1、光明教団
なぜこんな社会になってしまったのか。
拝金、拝物思想では絶対に抜け出る事のできな現代。
世界中の宗教で伝わる物質文明の終焉、ハルマゲドン、審判の日、地上天国、みろくの世は本当に来るのか?
2000年前、神を棄て、悪魔の支配化に下った人類・・・。神や宇宙、大自然の意志を「認識」しない限り、明るい人類の未来はない・・・。
言葉には魂、神が宿り、絶大なる霊的かつ物質的な影響力がある――。
特に古の日本人は48音声(75音声)一つ一つが神そのものであると信じ、善言を敬い、悪言を恐れ、戒めた。
これは霊性を失い、魔道地獄へ落ち行かんとする多くの文明人類と、その中からほんの一部、本来の霊性を回復し、生き残り、新しき世を造る人々の物語。
「そーかー。じゃぁ祖霊祭って大事なんだな…。」
長身の金髪の男「尚宏」が言った。・・・・19歳。ロック音楽が大好きな未成年である。四国出身のギター小僧、同い年の「真也」と6畳ひとまの小さなボロアパートで(家賃1万円♪)、いつものようにだべっていた。外は雨が降っている。
1986年、東京都杉並区。バブルの絶頂期を迎えようとしていた頃である。ボン・ジョビの3枚目のアルバムが出されたばかりで、まだ彼等が「ちょっとだけ評価されてる新人マイナー・ハードロックバンド」の域を出てない頃である。ちなみにこの3枚目のアルバムの爆発的大ヒットにより、ボン・ジョビの名前は世界中に広まることになる。ギター小僧の真也は、このアルバムにはまりまくっていた。
「どーもこの本によるとそうみたいやな。」
およそボンジョビとは関係無さそうなその本を、尚宏に手渡しながら真也は言った。本のタイトルを見ると、「不幸の因は祖霊からのメッセージ」と書いてある。
最近「手かざし」とかで勢力を拡大している某宗教の宣伝本のようだ。
「西洋医学の病院に行っても治らなかった病気が先祖供養と、手かざしで良くなった。」
と言うような体験談がいくつも集められて載っていた。
「ガンのほとんどは先祖供養をおろそかにした結果である。身内の者からガン患者を出した家は余程、反省すべきである。」
その本を真也が読み上げる。真也の母がその教団の信者さんらしい。遠く離れた息子の幸せを願い(?)、送ってきた本だ。
尚宏「げげーっ。俺のじーさん、どっかのガンで死んだって親父が言いってた。ヤッベェじゃん!」
真也「おまえ、こういうのすぐに真に受けんのな。いい奴っちゃなー。金髪のクセに。よくだまされるやろ?」
尚宏「………………。でももし本当だったらヤバイじゃん。ちょっと、その教団の支部がE町にあるっつーんなら行ってみようぜ。」
真也「俺のお袋喜ぶわー。みんなお前みたいやと。」
金髪「…………………。明日暇だし、行ってみよう。その教団へ。」
真也「まぁいいか。ほな行ってみようか。」
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「こんにちはー。」10畳ほどの部屋で、数名が「手かざし」をしながら、元気に挨拶をしてきた。二人一組で正座で向かい合って、受ける側は胸の前で合掌、手をかざす側は片手で相手の額や、背中、調子の悪そうなところへ、身体から数センチ離してかざしていく。
最近でこそ、手のひらから、目には見えないが色々なモノ(磁力や極微電力や赤外線等々。)が放射されている事が、科学で証明されつつあるが、まだその当時は手のひらをかざして病気を治す云々と言っても、どうしてもキワモノの扱いの領域を出ていなかった。それを大きな明るい部屋で、暖かい雰囲気の中、みんながやっている・・・・・。
(こんなにさわやかに挨拶される事もめったにないな・・・。)殺伐とした都会の中ではなかなか感じられる事のない、暖かい空間に、緊張しながらもどこかで安堵感を覚える尚宏・・・。
「こんにちはー。初めてですか?よかったらうけられませんか?体調の不安とかありませんか?楽になるってみなさん言われますよー。」
モデルさんのようなきれいな女性が声をかけてきた。ほとんどみんな私服なので、誰が宗教の人で、誰が来訪者なのか全く区別が付かない。人生長く生きれば、騙されちゃいけないとか、あやしいとか、いろいろ思えるようになるんだろうけど、20才目前の「エネルギーのかたまり」には、そんな穿った考えは出てこない。まして声の相手は美しい人だ。尚宏と真也に断る余地のあるはずもなかった。
周囲の人と同じように、まず正座をして、まず額に手をかざしてもらい、次に後頭部、さらにうつぶせになり背中、内蔵周辺にも手をかざす。全部で20分ほどかかっただろうか、いや、もっと時間は過ぎてたかもしれない。
いつの時でも心地よい時間というのはあっという間に過ぎて行く。対して押しつけられる仕事中はなかなか時間が進まない。学校での授業中、お父さんの仕事中の時間経過、しかりである。
「ふーん。手をかざすだけでこんなに暖かい、いい感じになるんですね。」
マッサージをしてもらった後のような、深い眠りから覚めた時のような、もっと寝ていたい「けだるさ」と安堵感をひきずりながら、尚宏は口を開いた。
「はじめに唱えてた呪文みたいのは何ですか?」
「はい。あれはノリトです。」
「ノリト?」
「神様から伝わる、場や、人、空間を浄化する言葉です。『祝詩』と書いて『のりと』と読みます。」
「神様ねぇ・・・。」
バブル全盛、物質文明も最高潮のこの御時世に「神」を意識することなどほとんどなく育ってきた尚宏にとって、「神」と言われても今ひとつ、ふたつ、ピンと来ない。育った家も仏壇があるくらいで、何宗とか聞いたこともないし、仏壇があるから仏教なんだろうと漠然と思っていた程度だ。
ただ「霊」に関しては人並みな興味は示していた。悪霊がたたりをなすとか、守護霊が守ってくれるとかは、小学校の段階で、つのだじろう先生の「恐怖新聞」「後ろの百太郎」で勉強ずみだった。
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光明教団を50ccの2ケツ(二人乗り、法令違反。)で後にしながら、二人は会話する。
「どうだった?俺はかなりいい感じだったんだけど。」
「おう。悪くはないな。通うほどでもないけど。」ドライな真也に対して尚宏は
「いや、神とか霊とか知りたいし、俺はちょっと通ってみようかな。おね―さんも美人だったし・・・。」
「確かにべっぴんやったな。」
都会の渋滞の道路を、2ケツの原付で車の合間をすり抜けながら、ボロアパートへ向う。おまわりと出くわさない事を「神」に祈りながら・・・。