285、飛行機とホテルと甘いもの。
離陸する準備をするため、滑走路に向かって走る飛行機の中。
若干、飛行機が苦手なミロクは隣にいるフミの手を無意識に握っていた。
「あ、あの、ミロクさん……」
「フミちゃん、ガム持ってる? あの気圧の変化についていけるか不安なんだよね」
「ミロク、これ噛んでおけ」
「ありがとうございます。シジュさん」
彼の白い肌が青白くなるのを見たシジュは、素早くミント系のガムを手渡している。さすがである。
もちろんフミも飴やガムを持っているのだが、ミロクが手を離してくれないのと動悸息切れが激しいため動けずにいた。
横並びに座るヨイチは苦笑するだけで、ミロクの行動について特に何か言うこともなく、不思議に思ったシジュは小声で問いかける。
「いいのかオッサン」
「アイドルとしては、良くないことなんだろうけど……無意識みたいだからねぇ」
「まぁ、そうだよな」
「飛行機が苦手なことをフミに隠しているみたいだし、武士の情けとしてアレは見なかったことにするよ」
「ったく、末っ子には甘いな」
「次男にも甘くしているつもりなんだけどね」
「ならボーナスを」
「いらない?」
「なんでだよ!」
固まっている男女と、その横でワチャワチャする二人のオッサン。
同じ便に乗り合わせた幸運な『344(ミヨシ)』のファンは、ヨイチとシジュのやりとりに悶えている。ミロクが静かになっているため、オッサン二人が目立っているようだ。
基本、ミロクはフミとのやり取りを自重することはない。しかし、今のように奇跡的なタイミングで目線が集まらなかったり、見ている人がいなかったりしていたのだ。
そう。奇跡的に、である。
ある意味、ラノベで言う「チート」なのかもしれない。
「まぁまぁシジュさん、空弁でも食べて落ち着きましょう」
「これ食うと日本酒飲みたくなるんだよなぁ」
「シジュ、この後ホテルで打ち合わせがあるからアルコールはダメだよ」
ぐぬぬと言いながらも、シジュはミロクから手渡された蟹と鮭鮨の弁当に舌鼓を打つ。
「飛行機の航路が表示される時に成田が東京って表示されるじゃないですか。前に外国の人から『ここは東京?』って聞かれてなぜだろうって思ったら、この案内図のせいじゃないかなって」
「成田は東京じゃないからなぁ」
「東京ドイチェス村も千葉にあるよね」
わりとどうでもいい会話をしているオッサンたちは、これが通常モードである。
しかし、幸運?にも同じ便に乗り合わせた『344(ミヨシ)』ファンたちは、このような会話にも過敏に反応している。そしてこの情報は密やかに拡散され、二次創作(薄い本)の糧となっていくのであった。
札幌駅にホテルをとっていた四人は、チェックインを済ませて部屋に荷物を置く。毎回それぞれシングルで部屋をとっているのだが、なぜか今回ヨイチだけファミリータイプの部屋に通されていた。
驚いたヨイチがフミに確認をしていると、並びの部屋にいた弟たちが嬉々として探検に来ている。
「うわぁ、広いですね! 部屋がたくさんあります!」
「これ本当にシングルの値段で泊まれんのか?」
「たまたま、空いていたみたいです。フロントに確認とりました」
「夜、この部屋に嬉々として遊びに来るミロクとシジュが見えるよ……」
苦笑したヨイチがクローゼットにキャリーケースを入れていると、フミが開けっ放しのドアをノックして部屋に入ってくる。
「社長、設営の方がホテルに来ましたよ。少し早いですけど、打ち合わせに入れますか?」
「今ベッドで楽しんでいる弟二人が出れそうなら、だね」
「ベッドで、楽しんで……?」
なぜか頬を染めたフミが奥の部屋で見た光景は、ひたすらベッドで飛び跳ねているオッサン二人の姿であった。
キングサイズのベッドは、とても大きい。
童心にかえったオッサンの体を包み込む大きさなのだ。
フミに怒られ少ししょげたミロクと何かをやり遂げたような表情のシジュを連れて、兄のヨイチは打ち合わせするホテルのラウンジへと向かう。
ラウンジにいる従業員に、フミは飲み物を席まで持ってくるよう声をかけている。そんな彼女の横でミロクはショーケースに飾ってある色とりどりのケーキに目を奪われるが、仕事モードに切り替えて我慢する。
会場の設営はほとんど終わっているらしく、男性スタッフ数人は疲れた様子ではあるが笑顔でヨイチ達を出迎えてくれた。
疲れた時には甘いものだろうと、いくつかケーキを注文しているフミに向かって、ミロクは心の中で喝采を送っている。おすすめはカマンベールをふんだんに使ったチーズケーキらしい。
立ち上がるスタッフ達に向けて、笑顔のヨイチは丁寧に一礼する。
「お疲れ様です。わざわざここまで来てくださってありがとうございます」
「いえ、こちらも都合があって会場に残れず申し訳ない。衣装の件で確認がありましてね」
「ゲストとの衣装合わせですよね」
ライブの運営責任者である男性が隣にいる若い男性に目配せすると、若者はタブレットを取り出し画像を表示させる。
たくさんフリルが付いている衣装を着た女性たち……国民的アイドルグループ『鶯谷七』である。その名の通り七人いる……らしい。
「今年いっぱいで卒業するメンバーもいるみたいですからね」
ミロクが情報通なところを見せるが、知っての通り彼の知識の多くはサイバーチームからの情報である。
「七人じゃなくなるのか?」
「尾根江プロデューサーが新人オーディションをするとか言っていたよ」
シジュの問いにあっさりと答えたヨイチは、スタッフ達を見る。なぜか申し訳なさそうにしている彼らに、如月事務所の社長は嫌な予感をおぼえる。
そして、彼の予感は当たってしまうのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
コミックPASH!にて、オッサンアイドルのコミカライズ6話が公開されています。
ぜひぜひ、見てやってくださいね!(*´∀`*)