273、オファーする与一と驚く佐藤。
ヨイチが合流するということで渋谷にある喫茶店で待機するミロクたちは、6人がけの席に移動する。周りから死角になっているおかげで、人の目を気にすることなくのんびりと過ごすことができていた。
「ミロクさん、ケーキ食べますか? ここのチーズケーキは絶品みたいですよ」
「夜にはトレーニングしに行くけど、やっぱりカロリーが気になるなぁ。フミちゃん、俺と半分こしてもらってもいい?」
「え、あ、はい、大丈夫です、よ」
隙あらばフミに向けて甘く微笑むミロクに、対面に座る佐藤は「今なら自分の名前さえも甘く感じる」と遠い目をする。それでも二人のやり取りに癒されると、表情の少ない彼にしては珍しく微笑むことさえしていた。
この激甘空間を「癒し」と感じる佐藤は、ある意味大物である。
「佐藤さん、笑うと雰囲気が変わりますね」
「え? 自分、笑ってましたか?」
「笑ってましたよ? ねぇ、フミちゃん」
「はい。少しですけど、柔らかい表情になってましたね」
「そうですか……職業病でもないのですが、無表情で何を考えているか分からないと言われることが多かったんです。笑顔だと言われて驚きました」
戸惑うように話す佐藤に、ミロクは首を傾げる。
「そうですか? さっきもCDショップで涙を流してましたし、色々な感情を素直に出す人だなって思いましたけど」
「素直……初めて言われました……」
無表情ながらも目尻を仄かに赤くする佐藤に、ミロクは可愛らしいなと微笑む。
フミが年上のお兄さんぶるミロクを見たのは、アイドルユニット『TENKA』のKIRA以来だ。KIRAはともかく、どう見てもミロクより年上に見える佐藤とのやりとりにフミは少し変だと思ったが口には出さない。彼女は優しいマネージャーなのだ。
小一時間ほど経ち少し息を切らしたヨイチと、全く息を切らしていないシジュが喫茶店に入ってきた。二人はかなり急いで来たようだ。
「佐藤、さん、お待たせ、して、お休みの日に、お時間をとらせて、しまって」
「如月さん自分は大丈夫ですよ。とりあえず座ってください」
頭を下げるヨイチに、佐藤は慌てて席につくことを勧める。フミが水とおしぼりを追加で頼み、六人がけの席は程よくうまった。
各自注文を済ませると、やっと息が整ったヨイチが口を開く。
「佐藤さん、急にすみません。実は以前イベントでお会いした時に、着物の衣装を僕らが着ていたのを覚えてますか?」
「ええ、あれは素晴らしいものでしたね。自分は同時開催していた地下アイドル『ぬこたんず』の応援に来ていたのですが、皆さんの舞台もちゃんと観ましたよ。しっかりサイリウムも振りました」
さすが、そのゴツく逞しい見かけに反し、中身はしっかりとオタクな佐藤である。ちなみに彼の推しメンバーは『キジトラちゃん(年齢不詳)だ。
無表情のまま語る佐藤に、ヨイチは相変わらず真面目に一途だなぁと思いながら笑顔で続ける。
「実は我々『344(ミヨシ)』初のツアーがありまして。ドームのような大きな会場ではないのですが、それなりの規模のライブになると思います」
「それはおめでとうございます。商店街で壮行会をしないとですね」
「ありがとうございます。そこで、少々問題が発生しまして」
「問題ですか?」
聞き返したのは佐藤ではなくミロクだ。フミも同様に聞きたそうにしている。そんな三人にヨイチはシジュと視線を合わせると話を続ける。
「今回、プロデューサーが和楽器を合わせた新曲を作ってくれていてね、以前イベントで使用した着物の衣装を使おうと思ったんだ」
「ヨイチのオッサンが一応着物の製作者である先生にも電話で知らせたら、できれば四つ揃えて着て欲しいって言われちまってなぁ」
「それで、自分ですか?」
佐藤は無表情であるものの戸惑う様子をみせるという器用なことをしつつ、ミロクに目をやると彼はキラキラと輝かんばかりの笑顔を見せている。眩しい。
「それって、佐藤さんも舞台にあがるってことですか!?」
「落ち着いてミロク君、そういうことをお願いしてはいるけど、彼は役所に勤務しているでしょ? だから目立たないように顔は隠してバックダンサーみたいになってもらおうかってことなんだけど」
「和楽器と合わせるから、ダンスというよりも日本舞踊をイメージさせようと思っている。だからバックダンサーはかなり簡単な動きにしようと思っている」
ダンスの振り付けは毎回シジュが担当している。そしてパフォーマンス集団である『カンナカムイ』には、今回男性だけにオファーしていて、完成すれば男だらけのかなりむさ苦しい一曲になりそうだ。
「着物をくださった遠野先生が、イベントで僕らと話している佐藤さんを気に入ってね。ぜひ彼に着て欲しいと強くおっしゃってね……」
「そういえば遠野先生は、俺たちのことを気に入ってくれたから着物をくださったんですよね」
「一瞬『そっちの人』かと思ったけど、奥さんもいるし違うっぽいよな」
「ははは、そこは問わずに愛情を注ぐタイプの人かもしれないよ。シジュ」
「マジか……」
実は『そっちの人』からも人気のあるシジュは、過去の何かを思い出し顔が青ざめている。日に焼けた顔が少しだけ白く見えるのが痛々しい。気の毒そうにシジュを見ているヨイチもそれなりにモテる系統だが、なぜか深刻な事態を回避できているため自覚はない。さすがである。
「素人である佐藤さんにお願いするのも心苦しいんだけど、そこまで難しい振り付けにもしないしバックダンサーは顔を隠してもらうようにするよ。考えてもらえると嬉しいんだけど」
「……とりあえず、分かりました。少し時間をもらえますか?」
本当はすぐにでも断ろうと思っていたが、今や『ぬこたんず』と同じくらい『344』のファンである佐藤はとりあえず答えを保留にすることにした。
きっとそこまで本気じゃないだろうと、彼はあまり真剣に考えていなかったのだ。
だがしかし。
それは大きな間違いだと、数日後に彼は思い知ることになる。
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