「助けてくださって、ありがとうございました!」
「ん。」
背中を向けたまま、左手だけをあげ、短く言葉を返す彼女。
俺はその背中に急いで駆け寄ると、彼女の左手を気をつけながら掴んだ。
「おぉう?」
「あの、怪我…。」
彼女の左手の甲は皮が擦り剥け、その箇所からは少量ではあるが出血していた。
「あの、俺の家、来ませんか?近いので。」
「は、はぁっ!?」
俺を助けるために怪我をしてしまったのだから、家まで行けば救急箱もあるし、ちゃんと治療しなくちゃ。
こんなに綺麗な人の身体に、傷跡が残ったりするのは嫌だった。