282、名古屋公演で『ワルツ』を。
今日はコミカライズのオッサンアイドル、コミックPASH!にて第3話が本日更新です!
全力全開で名古屋公演がんばります!(オッサン達が)
公式ファングッズ売れすじ商品『魅惑の白ミロク王子様専用黒タオル、2018バージョン』を笑顔で購入しているファン達の間を、茶色のポワポワ頭な女子が小走りに通っていく。
「うっかりしてたなぁ……。ファンサービス用のタオルを入れたバッグを忘れてくるなんて」
昨日のリハーサルでは思わぬフェロモン攻撃を受けてしまったフミだが、慣れているのもあり回復は早かった。魅惑のオッサンアイドルの専属マネージャーとして、彼女は大きく成長?したのだ。
それでもミロクの微笑みひとつで意識が遠くなるのは変わらないのだが、回復できるだけ他の女性達とは違う。
グッズの販売所へと向かっていたフミだが、予想外のファンの多さに驚いていた。東京ならまだしも、関東から外に出ればここまでの人気はないだろうとミロク達と話していたからだ。
大阪ではバタバタしていたため開演前の様子を見ていなかったフミは、今回の名古屋で入りの人数を目で確認して感動のあまりしばらく立ち止まってしまう。
不意に何かが肩に当たったフミに、慌てたような声が響く。
「わっ、すみません! 大丈夫ですか!」
「いえこちらこそ、私が邪魔してたから……」
丁寧に謝る華奢な男性は、ニット帽にマスクを付けているため目元しか見えない。それでもフミはすぐに気がつき小声で続ける。
「……お久しぶりですね、KIRAさん」
「んなっ!? なんっ……で分かるんだ?」
思わず大きな声を出しそうになったKIRAだが、すぐに音量を下げてフミに問う。急に挙動不審になった彼の様子に、フミはくすくす笑いながら答える。
「ミロクさんのファングッズの購入者って女性が多いんです。その中で男性がいるのは目立っていたのと、顔を隠し過ぎてて目立ってます」
「マジか……」
「せめてマスクは外した方がいいと思いますよ。夏ですし」
「あー、そうだな。そうするわ」
どうやらマスクは暑かったらしく、素早くとったKIRAはタオルで汗を拭う。それを見たフミはさらに笑ってしまい彼の機嫌を悪くさせる。
持っていたKIRAのタオルは黒色だったからだ。
「ふふ、うちの王子を好いてくださり感謝いたします」
「うっせーよ。たまたまだ」
相変わらずのツンな仔犬っぷりを発揮するKIRAは耳まで赤くしている。ほのぼのしていたフミだが、ふと自分が忙しいことを思い出す。
「いけない! グッズのタオルを持っていかないとだった! すみませんKIRAさん、終わったらぜひ楽屋に遊びに来てくださいね!」
「タオル? 何に使うんだ?」
「毎回ライブの最後、客席に向かってタオルを投げるんです」
「へぇ」
「すごく好評なんです。ぜひKIRAさんもゲットしてみてくださいね」
「……最後まで観れたらな」
名古屋公演、最後の演目はミロクが歌いながらピアノ演奏をする『ワルツ』だ。
会場の照明がおとされ薄暗い中を、スポットライトがひとつミロクに当たる。
汗に濡れた黒髪をそのままに、綺麗なテノールが会場の隅々まで響いていく。柔らかく軽いタッチで奏でるピアノの音と合わさる彼の声は、客席をあっという間に魅了していった。
花ひらくように、咲いていくドレスを
ただ虚ろに、見るだけの日々
続くワルツは、単調に回る
同じ音、同じメロディ、変わることはない
そこにもうひとつのスポットライトが当たったのは、タキシードを着たマネキンだ。ざわつく客席が静まったところで、マネキンを抱きしめるように後ろから男の腕が現れる。
そのマネキンを軸にして踊り出てきたのは、くせのある髪を無造作に結わえたシジュだ。白いシャツに黒いスラックスというシンプルな衣装だが、彼が動くと腰に巻いている赤い薄布がドレスのようにふわりと舞う。
貴方の手をとることを
ずっと求めているのに
黒をまとう貴方は
闇の中では見えない
マネキンを相手に悲しげに踊るシジュの姿は、観ている者達にひどく痛々しく映った。まるで叶わぬ恋に身を焦がし、その恋を諦め、何もない灰色の日々を過ごす誰かの物語を観ているかのように。
するとマネキンがシジュの手を取り、その体を引き寄せる。
いつの間に変わったのかと客席から湧き起こる歓声。踊るシジュのパートナーはアッシュグレーの髪を後ろに流し、きっちりとタキシートを着こなしたヨイチとなっていた。
移り変わる世界に、散っていく花達を
泣くことなく、見るだけの日々
続くワルツは、ひたすらに回る
同じ音、同じメロディ、変わったのは貴方
ワルツを踊るシジュとヨイチだが、女性役と思われたシジュの赤い薄布は回る動きと同時に取り払われる。
ミロクの歌声が変化し、甘くビブラートを効かせていく。
リードをするシジュはパートナーのヨイチの背に腕を回し、背中を反らせるポーズをとる。顔が近づく二人の動作に、客席から悲鳴のような何かの音が漏れる。
ドレスを脱いだ私を
求める人はいないけど
待つ私にドレスはいらない
貴方の手があればいい
続くワルツは、回っていくだけ
同じ音、同じメロディ、始めたのは貴方
繰り返す、同じメロディ、終わらないワルツ
回っていく二人の動きと、ミロクのピアノの演奏がしっかりと合わさっている。そこからスポットライトが一瞬消え、ラストの和音と共にシジュは再びマネキンを抱いた状態で現れる。
しんと静まりかえる会場。
そこから、嵐のような歓声と鳴り止まない拍手に、ミロクは笑顔で立ち上がり一礼する。照明が明るくなったところでシジュとヨイチがへたり込んで荒い息を整える様子が分かり、オッサン達に労いの大きな拍手が送られるのだった。
ちなみに。
恒例の『タオル投げ』の詳細は、三人のオッサンがタオル相手に熱烈なキスを送ってから投げるという、けしからん素敵なイベントである。
ミロクの投げたタオルは、金髪をニット帽で隠した仔犬が無事に受け取ってしまったため、諸事情に楽屋への挨拶はせずに帰ることになる。
弟分である彼に会いたがっていたミロクは寂しそうにしていたが、兄二人は災難だった仔犬に同情するのだった。
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