299、君ならどっちを選ぶ?
ほのかにTwitterで予告しておりましたが、少し時間ができたのでお久しぶりの更新です。
待っていただいていた読者様(天使たち)には感謝感謝でございます…
課題曲は『puzzle』だ。
そこまで早いテンポではなく、344(ミヨシ)の中では比較的踊りやすい曲だからというのが、ひとつ。
そしてもうひとつは……。
「はいそこ! もっと可愛らしくハートを作って!」
「もっとあざとくやれよー、そんなんじゃ目立たねぇぞー」
「僕たちが出来ているんだから、君たちはもっとポップに出来るはすだよね?」
振り付けは、そう難しいものではなかった。
ダンス初心者である彼らも「それなり」に踊れるはずなのだが……。
「うまく踊るよりも、相手に何を届けるのかを意識して!」
「モデルなんだから、姿勢くらいきちっと取れよー」
「君たちにとって、それが完成なのかな?」
的確に改善点を指摘するミロク、野次を飛ばしていると見せかけてハッパかけているシジュ、そして各々の持てる力を振り絞り出させるヨイチ。
344(ミヨシ)三人で使用しているダンススタジオは、いつもより人数が多く熱気に溢れている。そして平均年齢は下がっている。
警備の佐藤もいるのだが、高身長のモデルたちの中でも浮いていた。
体つきがガッシリしているのもあるが、そもそも纏っているオーラが違う。明らかに彼は「戦う男」であり「強者」の風格を持っていた。
「佐藤さん、ここでは威圧スキルはオフにしてくださいね!」
「あ、はい(スキル?)」
ミロクのラノベ用語に対し、分からないながらも素直にうなずく佐藤。大人である。
最初はおそるおそる恥ずかしそうに動いていたモデルの若者たちは、今やなりふり構っていられないようだった。
息を切らし、今できる精一杯のパフォーマンスをしようと指で「ハートマーク」を作ってあざとい目線をカメラに向けている。
彼らは思った。
恥ずかしい! でも、この恥ずかしさを344(オッサンたち)は乗り越えてきたんだ! と。
でも恥ずかしい! 早く終わらせたい! その一心で彼らはついぞ完璧に踊りきった。
えらい。えらいぞ若者たちよ。
君たちに、幸あれ。
ちなみに佐藤は最後まで「あざとさ」をマスター出来なかった。人には向き不向きというものがあるのだ。
如月事務所で登録しているモデルの人数は、他の事務所に比べてそれほど多くはない。
しかし、社長であるヨイチが厳選した若者たちである。
パッと見て目立たない青年もいるが、カメラの前に立った瞬間ガラリと変化したりする。そういう「才能」を持つ、貴重な人材をヨイチは選んでいるのだ。
「うーん、選べと言われたけれど、皆それぞれ才能があるからね……」
「大学生は難しい子もいると思いますよ」
「やってもいいと思う奴らだけ残せばいいんじゃねぇの?」
シジュの言葉に「なるほど!」とうなずくヨイチ。
ミロクは「それならオーディションしなくてもよかったのでは?」と思ったが、口には出さなかった。若いモデルたちが色々な経験をすればするほど、この先の糧になるからだ。彼らにとってマイナスにはならない……だろう。たぶん。
最後に「通し」で踊ってもらい、カメラで録画したものをプロジェクターで映し出す。
若者たちは恥ずかしそうに、でも自分たちなりに「完璧」を目指して踊った結果だからと少し誇らしげに観ている。
「じゃあ、これを尾根江Pに送るから、皆よろしくね」
「ええっ!?」
「いや、なんでミロクが驚いてんだよ」
「ある程度こっちで選別するのかなって思ってたので……」
「企画の詳細を握ってんのはオネエPだろ? こっちでも選別はするが、誰が何にハマるのかは向こう次第だろうが」
「確かにそうですね。さすがシジュさん!」
「シジュはこういう状況を意外と把握できているんだよね」
「意外と、は余計だろ」
「意外です!」
「おいこらミロク、そんなに俺に構って欲しいのか? ん? ん?」
「や、ちが、ごめんなさ、ふはっ、あははやめてくすぐったいですっ」
隙あらばイチャつく二人を、ヨイチは呆れ顔で見ている。
そして若者たちは「これが344の魅力…!」などと心のメモをとるのだった。
なにやらとんでもないことに巻き込まれる予感しかしない佐藤は、スタジオから事務所に戻り、他のモデルたちとは違う場所へと向かう。
非常口を抜けたそこには簡易椅子とテーブルが置かれ、事務所の入っているビル関係の人たちの、ちょっとした憩いの場になっているのだ。
佐藤は如月事務所に雇われてはいるが、警備という仕事上ビルを管理する会社の人たちとも交流をしていた。
誰もいない休憩所。
備え付けの自販機で水を買うと、椅子に座った佐藤はガクリとうなだれる。
「……恥ずかしすぎる!」
尾根江プロデューサーからの依頼で、急きょダンスのオーディションにかり出された佐藤だったが、集まったメンバーを見て彼は愕然とした。
十代後半から二十代前半という若者たちの中で、明らかに浮いているであろう自分。
幸いにも身長では目立つことはなかったが、それにしても……である。
「……あの振り付けは、344だからこそ出来るんだろう。自分がやっても笑われるだけだ」
思い出しては羞恥に悶える佐藤は、近づいてくる足音に気づいていない。
「若いやつらならともかく、何で俺なんだ? あのプロデューサーは俺たちに恥ずかしいことをさせて面白がっているのか?」
「そんなに嫌だった?」
「いや、それなりに楽しく……って、ミロクさん!?」
「ビルの警備員さんに聞いたら、ここにいるかもって教えてくれて」
「そう、ですか」
そのまま無言になる佐藤に、ミロクはゆっくりと話し出す。
「あのさ、人前に出た時に笑われるのと笑ってもらうの。佐藤さんならどっちがいい?」
「笑われるのは、嫌ですね」
顔をあげた佐藤の目に入ったのは、優しく微笑むミロクで。
「そっかぁ、そうだよね。でも俺は、どっちでもいいと思っているんだ」
「え?」
驚く佐藤の顔を見て、ミロクはますます笑みを深めて言った。
「大事なのは、どれだけ自分が本気でやっているか、だから」
お読みいただき、ありがとうございます。
突発的な仕事がなければ、もう少し書きたいと思っています。(土下座)
コミックスのオッサンアイドルは、なんと電子書籍?で英語版が出てるみたいです。
木野イチカ様の渾身の漫画はバチバチ連載しておりますので、ぜひぜひよろしくお願いいたします。




