7、再び緊急家族会議を発動する。
初のモデルのバイトは、ミロクにとって良い経験だった。
帰りに昔の同僚に会うという嫌な出来事があったが、ヨイチに庇ってもらい、フミからは「助けてくれてありがとう」と言われて大いに照れた。
ヨイチは「うちのモデル」と言った件について、「バイトだってうちのモデルに違いないだろ?」と、ニヤリと笑う彼は、女性が放っておかないであろう魅力的な中年代表だった。
今日も今日とて、スポーツジムで汗を流す。
ミロクは筋トレの日、ダンスの日と、曜日ごとにやる事を分けている。実際動くのは一時間ほどだ。体力のないミロクは一日一時間の無酸素運動が限界である。
男性インストラクターに筋肉の事を聞きながら、持久力をつけるための筋トレを考える。
「やっぱり若いうちからやるべきだったよなぁ……」
年齢とともに衰える筋肉を、若返らせるなんて中々出来ない。それでも暗かった青春を取り戻すかのように、ひたすら筋トレにのめり込んでいくミロクなのであった。
ジムの受付が騒がしい。バタバタと足音が聞こえてきて、凸凹コンビが現れた。
凸は高身長のヨイチ、凹はフミだ。
「ミロク君!申し訳ない!僕の確認ミスだ!」
「ごめんなさい大崎さん!!」
筋トレで汗を流しているミロクの元に、ヨイチとフミが土下座する勢いで謝る。
そして渡された雑誌を見て、ミロクは固まった。
「な、なぜ……」
表紙には甘く優しい笑顔を浮かべるミロクがいた。それが自分だと一瞬分からないくらいの写真。遠くの誰かを見ているであろう自分は、この時何を考えていたのだろうか。
ミロクは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にする。
「この雑誌の表紙は毎回違う。タレントが主だ。だが今回そのタレントがカメラマンに対してNGを出したとかで……それにしても……」
ヨイチは確認作業の時に「今回、そちらのタレントさんで表紙を飾りたいのですが」と言われて、「それは嬉しいですね!」というやりとりをしたのは確かだが、冗談だと思っていたのだ。事務所には雑誌の表紙を飾れる程の人間はいない……はずだった。
「これ、もう発売しちゃってますよね」
「……」
無言で頷くヨイチ。
ミロクは涙目になって震えるフミを見て、なんだか小さい子を虐めているような気分になる。思わずよしよしと頭を撫でると、フミは「あうあう」言いながら赤くなった。
「ま、これが俺だなんて、分かる人はいないでしょう。大丈夫ですよ!」
大丈夫じゃなかった。
まずはいつも行く喫茶店にて、馴染みの客から「お、見たぞ今月のメンズnanna、いい顔で写ってるなぁ!」と言われる。
次に本屋で漫画を物色していると「あ、あの、頑張ってください!」と、店員から雑誌のPOPにサインを頼まれる。
止めに、近所の交番で「お、なんかあったら言えよ!雑誌に載ってトラブルとかあるかもしれないからな!」と、心配される。
「……というわけで、俺はなんだかモデルとして認識されつつあるんだ」
震えながら話すミロク。集まった家族はキョトンとした。
「お前は嫌々モデルをしたのかい?」
問いかける父に首を振るミロク。彼は楽しんでいた。現場の人たちは皆良い人だった。だが、その雰囲気を作ったのはミロクの功績なのだが、彼にその自覚はない。
「なら良いじゃないか。他の人の仕事を取ったわけではない。お前だから選ばれただけだし、お前はちゃんと努力をしているじゃないか」
「そうよ。お父さんの仕事手伝って、家族を気づかってくれて、それだけでお母さんは嬉しいわ」
「そもそも毎日筋トレしてて、ダンスしてボイトレして、タレントかっつー話よ?」
「お兄ちゃんはずっと優しいよ、今はちょっと痩せただけで、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。家にいておかえりって言ってくれるのも、外で働いてモデル楽しかったって報告したお兄ちゃんも、変わらないよ?」
ミロクは次々に言われて戸惑う。彼は努力をしてるつもりもなく、ただ毎日楽しく生きていると考えていたが、家族はそう見ていなかったらしい。
そんなミロクに、父は良い機会だから息子に伝えようと思った。
「ミロク、お前は楽しく生きているだけで努力をしていないと言うが、それの何が悪いんだ?お父さんにとって家族が幸せなのは嬉しいことだ。あの時の死にそうなお前を見てるのは辛かったが、それでもお前を応援していたし、今もそれは変わらない。家族なんだからな」
「お母さんは自信なくしょんぼりしていたサラリーマンのミロクを見てるのは辛かったわ。部屋から出てこなくなった時はびっくりしたけど安心した。だってホッとした顔をしていたもの。今はもっと良い顔になってるから、それだけでお母さん嬉しいの」
「私の実験になんだかんだ付き合ってくれて、どんな時でもちゃんと向き合ってくれる、かけがえの無いイケメンな弟なんだから。アンタは自覚ないようだけど、子供の時からイケメンだったのよ?私が虐められてるのを助けてくれたりとか……とにかく、ちゃんと自分を知りなさい。せめて家族の前では卑下するのはやめなさい。認めてる私達に失礼よ」
「私、雑誌のお兄ちゃん好き。かっこいいのはもちろんだけど、見てて温かい気持ちになる写真だったの。だから周りの人達も、お兄ちゃんに声かけるんじゃない?」
次々に家族から言われる言葉を受け止めながら、気がつくとミロクは泣いていた。
太っていたからって、不細工にしていたのは自分自身だったのではないか。体重は規則正しい生活で自然と減っただけだし、筋トレとダンスは楽しいからやっていた。それが今回たまたま「モデル」という仕事で花開いたというだけだ。
周りから声をかけられたとき、自分はどんな顔をしていたのか。
思い返して、ミロクは後悔した。
それを見守る家族達は「もう大丈夫かな」と、お互い顔を見合わせて安心するのであった。
喫茶店にて、本を読みながらコーヒーを飲むミロクに、数人の女の子が近づいてきた。
「あの、もし違っていたらごめんなさい。今月のnannaの表紙に出てた方ですか?」
「はい、そうですよ。でもお店では静かにしてくださいね」
笑顔で言うミロクに、女の子たちは悲鳴を口を押さえて我慢する。それを見てミロクはさらに笑顔を深めた。良い子達だと嬉しくなったのだ。その顔を見てる女の子達は、顔を真っ赤にして言葉を絞り出す。
「あの、握手してもらえますか?」
「はい、良いですよ」
順番に握手をすると嬉しそうに笑う女の子達。オッサンなミロクと若い女の子が握手する図。若く見えても中身はオッサンなミロクは、不思議な気持ちになる。
「ありがとうございます!応援しています!」
「こちらこそありがとう」
店に気を使って静かに席を離れる彼女達を見てホンワカした気持ちになりながら、まだ温かいコーヒーを手に取るミロクであった。
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ゆっくり書きますので、よろしくお願いします。