36、オフな弥勒と愉快な姉妹。
久しぶりのオフの日。
ミロクは珍しく寝坊気味に目を覚ます。故に、今日は朝の走り込みは休むことにした。
昨日は両親からたくさん褒められ、褒められすぎて嬉しいけど恥ずかしい気持ちが大きかった。
特に母イオナからは「ミロクが王子様なんて素敵ね!素敵ね!」と大はしゃぎで、息子の年齢を考えて周りには言って欲しいと切に願っている。
姉のミハチは「母さん、そういう系が好きなのよね。諦めなさい」と言ったが、その姉を妹のニナは複雑な顔で見ていた。
何かあったかな?と思っていたら、そのニナから今日はランチデートの誘いを受けた。
「やっぱり何かあったんだね」
「なんで分かるのお兄ちゃん」
「そりゃ、兄だから……って言いたいけど、昨日の控室に来てくれた時に、シジュさんに言われた」
「は?」
「悩んでる顔してるねって。ニナは無表情な事が多いのにシジュさんよく分かるよね」
「あのヒゲホスト、余計な事を……!!」
いつも行く雑貨屋に併設されている喫茶店は、日曜でもランチメニューが充実している為に客席はそれなりに賑わっていた。
ニナはアボカドマグロ丼とスープとフルーツティー、ミロクはハンバーグプレートにサラダとアイスティーを頼んだ。
ミロクが居ても注目されないのは、喫茶店の店員の気配りとミロクを知る客が多いからである。兄妹の語らいに水を差す者は居ない。
食べるのが早いミロクの後に食事を終えたニナは、ポットのフルーツティーをカップに注ぐと、一口飲んで唇を湿らせる。
「話したいのはミハチ姉さんの事なの」
「姉さん?なんかあった?」
「あのさ、姉さんが高校生くらいの時に、好きな芸能人がいたって知ってる?」
「んー……どうだったかな……一回だけシャイニーズの載ってる雑誌『金星』が姉さんの部屋にあって、好きなのって聞いたらミーハーじゃないって怒られたくらいだから、芸能人に興味ないんじゃない?」
「そうか、お兄ちゃんも知らないんだ。ミハチ姉さんがシャイニーズの『アルファ』のファンだったってこと」
「え?」
驚いたミロクは、片手で弄んでいたアイスティーのストローを指で弾いてテーブルの下に落としてしまう。店員から新しいストローをもらうと、バツの悪そうな顔をしてアイスティーを脇に置いた。
「その『アルファ』って、ヨイチさんが二十年前にアイドルとしてやってた……」
「ん。344(ミヨシ)の公式ホームページにも載ってるでしょ?姉さんも知ってるってことだよね。ヨイチさんが姉さんの昔好きだった『アルファ』だったって事」
「んー、好きだった……ねぇ」
「そうね。ニナにそこまで心配されるなんて、私も焼きが回ったものよね」
「「姉さん!!」」
隣のテーブルには、腰まであるアッシュブラウンの髪をゆるくサイドにまとめ、シャツとジーパンという珍しくラフな格好のミハチがいた。
「ミロクの考えている通りかしらね」
「え?何が?どういう事?」
突然現れた(ように見えた)ミハチに、びっくりしすぎたニナは少し混乱しているようだ。ミロクは飲み物を飲んで落ち着くようニナに言うと、ミハチの言葉を引き継ぐ。
「つまり、姉さんは『昔好きだった』んじゃない。『今でも好き』なんだよ」
「……アンタは恥ずかしげもなくそういう事を」
ニナは目を丸くして、兄と姉を交互に見た。なぜミロクはそんな事が分かるのかという顔で。
「俺は姉さんが『アルファ』のファンだと今知ったけど、ヨイチさんの事を好きだっていうのは知ってたし」
「え?鈍そうなお兄ちゃんが?」
「誰にも言ってないでしょうね、ミロク」
当たり前だよ!とばかりにブンブンと縦に首を振るミロク。ニナはまだ納得していないようだ。
「そもそもミハチ姉さんがヨイチさんのその後を追わない訳がないよ。俺、今まで姉さんが誰かを好きになったって聞いたことないもん。だから姉さんは現在進行形で好きだってことになるでしょ?」
「確かに、あんなにグッズ集めていたもんね」
「それなんだけど……ニナ、私の部屋にある隠し扉……」
「ああ!そうそう!それで姉さんはこれからどうするの!?」
一瞬ミハチに黒い何かが出てきたような気がして、ミロクは思わず椅子から腰を浮かしかけたが、ニナの言葉に再び腰を下ろす。
「そうだよ姉さん。相手はヨイチさんだから心配はしていないけど、これからどうするの?」
「どうもしないわよ?」
「「は?」」
「だって、ヨイチさんは私がファンだってことも知らないし、知らせようとも思わない」
「なんで?姉さんずっと好きなのに伝えないの?」
「そうだよ。アイドルって言っても四十代だよ?男女交際とかしても良いと思う」
「そういう事じゃないの」
「「そういう事だよ!!」」
二人は姉に幸せになってほしい気持ちがある。だからこそもどかしい思いでいっぱいだった。
ミハチはため息を吐くと、ニコリと笑って弟妹の頭をヨシヨシする。
「ちょっと事情があるの。何かあったら必ず言うから、今は何もしないでちょうだい」
ミロクは素直に頷いたが、ニナはふてくされたままだ。ミハチは店員を呼ぶとシフォンケーキを注文して「口止料だからね」と言った。
ニナは文句を言いながらも完食して、またご飯しに行くという約束込みで黙っていると言った。
なんだかんだ、心配性なニナであった。
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