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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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60、仁奈と司樹の攻防。

いよいよ

「あれ?ミロク妹?」


「……どうも」


ピンクブラウンの髪を編み込みサイドテールにして、長袖のロングTシャツにショートパンツとスニーカーという、かなりラフな格好のニナが立っていた。

対してシジュはカジュアルなスーツスタイルで、どこにでも出かけられそうな服装だ。


「……着替えてくる?」


無言でシジュを見ていたニナは、ぽそりと口に出す。一瞬何を言われたか分からなかったシジュは、ニナの視線に気づき自分の服を見て合点がいく。


「ああ、気にすんな。さっきの仕事でもらった服をそのまま着てきた。俺あんま服持ってねぇし、ボイトレの先生に失礼がないようにって思って……ミロクの妹って知らなかったから……」


「ニナ」


「ん?」


「ニナって名前で呼んで」


無表情でもないが、あまり表情の変わらないニナをシジュは不思議そうに見る。彼女が名前で呼んでほしいと言った事に、シジュは驚いていた。


「お前……ニナは俺に名前で呼ばれて嫌じゃないのか?」


「……別に。不便だし」


シジュはニナに嫌われてはいないと思う。だが好かれてもいないし、関わりたくないと思われていると見ていた。だから意識して彼女に近づかないようにしていたのに……。


「じゃ、行こうか」


無言でコクリと頷くニナを見て、複雑な気持ちを抱えつつ歩き出すシジュだった。












「ニナちゃんですか?」


「うん。俺の思いつく限り、ミハチ姉さんよりも音感が良いのはニナなんだよね」


「ニナさんもピアノ弾けるんですか?」


「いや、ニナはヴァイオリンなんだ。今でも有志で集う楽団で一緒に演奏したりしているよ」


シジュが出かけた後、事務所に残ったフミとミロクは次の仕事まで少し時間があった。まったりとお茶しながら、シジュのトレーニングの相手をするニナについて話していた。


「すごい!ニナさんの音感が良いのは才能があるんですね!」


「んー……そうじゃなくて、なんていうか……ピアノって鍵盤で音が区切られてるじゃない?」


「はい。鍵盤を押せば音が出ます」


「ヴァイオリンってさ、弦楽器全般だけど、指で押さえて鳴らす音の幅が広いから、本人の感覚で合わせていかなきゃいけないんだ。材質も基本は木材だから気候によっても変わってしまう。ニナは小さい頃から音に対しては苦労してたんだ」


「音楽の道には進まなかったんですね」


「やりたいことが他に見つかっちゃったからね。姉も妹も美容系に興味持ってたから」


「そうなんですか。でも多才で羨ましいです」


「だから、まぁ、今回はしょうがないかなって……はぁ」


頭を抱えて急に落ち込むミロクに、フミは慌てる。


「ミロクさん?どうしたんですか?」


「しょうがない事なんだけど、可愛い妹が野獣のそばにいるかと思うと……」


ふにゃふにゃボヤくミロク。自分から言い出したくせに妹を心配しすぎるミロクの珍しい姿に、フミはたまらず笑い出した。


「あはは、もうミロクさんったら心配しすぎですよ」


「だって、あのシジュさんだよ?」


言い合う二人を黙って見ていたヨイチは、使っていたパソコンの電源を落として言った。


「大丈夫だよ。ああ見えてシジュはライオンだから」


「それって、めちゃめちゃ危険じゃないですか!」


一気に青ざめるミロクに、まぁまぁとヨイチが宥める。


「ミロク君知らないの?ライオンはね、狩りが下手なんだよ。」












スタジオから出たシジュとニナは、そのまま商店街に向かって歩き出す。


「つ……疲れた……」


「今日はこれで終わりかな。私は声楽が専門じゃないからこれで良かったのか分からないけど」


「いや、助かったわ。ありがとうニナ」


「礼なら兄さんに言って。じゃ、お疲れ様」


「待って!」


終わったとばかりに帰ろうとするニナを思わずシジュは引き止める。そしてその続きが出ない。


「何?」


「えーと、何つーか……あ、そうそう、飯とかどう?お礼に!」


「要らない」


バッサリ切って再び歩き出すニナの腕を、シジュはやんわり掴んだ。


「悪ぃ、変な意味じゃねぇんだ。飯が嫌なら欲しいものとか、そういうのでも良い。礼がしたいだけなんだ」


「……別に。私は何も出来なかったから」


「そんな事ねぇよ!」


「……はぁ、じゃあ欲しいもの考えておく。それでいい?」


「おう、そうしてくれ!」


ニカっとした笑顔になる上機嫌のシジュに、つい頬を緩ませるニナ。表情をあまり出さない彼女の珍しいホワンとした空気に触れ、シジュは野生の感覚で危機的な何かを感じた。


(これはヤバいな……)


駅に向かって歩くニナの後ろ姿を見送りつつ、彼の心は今大きな戦いの前の緊張感に包まれるのであった。






お読みいただき、ありがとうございます。


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