Re:11 伏兵
時刻は昼時、ここは学園から少し離れた場所にある河原。
どうせ描くなら自然風景のほうが良くない?☆という桜川の意を汲み、ここにやってきた俺達は各々作品を描く…訳もなく。
「はぁい新山ぁ、さくらちゃんお手製のサンドウィッチをどーぞ☆」
「いや、自分で食えるから。」
首に組み付かれ、足を絡ませられながらの昼食。
どういう昼食だ!
人気につきにくいこの場所を選んだのはコレが狙いだったんじゃないか、と思う桜川のスキンシップ。
こいつがビッチ(この世界では褒め言葉)と言われるが所以がわかったような気がする。
なんなの本当にもぅ!腕を組むから始まって胸を擦り付けたり耳に息を吹きかけてきたり、いや、まぁ俺も男だし?嫌なわけじゃないけど、でもさ、もっとこう節度ってものがあるんじゃないかな!?
あと顔が近い!
他の連中はどうやら見張り役のようで、俺達の周囲を警戒するように布陣を敷いている。
「ウチね、新山のことずっと狙ってたんだぁ☆」
「狙っ!?はぁっ!?」
この状況で急にそんなこと言うかよ!?
「ほら、ウチってば見た目が派手じゃん?だから敵も多くてさ、陰口言われるのもしょっちゅうで。身に覚えのない噂とか流されたりとかさ。」
まぁこうも目立つやつならそういうのもあるだろう、有名税、というやつだろうか。
「一年生の終わりだったかなぁ、放課後に隣のクラスの女子たちが話してるのが偶然聞こえてきてさ、まぁウチの悪口だったんだけどね。」
「…おう。」
どこの世界にもこういう話はあるもんだ、人のいないところで好き勝手言いたい放題、良い気分はしないが人間関係を構築するには他人の悪口を共有する、という行為は比較的ラクな方法だったりもする。
「あぁまた言われてるわ、って思って少しオチてたんだ、でもそんなときにね、男の子の声が聞こえたの。」
「男の子…?」
「新山 良って子の声がね。」
「俺ぇっ!?」
まったく身に覚えがない、いやそりゃぁ一年の頃の話だから、俺がこの世界に来る前のことで、身に覚えがないのは当たり前のことだが…。
「『そういうこと、あまり言わないほうが良いぞ、陰口って言うほうも良い印象持たれないし、言われた側もショックだし、損しかしないから』って。馬鹿みたいに真っ直ぐで笑っちゃったんだよね。」
「俺がそんなことを…?」
愛想の良い新山だから言えたんだね、とクスりと笑う桜川。
「嬉しかったなぁ、【あたし】のことなんて全然知らない子なのに、まぁ新山はそんなつもりはなかっただろうけど、庇ってもらったっていうか、擁護してもらったっていうの?…なんか助けてもらった気がしてさぁ。」
「桜川…。」
いつもの人をからかうときのような悪戯な笑顔ではない、優しく微笑む彼女に、俺は見惚れてしまった。
「ねぇ、新山、ウチと付き合ってよ。…今までこんな気持になったことない、マジだからね、ウチ。」
「っ。おま、今、何をっ、」
頬に触れた柔らかい感触、それは桜川さくらの唇のもので、自分の顔がまるで火にかけられたヤカンのように急速に熱を上げてゆくのがわかる。
「言ったっしょ?ずっと狙ってたって…さ☆」
「桜川、俺は…。」
頬に触れる桜川の手、子猫のような瞳に吸い込まれるように、俺と桜川の距離が縮んでゆく。
▼
「藤宮さんってさぁ、新山くんとどうなのぉ?」
「え?どうってなにが?」
校庭の端っこで絵を描いていたボクたち、適当な駄弁りから意外な話題が投げ込まれてきた。
ゆったりとした口調でボクに話題をふってきたのは、同じクラスで仲の良い加瀬さん。
「いや、ふたりって幼馴染なんでしょ?幼稚園から一緒って聞いたよぉ?」
「まぁ、うん、一応ね。」
まぁいつも自分なりにアピールはしてるし、周りの人達にそう思われてるっていうのは、正直なところしてやった感はある。
「幼馴染ってだけで特別こう、なにかあるとかじゃないよ?」
「ほんとにぃ?」
今は、ね。
今に至るまでのアピールの効果が出ているのか、最近の良はボクを女として意識してくれていると感じる。
このまま攻め続ければ…。
「ほんとだよ、ボクたちってほら、男女の隔たりがないっていうか、友情の絆で結ばれてる的な?」
「なにそれ怪しい。」
良や彰人との友情を保ったまま、自分の恋を成就する、それはボクの中で実に難しいことだった。
友情と愛情は異なるもの、それはわかっていたが、それでも気持ちを分けるというのは難しい。
ボクにとって彰人と良は親友、大切な人だ。
代わりなんていないし、きっとずっとこの友情は続いていくと信じている。
だからこそ、ボクが良と結ばれることで三人の関係が壊れたり、歪な形になるのは避けたかった。
きっと彰人はボクの想いに気づいてるはずだ、あえて何も言ってこないのは彰人らしさ、ボクの思うとおりにしろ、ってとこなのかな。
本当は卒業を待って告白するつもりだったけど、吉沢さんのこともあるし、少し予定を早めて…。
「あの、さ。ちょっと良いかな?」
「なぁにメグ。」
ボクと加瀬さんの話に申し訳なさそうに入ってきたのは、メグの愛称で呼ばれている双葉さん、下の名前が恵だからメグと呼ばれている。
「ほんとはこういうの黙ってたほうが良いんだろうけど、さっき教室出るときに聞いちゃってさ…。」
「なにを?」
「さくらちゃんがね、今日、新山くんに告るって。」
「なっ…!?」
桜川さくら、おまえもか!?
とんでもないところから現れた伏兵、しかも今にも本陣に攻め入ろうとしている脅威に、ボクの脳内は真っ白にそして忙しなく思考が駆け巡る。
桜川さくらは危険だ。
同じ女として彼女は脅威が以外の何者でもなく、ボクに勝てる要素が見当たらないモテ女。
天性のビッチ故に、まさかそんな良に対して好意があったなんて思ってもみなかった。
こうしてはいられない、ふたりを探し出さなければ…!
「ちょ、藤宮さん!どこ行くのぉ!?」
背後から聞こえるクラスメートの声を無視し、ボクは全力疾走で良のもとへと急ぐ。
「えぇい…、冗談ではないっ!」
いつもの三倍は速く走れているだろう速度で、ボクは校庭を抜け、桜川さん達が向かっていった方向へと向かう。
良、どうか無事で!
清い身体のままでいてね!




