275、準備中のオッサンたち。
最近、規則正しい生活を送っていたシジュだったが、珍しく昼過ぎに起床する。その原因は、就寝時間が明け方だったからという至極簡単な理由がある。しかし、シジュは珍しく「真面目」に夜更かしをしていたのだ。
現在シジュがいるのは自宅アパートではない。事務所があるビル内の、家具や電化製品が一通り揃っている便利な部屋で、ヨイチからは引越しを勧められていたりする。
「あのアパートも、あればあったで便利だしな」
実家でのお家騒動?が解決し、それ以来シジュの弟や従兄弟たちが遊びに来るようになったのだ。事務所に世話になるよりは、自分のアパートの方が変に気を使わないだろうという彼の優しさである。
「それに、引越しするのは面倒だしな」
優しさだけではないところが、さすがである。
洗いざらしのまま寝たせいか癖のある髪はあちこちはねている。それをワシワシと掻きながら、シジュはシャワーでも浴びるかと浴室へ向かう。
その途中、開けっ放しになっているノートパソコンに気づき、明け方までやっていた作業を思い出す。
「ライブツアーのテーマ、か」
オッサンアイドルユニット『344(ミヨシ)』のリーダーであるヨイチからの宿題、ライブするにあたってのテーマを各々考えるという件でシジュがまず行ったのは「自分たちの過去映像を見る」ことだった。
「公式でも動画は上げていたけど、一般の人が撮ったのも多くあったな」
『344』は、イベントによって撮影を許可している時もある。その動画は撮っている人たちから自分たちがどう見えているかが分かり、新鮮な気持ちになった。声援などが入っていて、何やらむずがゆい気持ちになる。
「それにしても王子呼びのミロクはともかく、ヨイチのオッサンは『ヨイチさん』で俺は『シジュたん』なんだよ……」
何となく不公平さのようなものを感じつつも、とりあえずシャワーだとシジュは歩きながら脱いだスエットを、ベッドのある方向へ適当に投げるのだった。
自分では偉そうに「テーマを考えてこい」と言ったものの、実際どういうものにするのかがまったく思いつかない。ヨイチはどうしたものかとデスクワークに追われながら考えていた。
そこにタイミング良く事務所に戻って来たフミに声をかけるが、彼女は浮かない表情をしているのに気づく。
「どうしたんだい? 何かあった?」
「……社長。いえ、大丈夫です」
ヨイチは基本的に「大丈夫」という言葉を使う人間を放置することは絶対にしない。この時点である程度見ておかないと、後から大変なことになることが経験上多いかったからだ。
そのことを知っているはずのフミが大丈夫と言った、これは見逃せないとヨイチは目を眇める。
「フミ、無理には聞かないけれど、早めに相談するように」
「すみません、本当に大したことじゃないんですけど……あの、ミロクさんのことで……」
「ミロク君?」
しょんぼりと俯くフミに、ヨイチは出来る限り優しく問いかける。ミロクとフミの仲は進展していないものの、マネージャーとタレントという絆が強くなっているはずだ。……と、思う叔父である。
「さっき近所の人から聞いたんですけど、この近くの公園でミロクさんと男性が仲睦まじくベンチで話しているのを見たって……」
「へぇ、知り合いなのかな。それで?」
「たまたま真紀と一緒にいたんですけど、怪しいって言うんです」
「怪しい?」
「これは浮気じゃないかって」
「浮気???」
親友である真紀の言葉にフミはすっかり動揺してしまっているようだが、ヨイチには今いちピンとこない。発端者が真紀というところで大体読めるのだが、フミが浮気されたということなのだろうかとヨイチ眉をひそめる。
「ヨイチさんとシジュさんというものがありながら他の男と仲良くなるなんて……と、言ってました」
「フミ、今すぐに真紀さんから聞いたことを忘れなさい。せめて浮気されたのは自分だと言うくらいのことをだね……」
「そ、そそそそんな! ミロクさんに浮気されるって! そそそそんな仲じゃないですし! マ、マ、マネージャーとして清い交際をですね!」
「落ち着こうか。フミはミロク君が関わると通常の思考回路から外れる傾向にあるね」
ため息を吐いたヨイチの様子に気づき、真っ赤な顔のフミは慌てて深呼吸を繰り返すと、落ち着いたのかその場で一礼する。
「すみません社長。取り乱しました」
「取り乱しすぎだよ。それにしても話しているのが男性でも騒ぐって、真紀さんは妙なことを言うね」
「真紀は『344』の同人誌を作ってますから、人一倍思い入れがあるのかもしれません」
「フミは読んだことあるのかい?」
「……いえ」
なるほどと、ヨイチは納得する。取り急ぎ、サイバーチームに「真紀の本の内容確認」の指示をメッセージで送ると、改めてフミに向き合う。
「ライブツアーの準備だけど、プロデューサーとか諸々協力を仰いで企業の方はなんとかなりそうだよ」
「それは良かったです。事務所としても、ここまで規模の大きなものは初めてですからね」
「人員を増やしたけど、まだまだ追いついていない状態だ。ボランティアで協力してくれる高校生ダンスチームや、一般の人たちもいる。それと手の空いてる所属タレントにも参加してもらうことにした」
「最近仕事が増えてますから、手の空いてるといっても……」
「ああ、そうだよね……だからといって今からモデルを増やすというのもなぁ……」
今はとにかく時間がない。二人で頭をかかえていると、シジュがあくび混じりで事務所に入ってきた。
「うはよーっす」
「おはようシジュ、打ち合わせはミロク君が来てからになる。ちょっと待てるかい?」
「了解。ところで二人して何を唸ってるんだ?」
くせ毛を適当に集めて結わきながら、シジュは眠たげな目でヨイチとフミを見る。
「バックダンサーは『カンナカムイ』も協力してもらえるんだよね?」
「おう、リーダーが嬉々として受けてたぜ。あと前に『ワルツ』で世話になったダンス教室の、セミプロ達もバイトしてくれるってさ」
「それはありがたいね。あそこは実力のある生徒さんたちが多い」
「ん、それは俺も保証する。そういや、まだここに来てないミロクだけどな。公園で役所の兄ちゃんとイチャイチャしてたぜ?」
「イッ……イチャイチャ!?」
再び顔を真っ赤にしたフミに対し、ヨイチはそのポワポワ頭をワシャワシャとかき混ぜるというお仕置きをするのだった。
スリッパを使わないところが、姪に駄々甘い叔父である。
お読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ次回からライブに入ります。(予定
そしてバタバタしていますが、連休明けもバタバタしそうです。
ゆっくりペースですが、よろしくお願いします。




