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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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68、その頃の与一と司樹。

ヨイチの向かった場所は、都心にある有名なホテルのスイートルームだった。

そこには尾根江の仕事を補佐する人間が数人構えており、ヨイチとはすでに顔見知りになっていた。


「尾根江さんは?」


「別室で電話しています。少し待っててください」


「分かった」


すすめられたソファに座り出されたお茶を楽しんでいると、少し慌てた様子の尾根江が部屋に入ってきた。明るい黄緑色の上下スーツに派手なサングラス。相変わらず目が眩む色どりの服装だ。


「んもう! ヨイチちゃんひどいわ! CMは私が持ってこようと思って吟味してたところだったのに!」


「化粧品のCMはよろしくないですか?」


「よろしいわよ! だから悔しいのよプロデューサーとして!」


「すみません。今回のは所謂身内からの打診でして……こちらでも戸惑っているくらいなんですよ。候補という情報でしたが、今日は先方とミロクが顔合わせしています」


「何でアナタも行かなかったの!?」


「尾根江さんが夕方から国外に飛ぶからでしょう。数日繋がらないって言うからですよ」


「そうだったわ!」


ガッデム!と叫ぶ尾根江に、ヨイチだけではなく周囲の人間もため息を吐いた。













ミロクの代役で出たモデルの仕事で何故か予定よりも長い時間拘束されたシジュは、今日頼んでいたボイストレーニングに、五分程遅刻する連絡を入れようと電話をかける。すると真後ろで着信音のような音楽が聞こえてきた。


「もしもし」


「もしもし」


真後ろから聞こえる声に、シジュは苦笑して振り向く。

複雑に編み込んだピンクブラウンの髪は、西日に照らされ艶やかに光っている。白いシャツに薄手のニットカーディガン、スキニージーンズにパンプスという着飾らない格好のニナだが、ミロクの妹だけあって服装に関係なく周囲の目を引いていた。

そこに並んだシジュも仕事で貰ったスーツのまま来たため、普段のだらりとした彼を感じさせない『イケてる感』が出ていた。


「居たんなら声かけろよ」


「ドッペルゲンガーかと思って、あえて声かけなかった」


「なんだそりゃ」


変な奴だと笑うシジュを、ニナは少しだけ眩しそうに見る。そんなニナに気づかないように視線を外したシジュは、先にスタジオ内に入り準備をする。

ミロクが妹のニナにシジュのボイストレーニングを手伝うよう依頼したのは、セカンドシングルが出るまでの話だった。

今回で最後ということだったが、二人はいつもと同じように淡々と進めていく。


発声練習から始め、音階ごとに発していく声に迷いはない。

最初の頃は音のブレが激しかったシジュだったが、今では自分の音程をつかめるようになった。ざっくりとなら音の聞き分けもできる。

元々シジュの音感が良かったのと、ニナの分かりやすく丁寧な説明もあり、彼は今回セカンドシングルでのミロクとのハモりパートも危なげなく歌うことが出来た。


「うん。まぁ及第点かな」


「最後の日までコーチは厳しいなぁ」


「甘やかすとつけあがるから」


「おう、そりゃ否定しねぇよ」


トレーニング終了後に軽口を叩き合う。ニナを駅まで見送るシジュは、心なしか黙りがちになる自分に対し舌打ちする。元ホストのくせして肝心な時に使えない自分に腹が立つ。


「サードシングルも出すって決まったみたいで、良かったね」


「次はヨイチのおっさんメインだな」


「楽しみだね」


「だな」


気がつくと駅の改札口に着き、立ち止まったまましばらく無言になる二人。


「じゃ、頑張って」


「ありがとな」


「うん」


ヒラっと手を振って、ニナの唇がキュッと引き締められたのを見た瞬間、反射的に声をかける。


「次も頼む」


何故そんな事を言ったのか、シジュはニナにかけた言葉を盛大に後悔し、今すぐ地面をのたうち回りたいくらいに自分の弱さが嫌になった。


普段からあまり表情を見せないニナは、その無表情な顔をシジュに見せていたが、後ろを向いて小さく「分かった」と言った。


「……馬鹿か俺は」


口に手を当ててシジュは独り言ちる。

彼は見てしまったのだ。ニナが後ろを向く瞬間、フワリと柔らかく微笑むのを。


「……くそ」


シジュは改札口を背に歩き出し、ミロクに何と言い訳しようかと考えるのだった。








進みません。進めません。


お読みいただき、ありがとうございます。

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