289、東京公演と黒のデビュー。
銀座近くにあるその会場に着いたのは、ライブの始まる五時間前だった。
控え室に入った三人は、発声練習をしたり体を伸ばしたりして体をあたためている。
ライブツアーの最後の二日間、しっかりと気を引き締めていこうと気合を入れるヨイチとシジュの横で、ミロクはどこかぼんやりしていた。
「どうしたミロク、あれから何かあったのか?」
「……いえ、何もないです」
心配するシジュに笑顔を浮かべたミロクは首を左右に振る。
付きまとっていた記者は、ヨイチが手を回し裏で処理しており、ミロクの女装に群がる輩は佐藤が肉体でOHANASHIをしたようだ。二人の行動の詳細は不明となっている。
「女装は北海道ライブだけだったから、今回は大丈夫だと思うよ」
「女装の画像が流れて、未だにチビたちから連絡が来ないんだよな……」
落ち込むシジュの背をヨイチが軽く叩いて慰めてやっている。そんな二人を見てミロクの笑みは深まった。
「俺は大丈夫です。ただ、ツアーが終わっちゃうなと思ったら寂しくなって」
「そうだね。色々あって大変だったけど、終わるとなると寂しいかな」
「また来年やりゃあいいだろ。ヨイチのオッサンがなんとかしてくれるって」
気楽に言うシジュにヨイチは苦笑している。
アイドルというものは人気商売だ。人気が落ちれば「また」は無くなってしまう。それでもやけに自信満々にシジュはミロクを見た。
「オッサンだけじゃねぇよ。俺らにはミロクがいるからな」
「……ふふ、そうだね。ミロク君はアイドルとかそういう枠には入らない存在だし、何かしらの活動は続きそうだよね」
「えー、どういう意味ですか」
「深い意味はないよ。たぶん」
「たぶんって!」
ミロクは(最近持っていると判明した自前の)頬袋を膨らませると、ペットボトルの水を飲んでいる。そこにフミが息を切らして控え室に入ってきた。
「衣装のチェックは終わりました。リハーサルに入れますか?」
「フミちゃんお疲れ様、大丈夫? 無理していない?」
「だ、大丈夫ですよ。ほら、ミロクさんもリハーサルの準備して……」
「でも、俺はフミちゃんが心配」
そう言ったミロクは目にも留まらぬ速さでフミの手を取り、自分の口元へ寄せる。
「手が冷たいね。エアコンで冷えちゃったのかな……俺があたためて痛いっ」
緑色のスリッパですぱこーんと後頭部を叩かれたミロクは、そのままヨイチに首根っこ掴まれて控え室から退場となる。危うく意識が飛びそうだったフミは一気に熱くなった指先をさすりながら、自分の仕事へと戻っていくのだった。
デビュー曲の『puzzle』に始まり、次々と曲をこなしていく三人。
今やトリコロール色のサイリウムはお約束となり、三人のうち誰かがメインで歌えばイメージカラーも変わるため、曲の中で何度も客席の色が変化していった。
オッサンたちと息がピッタリの観客たちに、自分の色になればミロクは満面の笑みで歌い上げる。それと同時に発する大量の色香に、最前列のファンは卒倒寸前だ。
「おい、嬉しいのはわかるが自重しろよっ」
「えっ、何がですかっ」
間奏で踊りながら器用にやり取りするシジュとミロクに、ヨイチは苦笑しながら二人の間を割って入る。
そういう振り付けになってはいるだけなのだが、見ているファンの思考は「二人だけ仲良くしていないて、僕もまぜてみたいなヨイチさんもかわいい!」となり、その日のうちにSNSで拡散されていく。
生の萌えは鮮度が大事とは、某売れっ子同人作家二十三歳の言である。深い。
暑がって脱ぎたがるミロクを止めるヨイチは、その横で豪快に脱ぐシジュの後ろ頭を叩く。そんなコントのようなドタバタをしながらフリートークに入った。
「東京の皆さーん! こーんばんはー!」
