43、少し開いてた扉の向こう側。
奇跡が…
(ど、どういう事……?)
スポーツジムにヨイチを迎えに来たフミは、少しよろめいて壁に手をつける。
いつもは受付で待っているフミだが、時間が迫っていることもあり、インストラクターに許可をとってスタジオまで呼びに来たのだ。
いつもは閉まっているドアは少し開いていて、中にいた三人の会話が聞こえてくる。
フミにとっての憧れのヒーローの正体がミロクだった……そう聞こえた。
(あの時の……男性がミロクさん……)
そこに引っかかっている間に、惚れさせるだの養うために売れるだの物騒な話になっているが、幸か不幸かフミの耳には入っていなかった。そう、これは奇跡である。
思い出すのは喫茶店の向かいのコンビニで、彼の立ち回りと去っていく後ろ姿を見ているだけだった自分。
今のスラリとした体型のミロクとは違い、もっと大きい体をしていたような気がする。
(そっか、ミロクさんがジムに通い始めたくらいだったんだ……)
それに気づくと、フミは知らずに笑顔になる。
事務所に来る前のミロクを知っている、それだけで嬉しくなった自分がいた。
(え?ちょっと待って。この事をなんでミロクさんが知ってるの?)
この事をフミが話したのは、叔父に社員として雇ってもらう時の面談だ。それ以外の誰にも話していないはず……と、ここで思い出す。
(あの時、ミロクさんも……いた、よね?)
あの時の彼は、どんな顔をしていたのかフミには思い出せなかった。
でも、あの場所にミロクはいて、フミの思いを聞いていたのだ。それは憶えている。
頭の中は混乱していて、思わずしゃがみこむ。
そして立ち上がる。
(いや、これは好都合。私の憧れみたいな気持ちはミロクさんに伝わっていて、それでも親しく接してくれているんだもの。嫌われてはいないはず!)
フンスと気合を入れると、再びフミはスタジオの入り口に近づく。
扉の向こうの話し声はまだ続いている。楽しそうな三人を見て、フミはなんだか嬉しくなる。
ヨイチとシジュに少し乱暴に小突かれて、「やめてくださいよ」と言いつつ嬉しそうなミロクの笑顔に、フミは胸がキュンとなる。
(私は、笑顔でいるミロクさんが好き)
フミは今まで誤魔化していたミロクへの恋心を、やっと認めることにした。
あの時のヒーローがミロクだという事も、フミの気持ちを定めた要因の一つだろう。
(とにかく今まで通りに、ミロクさんの…344のマネージャーとして私は頑張ろう)
フミはこの気持ちは伝えず、今頑張っている彼らの応援に徹する決意をしていた。
その決意がまさかミロクによって壊される事になろうとは、今のフミには思いもしなかった。
フミが混乱の極みにいる最中も、三人の会話は続いていた。
「もちろん、フミちゃんが嫌だと言うなら、俺はすぐに身を引きますよ」
「え?そうなの?」
「ストーカーしねぇのか?」
「俺を何だと思ってるんですか!」
ミロクは憤慨しているが、先程の言動を鑑みて、ヨイチとシジュの考えに至るのが普通だろう。
「俺引きこもってたし、家族以外は同性としか関わらなかったんです。異性で普通に接してくれたのってフミちゃんが初めてだったんですよ。しかも、まだ太ってた時の俺を「憧れのヒーロー」なんて言う良い子ですよ?好きになっちゃうの当たり前ですよ」
「まぁ、そりゃ確かにな」
「親族を前にして、堂々とそれを言うところがミロク君だねぇ」
ヨイチは呆れたようにミロクを見ているが、彼のこういう所に好感を持っているヨイチである。
「だから、嫌われたら事務所辞めて、家で元どおり引きこもります!」
「「そおおおおおおい!!」」
「だって、嫌われたら悲しいじゃないですか。引きこもって在宅ワークじゃないですか」
「ふざけんな!お前ここまで来て辞めさせられるか!」
「逃がさないよミロク君!」
「じゃあ、フミちゃんとラブラブできるよう、協力を……」
「「甘えるな!!」」
引きこもり発言をして、二人に乱暴に小突かれたミロクだが、そんな彼は『今までにないアイドル』という、その行く末を見てみたいと思っている。事務所を辞める気はサラサラ無かった。
そんなミロクの気持ちを分かっているヨイチは、苦笑しつつ「そんな冗談を言わないように」と諌め、シジュは「冗談にしてはタチが悪い!」と、腕立て伏せ追加を命じる。
それは、ようやく平常心を取り戻したフミが呼びに来るまで続き、ミロクは腕をプルプルさせながら事務所に向かう事になるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
体調不良で毎日更新が難しくなりました。
調子の良い時に少しずつ書いてるのを出す感じです。
早く回復するよう頑張りますので、よろしくお願いします。




