72、これからの動き、妙な動き。
これはフィクションです。
「もう! なんでこう居ない間にスンスン進んでいくのよ!」
「何でと言われましても……」
尾根江のヒステリーに、ヨイチは困った顔で応対していた。ミロクは「スンスンって何だろう?」と首を傾げ、シジュはうるさそうに顔をしかめている。
いつもの事務所会議室ではなく、都心にあるホテルのスイートルームにミロク達は呼ばれていた。
尾根江の移動が目立つというのもあるが、最近は344(ミヨシ)の名が売れ始めたせいか、如月事務所近辺の目がうるさくなってきたからだ。
「んで、俺ら何か悪いことした?」
「悪くはないけどやり過ぎよ」
「でも、俺たちから動いてないですよ?」
「アンタ達のところのサイバーチームが、よ!」
ああ……と、ミロク達は納得した。
彼らの独自のルートで着々と344(ミヨシ)が広まっていったのは事実だ。
しかも彼らは、雇い主のヨイチを『救世の主』『伝説のアイドル』などと崇め奉っており、ヨイチの言うことは絶対だと言っている。それなら暴走しないようにヨイチが釘を刺せば良いのだろうが「君たちの好きなようにやるといいよ」などと言ったもんだから、盲信した如月事務所サイバーチームは二十四時間フル活動だ。夏場の埼玉方面にあるアイス工場もビックリである。
「薦めた俺が言うのもなんですけど、そこまでとは思いませんでした。有能すぎますね」
「ある意味、ミロク君の人徳……なんだけどね」
ヨイチは大きくため息を吐く。
そこにタイミング良くお茶を淹れたフミが、それぞれに紅茶を置いた。混み入った話になりそうだったので、ホテルの従業員には遠慮してもらったのだ。
ミロクは尾根江の様子に、ふと疑問を感じる。
「ところで、なぜ売り出しを抑えないといけないんですか?」
「あら、分からない? 『過ぎたるは猶及ばざるが如し』ってやつよ。露出が多くなればなるほど飽きられるのが早くなるわ」
「でも、シャイニーズの『アルファのヨイチ』は、伝説級の売れっぷりでしたよね?」
ミロクの隣でヨイチがルイボスティーを噴きそうになっている。ルイボスティーという所が、何だかワンランク上という感じがする。あくまでもミロクの感性での話だが。
「シャイニーズは別なのよ。あの組織ぐるみの売り出すやり方は、多数のアイドルを抱えているからこそ出来るの。飛び抜けて売れても、飽きさせないプロデュースが出来るのがシャイニーズよ」
なるほどと頷くミロクを見て、尾根江は少し肩の力を抜く。
「まぁ、アンタ達は『異質』だから、これまでのやり方が正しいかどうかなんて分からないのだけど」
「異質? オッサンだからか?」
「僕たちは年齢もそうだけど、色物でもなければ、がっついて売り出しているアイドルでもない。僕は社長業もあるし、ミロクやシジュはモデルや歌手、ダンスまで幅広く活躍できる要素がある。アニメ絡みの仕事もまた来そうだしね」
『異質』というか、ラノベ風に言うと『チート』みたいな感じかと、ミロクはフムフムと頷く。
「で、サイバーテロは抑えてもらうとして、これからの話なんだけどね」
「少し良いですか? 僕らのサードシングルなのですが、それも『ミクロットΩ』が絡みますよね」
「ええ、そうね」
尾根江がなぜ今更という表情で言うと、ヨイチは少し考えてから話し出す。
「出来れば……なのですが」
「おねーさん!」
「……」
「おねーさんってばー」
「……」
「……すみません、少々お時間よろしいでしょうか」
「何ですか?」
アッシュブラウンの髪をサイドに流し、グレーのスーツに身を包んだミハチは、やけに馴れ馴れしい男から声をかけられるが徹底的に無視していた。
最終的に応答可能なレベルになっていたので、仕方なく振り返る。
その彼女の整った顔と真っ直ぐな瞳に、声をかけた男性は少し気圧されたようだ。
「あの、ミロクさんのお姉さんですよね。一度お会いしたのですが、憶えてますか?」
「……?」
男はかなり若く見える。茶髪にサングラスという若干怪しげな風体だが、言われた通り確かに見た事がある……気がする。
ミハチは人の顔と名前を覚えるのが苦手だが、仕事上でなら絶対忘れない自信がある。ということは、プライベートで、そしてミロクに関係がある……?
「……ごめんなさい。思い出せないわね」
ショックを受けたのか、がくりと項垂れる男を見て、ミハチは少しだけ思い出す。
「声……声は憶えているわ。良く通る声だなって」
男はガバッと顔を上げてサングラスを外し、人好きのする笑顔でミハチに詰め寄った。
「はい! 声優の大野光周っていいます! コーちゃんって呼んでください!」
「呼ばないし、離れてもらって良いかしら」
「はい!」
二歩ほど離れた大野を見て、ミハチはもう良かろうと歩き出す。
「……」
「……」
「何でついてくるの?」
「護衛です!」
「私、これからデートなんだけど」
「じゃあ、それまでついて行きます!」
「……はぁ?」
「安心してください!」
目をキラキラさせ、頬を紅潮させている大野を見て、ミハチは盛大にため息を吐いてスマホを取り出した。
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