6、バイト仕事も社会に必要だと思う芙美。
カシャ、カシャ……
街中で小さく聞こえるカメラのシャッター音。
ミロクは何着か用意されている服を着て、素人ということで指示されたポーズをとったり歩いたりして、緊張しながらも何とかこなしていた。
背の低いフミがカメラマンの後ろで、ぴょこぴょこジャンプして「頑張れー」とジェスチャーする様子に癒され、緊張が解けていったのも良かったらしい。
現場に着いた時、素人ということで難色を示した出版社の人間は、物腰の柔らかなミロクをすっかり気に入り「次回も是非!」と、終わってもいないのに言い出すほどだった。
ヨイチさんは出版社の人間に「困ってる自分を助けようと、彼は無理して来てくれた」と言うと、ミロクの人柄に感動する人間が続出で、いつになく和やかな雰囲気の現場だったとカメラマンがお礼を言っていた。
「すごい、どんな服でも着こなしますね!」
「普段は適当なので、今日は色々な自分を発見できます。来て良かったです」
フミに褒められ、ミロクは照れながらも色々な服が着れて嬉しい気持ちになる。
(背が高いだけで役に立てるなんて……ヨイチさんの助けになれて良かった…)
打ち合わせが終わったらしいヨイチの所へ、トタトタ走っていくフミを見て癒されるミロク。気づかない内に笑顔になっているミロクに、現場の人間は皆その笑顔に見惚れてしまう。
そんな中、プロのカメラマンである彼は一人動いていた。
後にこのカメラマンが「この一枚で自分は独立できた」と言わしめる、一枚の写真。
これがまた、後日大きな波紋を呼ぶことになる。
「今日はありがとうミロク君!助かった!」
「お役に立ててよかったです。ですが、あまり素人が出張る場所でもないと思うので次は……」
「もちろんだよ、無理言ってすまなかった」
「いえ、楽しかったんです。でも楽しいからって軽く見るのも良くないかなって」
「真面目なんですね、大崎さん」
そう。彼は極めるタイプなのだ。モデルとして頑張っている人の中で、ポッと出の自分が仕事を取るものではないと思っている。
「でも楽しかったので、今日みたいな緊急であれば呼んでください。服を着るだけでしたら……って、そうじゃなかった。フミちゃんがいたからだ」
「ええええ!?」
「フミちゃんが応援してくれたから、あまり緊張しなかったんだ。お礼遅くなってごめんね。ありがとうフミちゃん」
「へ?ええええ?そ、そんな私なんて……」
「はははっ、フミは大活躍だったんだな!よし、今日は美味いもの食いに行くぞ!」
「叔父さん、食べ過ぎたら…」
「分かってるさ、焼肉で白飯抜きでいけば良いだろ?」
「さすがヨイチさんですね」
元百キロ超えの二人は苦笑いをして焼肉店に向かうと、一人背の低いフミはトタトタ駆け足でついて行く……と、その時フミは通りすがりのサラリーマン二人組にぶつかってしまった。
小さいフミは、体格差もあり衝撃を受けて尻餅をつく。
「いったぁ……す、すみません!」
「いってぇな、ん?何この子、可愛いじゃん」
お尻をさすりながら立ち上がるフミを見て、ニヤニヤ笑うサラリーマン。そこそこ整った顔立ちをしているが、ゲスい表情がそれを台無しにしている。
フミは「すみませんでした!」と、ぺこりとお辞儀してそのまま行こうとするが、サラリーマンがフミの手首を掴んで引き寄せる。
「きゃっ、何するんですか!」
「君、可愛いね。ぶつかってお詫びするなら、どっかで一緒に飲まない?」
「痛……やめてください」
酔っているのか、男はフミの手首を加減せず掴んでいるようだ。もう一人も止めずにニヤニヤしている。
「ほら、行こうぜ」
「やめ……叔父さん!!」
たまらずフミが叫ぶと、ついて来ないフミに気づいたヨイチとミロクが、慌てて戻ってきた。
「どうしたフミ、その人達は?」
「叔父さん……助けて……」
涙ぐむフミを見て、ヨイチは思わず向かっていこうとした時、のんびりしたミロクの声がした。
「あれ?下衆田さんと阿呆野さんじゃないですか。何年ぶりになりますかね、お久しぶりですね」
「は?なんだお前」
「誰だよ」
「大崎ですよ同期の。あ、そうか、これを外して……」
ミロクはメガネと帽子を外して、二人に顔を見せる。
「大崎ですよ」
「「だから誰だよ!!」」
二人のツッコミに首を傾げていたミロクだが、フミが手首を掴まれてるのを見て、不意に真面目な顔になり男の腕を取ると肘の近く、骨と筋肉の隙間にグッと指圧する。
この部分は手の疲れを取るツボなのだが、なんの準備もなく押すと激痛が走るのである。
「痛え!!」
男は痛みのあまり、思わずフミの手を離してしまう。
「大丈夫ですかフミちゃん。行きましょうヨイチさん」
ミロクは仁義礼智信を欠く人間は相手にしない主義だ。それは会社を辞めてからハマった昔のアニメからきている考えだが、人として間違ってはいないので良しとして欲しい。
「ちょっと待てよ、大崎って、あの肥満の大崎か?」
「あ?マジか?嘘だろ?」
「入社して三年くらいだっけ?リストラされて、無様に会社を去っていった大崎か」
「それイメチェンか?つか今働いてんの?」
ミロクは何も言わない。
確かにあの時、何も抵抗せずにリストラを受けて会社から去った。激務のため心を病んでいたというのもあったが、成果を出しても評価されない会社に絶望したのだ。
同期の二人が残るのに思う所もあったが、自分は辞めて良かったと思っている。
家族、友人、ここにいるヨイチやフミとの出会いは、会社を辞めたからこそのものだ。
だが、その事をここで語る必要も価値もないと思い、彼は黙っていたのだ。
ヨイチがミロクの前に立つ。
「君達、うちの所属モデルの知り合いなのかい?」
「「は?」」
「彼はうちの事務所のモデルなんだよ」
「大崎さんは看板モデルなんです!!売れっ子なんです!!」
大きな声で叫ぶフミに通行人が注目する。そして今のミロクは顔を隠していない。
端正な顔が二人のダメリーマンによって際立ってしまう。
「あの人カッコイイ…」
「え?モデル?タレント?」
「何かの撮影?カメラどこ?」
急に人が集まってきて、慌てるゲスとアホ。
「モデル?何だよそれ」「バカじゃねーの?」とブツクサ言いながら、その場から逃げて行った。
続々と集まる人々、写真を求める声も上がる。
「こら、フミ」
「ご、ごめんなさい」
「に、逃げましょう!」
すいませーん!と叫びながら逃げる、しまらない三人であった。
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