Re:12 想いに応えるということ
「ちょっとベタベタしすぎなんじゃないかなぁっ!」
「ちょ、吉沢ちゃん、バレるっ、バレちゃうって!」
「さすがはビチ川さん、やるなぁ。」
「木城さんも感心してないで止めて!」
「え~無理だよ~良いじゃん野に放っちゃいなよ田中ちゃん。きっと楽しいことになるから。」
「あたしは佐藤だって何回言ったらわかるのさ!」
「佐藤も田中もおんなじだって。」
「違うわっ!?」
たまたま同じ組になったクラスメートの木城 初音さん、そして佐藤 香子さん。
木城さんの提案で、桜川さんたちの後をつける形で河原まで来たんだけど。
何なのあれは!?
桜川さんってばめっちゃベタベタしてるし!新山も鼻の下伸ばしちゃってるし!
おいこら待てや!サンドウィッチあーん、はあたしがやってあげる(予定)んじゃ!
あたしだってお弁当作って来たのに!料理は苦手だけど頑張ったんだぞ!
「お、イケるね、この玉子焼き。」
「あ、ほんとうだね。男の子受けしそうな、ほんのり甘い薄味。」
「なに食ってんだよぉっ!?それはあたしが新山に」
「ほれ吉沢さんも食べて食べて、これうちのおとんお手製の唐揚げ。」
「なにこれすごい美味しい。」
「でしょ~?木城家のコックは優秀なのだよ。」
「わたしにもちょーだい!…うわ、なにこれすごい美味しい。」
隠し味は味噌かな?香ばしい香りが口の中いっぱいに広がって、ジューシーさを際立たせて…ってそうじゃないでしょ!?
「あ、なんかチューするっぽくない?」
「ふぉぉぉっ、いくの?いっちゃうの桜川さん!?」
「チューだとぅっ!?」
そんな狼藉、目の前でされてたまるもんか!
「おぉ。」
「ちょ、吉沢さん!?」
迷うこと無くあたしは繁みの中から飛び出した。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
は?
飛び出した先、あたしの直ぐ隣には滝のように汗を流す藤宮さんの姿があった。
「吉沢、さん?」
「ふ、藤宮、さん?」
ナズェココニイルンディス!?
どうして藤宮さんが此処に?いや、気にはなるが、今はそんなことよりも新山と桜川さんだ!
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自分の全神経を研ぎ澄まし、良の痕跡を追った結果、辿り着いたのは学園から少し離れた河原。
わかりやすいことに、桜川さんと同じグループだった子が河原の入り口付近で暇そうにしていた。
危険だとは思いつつもコンタクトを図り、秘蔵の彰人腹筋コレクション画像で買収。
迅速的にボクはふたりの居場所を聞き出したのだった。
「っ、見つけた!」
あれは良の背中!いっつもひっついてたから間違える筈もない!
「り…」
呼びかけようとした時、ボクに戦慄が奔る。
良の真正面、すぐ近く、それこそ口と口が触れそうになるほどの距離に、桜川さくらの姿。
おい待てこらビッチ!その口はボクの(予定)なんだぞ!?ふっざけんなよ、目の間でキスなんてさせてたまるかぁっ!
全速力を維持したままでボクは繁みの中飛び出した。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
飛び出した先、ボクの隣には凄い形相の吉沢まどかが立っていた。
「吉沢、さん?」
「ふ、藤宮、さん?」
おのれ吉沢まどか!なぜキミが此処にいるんだ!?
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「言ったっしょ?ずっと狙ってたって…さ☆」
「桜川、俺は…。」
猫のような可愛い桜川の顔が直ぐ近くまで迫ってくる。
こんな可愛い子から告白されて、迫られて、男からすれば夢でも見てるんじゃないかと疑いたくなる状況だ。
…でも。
俺はここで桜川さくらの好意に応えることは出来ない。
だって桜川が惚れたという俺は、今、こうして彼女と向かい合っている俺じゃない。
俺は俺だ、新山 良という存在に違いはない、だけどこういうことは、こういうことだけはそう簡単に割り切って良い問題じゃない。
俺は桜川さくらという人間をよく知らない、前の世界の桜川さくらとは挨拶を交わす程度だったし、こちらに来てからも軽口を言い合う程度だった。
彼女の俺に対する好意は素直なもので凄く嬉しい、嬉しいけど、そうじゃない。
出鱈目な世界、異常な男女比、男子のように軽い貞操観念の女の子、女子のような男の子、何もかもが今まで生きてきた環境とは異なる世界…。
それでも人を好きになるということ、女の子と愛を語らうっていうのは、こんなふうに流されてすることじゃない。
「新山…?」
「ごめん、桜川、俺っ!」
桜川の肩を手でおさえ、触れる直前の距離で彼女のキスを拒んだ。
そんな時だった。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
「うるせっ」
聞き覚えのある、ふたつの声が辺り一面に響き渡ったのは。
びっくりして目を向ければそこには、息を切らせた藤宮 伊織と吉沢 まどかの姿があった。
ふたりはお互いに驚いた表情で互いを見て、なにやら言葉を交わしている。
なにしてるの、きみたちは?
「はぁ、邪魔されちゃったね、新山。」
「桜川、あのな、俺っ。」
言葉を紡ごうとして、唇に人差し指で封をされた。
「いいよ、今は何も言わないでも、ね☆」
「桜川…。」
一瞬、寂しそうに笑い、次の瞬間には普段どおりの無邪気な桜川さくらの表情に戻った。
「なーんかお絵描きも飽きちゃったなー☆他のクラスの男の子誘って遊びに行こーっと☆」
「おまえなぁ…。」
んじゃね、と手を振り立ち去る桜川の背中を、俺は見送ることしか出来なかった。
「ちょ、藤宮さん、進めないってばぁっ!」
「吉沢さんこそ、邪魔、しないでよねっ!」
吉沢と伊織は二人三脚のように組み合いながら、こちらへと向かってきている。
ほんと、なにしに来たのきみたち?
離れれば良いじゃない、どうしてそんなにおバカなの?
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「ふぅ。」
グループの子たちには遊びに行くと伝え、ひとりで校舎に戻ってきた。
それなりに自信はあった、雰囲気も良い感じだったし、感触だって悪くなかったと思う。
『ごめん、桜川、俺っ!』
でも、新山の心には響かなかった、のかもしれない。
押せばイケると思ってた、でもそれは甘い考えだったみたい。
新山はやっぱり身持ちの堅い男の子みたいだ、キスを拒まれたのはショックだけど、それでもどこか少し安心した部分もある。
邪魔されてよかったかもしれない、あのままだったらきっと辛いって気持ちで胸が張り裂けてしまっていたかもしれない。
キスは拒まれた、だけど、フラれたわけじゃないから。
あたしは、いや、ウチは、狙った獲物は逃さない桜川 さくら。
はっきりと新山から断られない限り、まだウチにもチャンスはあるはず。
「負けないかんね。」
藤宮 伊織、そして吉沢 まどか。
あのふたりには、絶対に負けてやるもんか。
バン、とウチは見上げた青空に向けて決意の銃弾を撃ち放った。