4、迷走する弥勒。
「結構もらえるんだな、動画再生されるだけで」
動画サイトからのメールに、ミロクは感心した声を出した。
それは違う。普通はそんなに貰えない。よほど売れっ子の人気動画でないと貰えない。だがミロクは「こうやって副業する人もいるんだろうな」などと呑気に考えていた。
夕食時に、遅くなった父がミロクの部屋に来た。
「ミロクちょっといいか?」
「父さんおかえり。資料は大丈夫だった?」
「今日は助かったよ。ありがとう。あの後お前の事を色々聞かれてしまってな、何も言わずの誤魔化しておいたが、すごい人気だったぞ」
「ええ?何言ってるの?」
「受付の子が動画がどうこう言っててな。父さんは詳しく知らないからって逃げてきたよ」
「本当に?ごめん父さん。迷惑かけた」
「いやいや、皆お前がかっこいいって言っててな。父さん悪い気はしなかったぞ」
「お世辞にしてはヒドイな」
「そうか?お前は父さんそっくりだぞ?」
ミロクは、父イソヤは嘘を言う人間ではない事を知っている。しかしミロクは幼い頃より、自分を不細工だと思って育ってきたため、そう簡単に自分への評価を上げることが出来ないのだ。
「とりあえず、動画は知らないことにしてくれると嬉しい。ごめん父さん」
「何言ってるんだ。資料を持って来させた父さんが悪いんだ。こっちは上手くやっておく、今日はゆっくり休むんだぞ」
「ああ、おやすみ父さん」
「おやすみ」
再び動画サイトを開ける。
放置していた動画は、やはり消した方が良いのかも知れない……とミロクが思った時、目に入るのは応援コメントだ。
結局ミロクは今日も何もせずにブラウザを閉じるのであった。
「今日はこれ試してみてよ」
化粧品メーカーに勤める姉ミハチは、肌質の悪かったミロクを実験台にしていた。
ミロクの肌質は運動と規則正しい食事で粗方改善されていたのだが、弟の肌年齢をどこまで下げられるかを姉は嬉々として実験している。
その成果は、先日父親の会社での受付嬢より「大学生」という評価をもらったことで出ていると言って良いだろう。
「お母さんには?」
「もちろん実験済みよ!お母さん三十代に見えるじゃない!」
そんな姉ミハチもアラフォーとは思えない肌質を持っているのだが、彼女もミロクと同じく極めるタイプであった。自分はまだまだだと思っているため、これからさらに若返っていくのであろう。
こんな調子なので、大崎家は全員年齢不詳として近所でも噂の的になっている。ちょっとした妖怪扱いである。
「それよりも、あんた結構有名になってるわよ?」
「え?何が?」
「この前の動画。あんたの通ってるジムに私も行ってるじゃない?そのジムであんたを見たって噂になってて、会員が爆発的に増えたみたい」
「はぁあ?なんでそんな事になるんだ?」
「まぁ、あそこ会員数少なくしてるから、結局断ったらしいよ。安心してきてくださいって、トレーナーさんからの伝言もらったわ」
「うあ、マジか、迷惑かけてるな。やっぱあれ消さないとだな」
「それ無理よ。だって動画自体が拡散されてるもの」
「ええええ!?もう、どうしたらいいんだ」
頭を抱えるミロク。彼のメンタルは弱い訳ではないが、今回の事はどうすれば良いのか、さっぱり答えが出せないでいる。
「メガネと帽子でだいぶ隠れるんじゃない?スポーツジムは会員さんが守ってくれるでしょ。カラオケは変えたほうが良いわ」
「うう、皆様に多大なご迷惑を……」
「大丈夫よ、皆好きでやってるんだから」
ミロク自身気づいていないが、彼が痩せる前からスポーツジムのトレーナーや、贔屓にしている店の店員達からのミロクへの評価は高い。
老人や子供に優しく礼儀正しい。どんな人にも真摯に対応する。
近所の喫茶店にて酔っ払いが暴れていたことがあったが、格闘技の動画にハマっていたミロクによって、あっという間に取り押さえてしまったこともある。
(彼はその時アニメキャラになりきっていたという恥ずかしい理由がある)
その場にいた客は彼を讃え、未だに子供からはヒーローだと声をかけられている。
「何だろう、いい年したオッサンが歌って踊ってるだけの動画なのに……どこが良いのか分からん」
「ミロクはイケメンだからね。しかも私の仕込みで肌年齢も若くてピチピチだもの」
ドヤ顔で言う姉を、胡散臭そうに見るミロクであった。
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