まるで歌のお兄さんのような爽やかなミロクに、観客たちもノリよく返している。
「うわぁ、すごく元気だ。皆さんありがとう」
「熱くて暑いな東京! 脱ぎたくなってくるな!」
「おまわりさーん、このシジュさんでーす」
「おい! お前もさっき脱ごうとしてたじゃねぇか!」
のんびりと水を飲んでいたヨイチは、二人にタオルを手渡しながら話を先に進めていく。
「この後の出し物は、スペシャルゲストたちとの共演ってことになっているね」
「すごいんですよ! あの人気グループ『カンナカムイ』と、俺たちのお世話になっているご近所の皆さん、それに高校生ダンスチームですからね!」
「よぉーし、気合い入れていこうぜ!」
シジュの言葉が終わったところで舞台は暗転する。
ドンという一音が会場内を揺さぶる。
薄っすらと明かりが灯され、しっかりとした体格の男たちが和太鼓の前に立っているのがシルエットで分かった。
「ハァッ!!」
大きなかけ声と共に和太鼓の重低音が深く刻まれ、旗のようなものが振られている。
じわりじわりと明るくなる舞台には着物ベースの衣装を身にまとった『カンナカムイ』のメンバーと、彼らと同じような装いで旗を振るのは如月事務所ご近所の自治会の男衆だ。
客席も明るくなり、通路には高校生ダンスチームの生徒たちが立っている。四チームにわかれており、白、赤、青、黒のTシャツをそれぞれ着ていた。
奈落から上がってきた黒い着物の衣装は、ミロクの白い肌を引き立たせている。そこには玄武と呼ばれる神獣がモチーフとなり細やかな刺繍がほどこされていた。
力強い太鼓のリズムにのり、軽やかに舞うその姿は観客たちを魅了させる。揃いの黒の扇子をくるりと回せば、バックダンサーも次々にターンを決めていく。
東京公演でのメインである演目は、歌わずにダンスやパフォーマンスだけで魅せるという、『344(ミヨシ)』初のチャレンジだった。
やがて右手に赤いスポットライトを浴びて登場するシジュは鳳凰が刺繍された赤い着物を、左手に青いスポットライトを浴びたヨイチは青龍モチーフの刺繍がされた青い着物を身にまとっている。
巧みに扇子を操り舞い踊る三人。会場内の熱も高まっていく。
するとステージの奥に、真っ白な着物の男が現れる。
三人が一斉に振り返れば、その男はゆっくりと舞台の中央にいるミロクの元へと向かう。
口元にある布で顔はよく分からないが、彼の涼しげな目元を見たファンたちは「あの人は誰?」とざわついている。
体格の良さもあるせいか、ミロクたちに負けない存在感を発しているようだ。
黒のミロクと白の彼が合わさったその瞬間、気づけばミロクが白虎の着物を身にまとっている。
衣装が入れ替わったと同時にユニゾンでのダンスと、四色になった彼らの舞は強く、激しくなっていく。
黒い着物姿の佐藤に、ミロクはふわりと笑いかける。
「あ、やべぇな」
「ミロク君!?」
溢れ出すミロクの色香にさすがの佐藤も足元がふらつくのを見たシジュとヨイチ。
曲はもうラストへと入っており、最後四人で舞台中央に集まる流れでもフォローするには難しい状態だ。どうにもならないと思ったが……。
「失礼します!」
佐藤はよろける体をそのままに、膝をついてミロクの腰のあたりに腕をまわす。それに習ったシジュとヨイチも、ミロクを囲むように腕を絡ませた。
着物の刺繍が見えるようにポーズを決めた四人によって、一つになった四神の絵が完成する。
客席でライブを観ていた着物のデザイナーは、他の観客と共に盛大な拍手を送り歓喜の涙を流すのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
1巻の作業のため、次回のコミカライズ版更新はお休みになるかと思われます。
よろしくお願いいたします。