5、緊急対応を願う与一。
いつものようにスポーツジムへと向かうミロクの服装は、Tシャツとジーパンに、帽子と黒ぶちメガネという姉の言う通りの服装にしていた。
「うん、さすが姉さんだ。視線を感じないぞ」
帽子とメガネだけで色々隠せるもんなんだなぁと、足取り軽くジムのあるビルの階段を一気に五階まで駆け登り、息も切らさず受付の男性トレーナーに挨拶をする。
「先日は色々とお騒がせして…たくさんの入会希望の方を断ったとか。すみませんでした」
「いいえ、うちのジムの意向ですから大丈夫ですよ。気にしないでくださいね」
「ありがとうございます!」
(やっぱりこのスポーツジムは素晴らしいな。俺は運良く入会できたけど、本当にラッキーだったんだな)
ミロクはほんわか温かい気持ちになりながらトレーニングルームに行くと、顔なじみの「元百五十キロ体重」のヨイチさんがいた。
いつも通り挨拶しようとするも、声を掛けるのを躊躇うミロク。いつも明るい笑顔を見せてくれるヨイチは、なぜか今スマホを片手に頭を抱えていたのだ。
如月ヨイチ四十一歳は、小さい規模ではあるが、モデル・タレント事務所を経営している。
質の良い人材がいるということで、大手のファッション雑誌に使ってもらえるくらいの信頼を勝ち取っていた。
ところがここ一週間、タチの悪い風邪が流行り、所属タレントが軒並み倒れてしまったのだ。救急車で運ばれながらも謝る所属タレントに「ゆっくり治すんだよ」と声をかけたものの、全滅という事実にどうにもこうにも動けなくなってしまったのだ。
これは他事務所にお願いするしかないか……というところで、ちょうど現れたのがミロクだった。
「ミロクさん、不躾なお願いなんだけど、モデルの代役出来ないかな。今日だけで良いんだ」
「ええ!?俺ですか!?無理ですよ!」
「高身長の人間が、服を着て立っているだけでいいんだ。ファッション雑誌だから服がメインだし……」
ここでもヨイチは言葉のチョイスを間違えないのが素晴らしい。「高身長」であれば「他(顔)はどうでもいい」という風に聞こえるように言ったのだ。
弱りきっているヨイチに、ミロクは「いつもアドバイスしてくれる良い人が困っている」という事実に遅ればせながら気づく。
「すみません、ヨイチさんが困っているのに俺は……良いですよ。バイト料期待してますね!」
冗談まじりに言うミロクの笑顔に、釣られてヨイチも笑顔を見せる。
「ありがとう!僕の姪が車で迎えに来るから少し待ってて!」
嬉々としてスマホを取り出すヨイチを、ちょっと不安になりながらも「人助け」だと思って頑張ろうとミロクは気合を入れるのであった。
「はじめまして!如月フミです!では撮影場所に向かいますので乗ってください!」
ぴょこっと現れたヨイチの姪のフミは、肩まで伸ばしたふんわり猫っ毛な髪を揺らし、元気よく挨拶する。
大学生と聞き、若いっていいなぁと思いながらもワンボックスカーに乗り込んだ。
「フミはね、たまにバイトに来てくれるんだ。事務員が足りない分、頼りにしているんだよ」
「そうなんですか。ええと、フミちゃんって呼んで良いのかな」
「はい!叔父も私も如月なんで、名前で呼んでください!」
「今日はよろしくね。ええと雑誌ってどんなのですか?」
ヨイチは言ってなかったなと呟きつつ、革の鞄から雑誌を取り出す。
「こ、これって、若者向けじゃないですか!」
「特に問題ないよ?ミロク君は若いんだから」
「俺、三十六ですよ!無茶でしょう!」
「「ええええええええええええ!?」」
運転しながら聞いていたフミまで叫ぶくらいの衝撃的事実であった。
「ど、どう見ても……」
「大学生かと……高校生ではないと思っていたが……」
驚き震える二人。ミハチの化粧品実験に付き合ってきたミロクは、自覚のないまま肌年齢を若返らせていたのだった。恐るべし姉ミハチの開発商品である。
「まぁ、とにかく年齢は大丈夫。フミも今日は撮影に付き合ってくれると助かるよ。僕は出版社との打ち合わせもあるんだ」
「了解です!もうすぐ着きますよ〜」
(引き受けたは良いけど、緊張するなぁ……)
こうしてミロクは重なる偶然を元に、望んでもいない光り輝く階段を順調に上っていくのであった……。
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だ、だいじょうぶかな…