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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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8、芙美のヒーロー像。

 フミは中学で大病し、高校は皆より一年遅れて入った。健康になり学校生活に支障は無かったが、事情を知ったクラスメイト達はいつもどこか遠巻きにフミを見ている感じで、クラスにうまく馴染めなかった。

 大学はそれなりに楽しかった。叔父の事務所を手伝いながら通った大学は、それなりに楽しいものだったが、どこか薄っぺらい日々を過ごしてきたと彼女は感じていた。


 ある日、彼女はヒーローに会う。


 コンビニの向かいにある喫茶店で、酔っ払いが暴れてると叫ぶ人がいた。

 怖くてコンビニから出られず外を見ていると、背は高いけどひ弱そうな人が酔っ払いを取り押さえ、警察が駆けつけるとそのまま去って行ったのだ。

 ここら辺の人達は彼を知っているようだったが、あいにくフミは叔父の迎えに来ていただけで、ここが地元ではない。


 後から聞くと、最初は見ているだけだった彼が、男が子供を殴ろうとした時に何か叫びながら立ち向かって行ったとのこと。

 恥ずかしそうに走り去った彼の後ろ姿に、彼女はヒーローを見た。

 それは病気で苦しかった時、一人で寂しくて泣いていた時、呼んだら必ず来てくれる自分だけのヒーロー。








「という私の強い思いがあり、御社の事務所にどれだけ見目麗しい男性がいても、私の心のヒーローには敵わないのです!」


「ははは、なら採用だな。バイトとは違って厳しいぞ。覚悟しておけよ」


「はい!社長!」


 フミは叔父の事務所で面接を受けていた。身内でも容赦せず、しっかりと手順を踏むところがヨイチらしいと、フミは清々しい気持ちになっていた。


「ところで、待たせたねミロク君。契約書を持ってきてくれたんだろう?」


「……」


「どうしたんだい?ミロク君?」


「いえ……何でも……」


 ミロクは口に手を当て、顔を真っ赤にしたまま俯いていた。

 彼は今、脳内で大混乱を起こしている。それをなんとか抑えて、ヨイチに契約書を渡した。

 ミロクは正式にヨイチの事務所の所属タレントとなったのだ。ただ、最初はあくまでヘルプとして置くという事を、家族とヨイチが相談して決めていた。

 ここ数ヶ月で外に出るようになったとはいえ、急な環境変化でミロクが壊れないように、周りは最善のやり方を考えている。その事をミロクは知らないが、今は必要ない事だろうと周りは思っている。


「ミロクさん、顔真っ赤ですよ?」


「あ、いや、フミちゃん、就職おめでとう」


 何とか自分を取り戻したミロクは、笑顔でフミを祝福する。


「ありがとうございます!」


 二パッと笑って喜ぶフミ。そのキラキラした笑顔を何となく直視出来ないミロクがいた。








 数ヶ月前、まだジムに通い始めて日が浅い時のことだ。ミロクは馴染みの本屋で数冊小説(無論ライトノベル)を購入すると、いつも行く喫茶店でカフェオレを飲みながら、読書に勤しんでいた。


(やはり転生モノでも、ハーレムは好かないな…)


 ミロクは恋愛に関して少しは憧れたりするものの、そもそも家族以外で女子と触れ合うことが出来るわけないと思っている。

 そしてミロクは、もし何かの事故(?)で女性とお付き合いできるのであれば、必ずその人一筋でありたいと考えていた。一途でストイックな男である。


 カフェオレも飲み終えたし、残りは家で読もうと腰を上げかけた時、ガラスの割れる音と悲鳴が聞こえた。

 入り口付近のテーブルは水浸し、酔っているであろう男性が腕を振り回している。

 止めようとする店員も、男の振り回す腕にぶつかり後ろに倒れてしまった。


「なんだこの店は!俺に文句があんのかよおおおお!!」


 叫ぶ男を見てミロクは動けなかった。それは仕方のない事だろう。もし動ける人間がいたとしたら、特殊な訓練をつんでいる者か、腕に自信がある者くらいだ。

 その時、怯えて泣き出した子供に対して「うるせえ!!」と男は叫び、子供に向かって行った。


 気がつくとミロクの体は勝手に動いていた。


「なにするがしぇいdjds!!」


 思いっきり噛みながらも、最近始めたコンバットダンスの下段と中段の二段蹴りをかますと、驚いてよろける男の腕を取り、背後に回りこんで全体重を男の膝裏に乗せる。

 膝から崩れ落ちて、そのまま関節技に持ち込むミロク。昔の超人的なアニメのパクリ技である。


「ふ……容易い……」


 すっかりアニメのキャラになりきるミロク。

 しばらく悦に浸っていると、警察官達が喫茶店に入ってきたので我にかえる。

 周りの目が痛い。しかもアニメのキャラになりきりセリフまで言ってしまった。

 実際は「助けてくれたヒーローだ!」というのが周りの認識だったのだが、ミロクはただただ恥ずかしくなり、警察官に後は任せると言って、ダッシュで店を飛び出した。


 後日、カフェオレ代をこっそり支払いに行ったのは、気まずい思い出である。






 思い出すだけで恥ずかしいのに、それをフミが「ヒーロー」と言っているのが恥ずかしかった。

 だがフミによって恥ずかしいだけだった「あの時」が、少しくすぐったいような、嬉しい気持ちになる。きっとヒーローの事を語っていたフミの笑顔が、ミロクにとって心を動かすものだったのだろう。


「どうしたんですか?」


 猫っ毛な柔らかい髪を揺らし首をかしげるフミに、ミロクは「これからもよろしくね」と言うと、心に感じた何かに笑顔で蓋をする。

 そしてその感情は芽吹くことなく、日常に埋没していくのであった。







お読みいただき、ありがとうございます。

ブクマと感想も、ありがとうございます。

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