278、大阪の夜の男と女。
「なんっ……で、ここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフですが」
日に焼けた肌にサングラス、柄モノのシャツとジーパンにサンダルといういかにも『輩』といった外見のシジュは、思わず大きな声を上げると慌てて口に手を当てる。
猫のような目で不機嫌そうに見返すのは、白いシャツにジーパンというラフな格好をしたミロクの妹ニナだ。サイドテールにしたピンクブラウンの髪を揺らし「それじゃ失礼」と言って去ろうとするニナの腕をとっさに掴んだシジュは、その柔らかさに思わず舌打ちしそうになっていた。
大阪駅地下、数分ほど歩いたところにある串揚げ屋に入ったオッサンアイドル『344』三人とマネージャーのフミは、打ち上げと称してサクサクの串揚げを楽しんでいた。
串揚げといったら地ビールだろうと思いきや、この店には数多くのワインが置いてあり、それぞれに合うワインを案内してもらえるのが嬉しい。
店の好意により、衝立が設置された奥の席で名物の串揚げを楽しむことになった。
「はふ、あひゅぱらあげ、おいひいれふね!」
「あはは、美味しそうに食べるフミちゃんが美味しそうだから困っちゃいますね。ヨイチさん」
「ミロク君、男の本音がダダ漏れているし色気もダダ漏れているよ。自重しようか」
「おい、このチーズバーガー串揚げって何だ? 丸っとそのまま揚げたのが出てくるのか?」
フミは女性人気というメニューを試しては美味しいと頬張り、それをミロクが蕩けそうな笑顔で見ている。ヨイチは数本頼んだ後はボトルで頼んだ赤ワインを堪能しつつミロクを諌めている。そのワインを分けてもらったシジュは変わり串揚げに興味津々のようだ。
大成功に終わった初日のライブに、気分良く飲むオッサンたちはすっかり気を抜いている状態だ。衝立で周りの目が遮られているとはいえ、彼らの美声は店中に響き渡っている。
「スタッフさんたちも打ち上げしているんですか?」
「次の会場に舞台装置を持っていくからまだ仕事していると思うよ。最終日に大規模な打ち上げを計画しているよ」
ミロクの問いにヨイチは苦笑して答えると店員を呼ぶ。白い肌が薄っすらピンク色に染まっているミロクを心配してのものだが、服を脱いでいないところをみるとまだ大丈夫だろう。
そう、ミロクは酔うと……なのである。
「この後、コアな酒がたんまり置いてある隠れ家的なバーに行こうと思うんだけど、ミロクは大丈夫か?」
「この店といいシジュは色々と知ってるよね。どこからの情報?」
「知り合いのドワーフから聞いた」
「お酒といえばドワーフですよね」
「あの、前から思っていたんですけど、エルフとかドワーフとか受け入れすぎてませんか?」
以前もラジオで『エルフからの手紙』をあっさりと受け入れたオッサンたちに対して至極真っ当な意見を言うフミだが、ミロクはキョトンとした顔で首を傾げる。
「これだけ広い世の中なんだから、色々な人がいると思うけど」
「そういうことじゃなくてですね……」
ミロクはよく分からないままポワポワ頭を撫でてやれば、アワアワと顔を赤くなるフミ。相変わらずな二人を見てヨイチとシジュは苦笑する。
「ちょっとトイレ行ってくる。ヨイチのオッサン会計は?」
「経費で落とすから大丈夫だよ」
「了解」
他の客からの視線を集めながら店の外にあるトイレへと向かうシジュは、偶然にもニナと出くわすのであった。
兄の晴れ舞台ではあるものの、仕事もあるため東京公演だけ観に行こうと思っていたニナだったが、店長の計らいで神戸にある支店に研修という名目で出張に来ていた。
店のカットモデルにもなった『344』のライブということで、支店のスタッフたちと一緒に観ることができた。そしてそのまま飲み会となったのである。
「めちゃくちゃ格好良かった! 感動した!」
「大崎さんは、メンバーと知り合いなの?」
「あ、はい、まぁ……」
「いいなぁー!!」
女性スタッフたちが羨ましがる中、ニナの隣に陣取った男性スタッフは肩が触れるくらいに近づいてくる。支店の人だからと我慢していたニナだが、本来男性と接するのが苦手な彼女は「トイレに行く」と言って逃げるように席を立つ。
店の外に出ると、小さく息を吐いたニナは目の前に立つ長身の男性に声をかけられる。
癖のある長めの髪をハーフアップにし、サングラス越しの少し垂れた目を大きく開いた彼を見て、内心ホッとしてしまったニナは謎の敗北感に苛まれた。
「ライブ、観に来てくれたのか」
「店長の計らいで、こっちの支店の人たちと一緒に」
「ミロクは知ってるのか?」
「いえ、内緒です」
変に緊張させたくないと言うニナを、シジュは微笑ましげに見る。そこに細身の男性が割って入ってきた。
「大崎さん、戻って来ないから心配したよ。大丈夫?」
「大丈夫です」
「この人に絡まれてたの?」
「え?」
「は?」
思わず見つめ合う二人を見て男性はイラついたようにニナの手を取る。強い力で握られたのか、ニナが痛そうに顔を歪めると同時にその手が離される。
「痛っ……な、何すんだっ!」
「何するって、そっちこそ何だ。女の子に痛い思いをさせちゃダメだろ」
ニナの手を掴んだ男の手首をシジュは軽く捻りあげる。普段は飄々としている彼が珍しく怒りをあらわにしている様子に、驚いたニナは慌ててフォローする。
「すみません! この人は知り合いなので大丈夫です!」
「いてて……大崎さんの知り合い?」
「会費は後で請求してください。今日はこれで帰ります。……行きましょう」
「え!? ちょっと!?」
ニナはシジュの腕をとると早歩きでその場を離れる。状況を察したのかシジュは黙ってそれに従い、小声でニナに話しかける。
「このままタクシーに乗ってホテルに行こう。マネージャーの部屋がツインだから、そのまま泊まっていけ」
「……すみません」
「可愛すぎるっつーのも、困るよな」
タクシーを捕まえ乗り込むと、ニヤリと笑ってみせるシジュに不覚にもニナは見惚れてしまう。もう彼に関してはお手上げ状態だと分かっていた。
最後の抵抗として日に焼けた腕を軽くつねってくるニナに、されるがままのシジュは可愛らしい彼女の行動に悶々とするのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
体調不良のためゆったりたっぷりのんびりな更新で申し訳ない……
電子版4巻は、7月25日配信予定です。
コミカライズも着々と進行中です。
お楽しみに。




