Re:13 変化
はやいもので、俺がこちらの世界に来てから季節がひとつ過ぎ、俺の周囲の環境も当初とは少しだけ変化していた。
「だぁ…やっと苦痛の時が終わったぁ…。」
四時限目が終わり、時刻は昼どきを示している。
同じ学生諸君ならわかってくれると思うが、この昼前の授業こそ一日で最も長いものであると思う。
空腹と退屈によってジリジリと嬲り殺しにされるような感覚の中、ましてやそれが自分にとって一番苦手な科目の授業中だとしたら?
寝れば良い?
馬鹿野郎!寝るとチョークが飛んでくるんだぞ!しかも確実必中に当ててくるんだぞ!
うちの数学教師はスナイパーかなにかかな?
兎にも角にも俺は退屈な授業を終えた、さぁ今から楽しい時間が始まる。
「飯の時間だぁぁぁぁぁっ!彰人、伊織、吉沢、行こうぜ!」
「おうさー、さて今日は何食うかなぁ。」
「彰人はどうせメロンパンでしょ、それしか食べないくせにいっつも迷うんだから。」
「あたしは何にしようかな、ねぇ新山は何にするの?」
変化その①、これまで三人一組で食ってた飯の時間が四人一組に変わった。
俺、彰人、伊織、そして吉沢まどかを加えた四人で机をくっつけて食べるようになった。
最初の頃は遠慮していた吉沢だが、最近はすっかり打ち解け、彰人とも伊織ともとても順調な友人関係を築いていると見ていて思う。
今の吉沢まどかを見て、誰もボッチだとは思わないだろう。
だが少し気になることがある。
「伊織ってば、がっつき過ぎだよ。もう少しゆっくり食べないと喉詰めちゃうよ?」
「ほんなこふぉっ、ぅぐっ!」
「あ~ぁ、言わんこっちゃねぇ、ほれ伊織、茶飲め。」
「~っ!あっつ!?あっついよ!?これホットじゃん!彰人!」
「冷え性なんだよなぁ、俺。」
「彰人くんさっき、やべ、間違えた。とか言ってた気がするけど?」
「聞いてたのかよ吉沢。」
「あたし耳は良いんだよね~。」
「…あたまは悪いけどね、ププッ。」
「伊織?今なんか言った?」
「ぶえっつにぃ~?なぁにも言ってないよぉ~?」
「その顔がムカついたっ!」
「ふみゅっ!はなをつまむなっ、こんにゃろ!」
「…食事中だぞお前ら。」
「「ごめんなさいパパ。」」
「だれがパパだ!?」
「な、なぁ吉沢?」
「ん、なぁに新山?」
これだ、伊織のことも彰人のことも名前で呼んでいるのに、俺は未だに名字でしか呼ばれない。
いつか本人にも聞いてみたことがあるが、「なんか恥ずかしくて」と言っていたが。
吉沢にも吉沢にしか分からない事情があるだろうから、無理に名前で呼べとは言えないが。
それでもなんとなくこう、寂しいというか、疎外感というか…。
「な、なぁ、ままま、まど、か。」
「ふぅぇっ!?」
やきそばパンが宙を舞った。
「キャッチ!」
「ナイス伊織!」
「んまんま。」
「おまえが食うんかぁい!」
「ににに、にいやまってば、どどど、どうしたの、き、きゅうにぃ!」
「いや、そのなんとなく、呼びたくなって…。」
時々こうやって俺から吉沢のことを名前で呼んでみれば、今のように吉沢はテンパってしまう。
顔が真っ赤だ、もにゅもにゅとなにかを言っている、正直可愛い、撫でくりまわしたい。
嫌がっていないのはわかる。
でも名前を呼ぶ度にこう、照れられてはなぁ。いつかは慣れてくれるのかな?
ゆくゆくはお互いに名前で呼びあうような関係になりたいと、俺はおもっているんだけど。
「まどか。」
「ぁぅ、その、り、りょ」
「あむっ!」
「ちょ伊織っ!?」
俺と吉沢の間に割って入り、俺のツナサンドを貪り食う伊織、まるで餌に飛びつく子犬のようだ。
「おまっ!?それは俺の指だっつーの!食うな!かじるな!」
「らふほふぇふぉふぁふぉうふぉ、ふぁんふぃふぁ!」
「何喋ってるのかわっかんねぇっつーの!日本語喋れ!」
「…あ、あはは…。」
「あいででででっ!伊織、てめ、こんにゃろ!」
「がるるるぅ!」
「いやぁ平和だなぁ。」
「そ、そーだねぇー。」
「おまえら、和んでねぇで助けろぉっ!」
まぁこれはこれで良いのかもしれない、俺達は誰が見ても友人関係で、こうやって馬鹿騒ぎが出来る関係を築けているのだから。
▼
「あぅっ!」
顔に投げつけられる、コロッケパン。
「ちょっと羽野さぁ、あたしはカツサンド買ってきてって頼んだんだけど、聞こえてなかった?」
「あの、売り切れちゃってて…。」
「はぁ!?なにそれ!?ったくパンもまともに買ってこれねぇのかよ。」
「ほんとトロいよね、羽野ってさぁ。」
「まぁうさぎちゃんだからねぇ、しょうがないって。」
校舎裏、昼食時には誰も寄り付かない薄暗がりのなかに、人影が四つ。
小さな身体を取り囲むように三人の女生徒が立ち、口々に下品な言葉を小さな彼女にぶつける。
「なにその顔?なんか文句でもあんの?あるなら言ってみなよっ!?えぇ、こらぁっ!?」
「っ!も、もんくなんて、ないよ…。」
「ミーナやめなよ、羽野が文句言うわけ無いじゃん、あたしらこうやって仲良くしてあげてるんだから。…ねぇ羽野?」
「…うん。」
「むしろ感謝してほしいくらいだよねぇ、部活で居場所がないあんたをあたしらが拾ってあげたんだからさぁ。」
「そーそー、風見っていう味方がいなくなって、他の先輩から目ぇつけられそうになって、ほんと可哀想だったもんねぇ。」
「先輩…。」
「ってか風見も馬鹿だよねぇ、黒田が過剰に羽野に指導してたのも、レギュラーから外してたのも、他の奴らからの目があったからだってのに。」
「めっちゃ熱くなってたよね、ウケたわ。」
「まさかあんな暴れるなんてねぇ、愛されてたねぇ羽野?」
「先輩は、馬鹿なんかじゃ、」
「あ?なんか言った?ねぇ?今、なんか言ったよね?はっきり言えよ!聞こえねぇんだよ!」
平手打ちを受け、羽野うさぎの左頬に赤い痕が浮かぶ。
「ミーナ、顔はやめなって。」
「っち、わかってるよ。立ちなよ羽野、…っふん先輩先輩って馬鹿じゃないのあんた?」
「あぐっ、」
ガシッと羽野うさぎの右腕を掴み、ギリギリと力が込められてゆく。
「いたっ、」
「あいつはもうあんたを助けてくれないんだよ?…わかる?わかってんかよ、なぁ!?」
羽野の腹部に拳がめり込む、一瞬彼女の息が止まるが、それでも彼女たちは羽野うさぎが倒れるのを許さない。
「ねぇ羽野、あんたもあんたでさぁ、ちょっとはやり返してきなよ?女らしくない、そんなんだからこうやって、虐められちゃうんだよ?」
「わたし、は…。」
「聞こえないっつーのっ!」
「キャハハッ、おっもしろっ、マジウケる!」
『ごめん、約束、破っちゃったね。ごめん羽野。』
誓ったから、約束したから、呟いた羽野うさぎの言葉は、誰の耳にも届かない。
酷く冷たい、鈍く重い音と乾いた音だけが、校舎裏の薄暗がりに響き続ける。