240、舞台の裏側でのトラブル。
239話にヨイチが背中を気にするシーンを追加しました。
この話に今までの説明を追加しました。
再び少女三人は舞台で駆け回っている。
宇宙から地球を侵略せんとする謎の生命体と、昆虫のような多くの敵が飛来して来るのを少女たちは歌で対抗するのだ。
戦闘機『ディーバ』は、少女たちの歌を増幅させる機能を持つ機体である。それを乗りこなすために厳しい訓練をする少女たち。
「このままじゃディーバを乗りこなすどころか、誰の心も動かせなくてよ!!」
「筋トレ、やって、誰が、喜ぶんだ!!」
「うー、もうだめだぁー」
舞台の上では、なぜか筋トレに励む少女三人。その中でもメロン役の胸部は凄まじい破壊力を秘めている。偽物だと分かっていても、会場内にいるほとんどの男性の目がそのメロンに釘付けだ。
関係者席に座っているマスクを着けた青年が、金髪を振り乱し悶えていた他には特に何もないようだった。
少女たちが演じているその裏で、ある意味主役のようなオッサンたちは、次の出番の準備をしつつモニターで舞台を確認している。
いつになく、硬い表情でモニターから目を離さないミロク。その後ろでシジュは口に手を当てたまま考え込んでいる。
周りのスタッフも気を使っているのか、彼らの近くには行かずに様子を伺っている。
「ミロクさん、シジュさん、次の出番までどれくらいですか?」
「フミちゃん、あと五分くらいかな」
「ヨイチのオッサンはどうだ?」
「腰ではなく背中みたいです。取り急ぎ痛み止めを打ってもらってコルセット巻いてます。本人は出るって言ってますが……」
「そうか。けど、あまり激しい動きは出来ないな」
「私は一度病院に戻ります。可能であればもう少し引き伸ばしていただけるとありがたいです」
そう言うとフミは走っていった。ぶつからないように事前に避けてくれるスタッフたちに「ありがとうございます!」と律儀に言いながら、非常口から外に出ていく。
劇場の下の階に病院があったのは幸いだった。湿布でなんとかしようとするヨイチをフミは叱り飛ばし、スタッフ数人が担いで有無を言わさず連れて行ったのだ。
そんなフミを見送りながら、ミロクは厳しい表情のまま口を開く。
「ヨイチさんの役は宰相です。シジュさんの騎士よりおとなしい振り付けでも違和感はないと思うので、なんとか振り付けを変えてもらいましょう。見せ場はどうしたらいいのか……何か方法はありますかね」
「高元さん、やってもらえるか?」
「もちろん。通し稽古だから最悪何かあっても笑って許してもらえる。でも、出来ればこのまま続けられるよう、なんとかしてみよう」
「すまねぇ」
「はは、いいってことよ!」
笑顔でミロクたちに明るく返すと、振り返った高元の顔は少し青ざめていたが、それを隠すように早歩きで客席にいる演出家の元へと向かった。
その間も、モニターのまえから微動だにしないミロクの背を軽く叩くシジュ。その手が微かに震えているのは彼自身気づいてはいたが、それでも努めて明るい声を出す。
「大丈夫だミロク、お兄ちゃんはすぐに戻ってくる」
「そうじゃなくて……」
「ん? どうした?」
優しく問いかけるシジュの言葉を聞いて、振り向いたミロクはたまらず彼に縋りつく。珍しく感情を露わにする末っ子の強く掴んでくる腕をそのままに、次兄は空いている腕を回し優しく背中を叩いてやる
「俺、ヨイチさんが無理してるの、気づかなくて……」
「バカだな、相手はそういう無理を隠すプロだ。俺らが気づけるわけねぇだろ」
「そうだよミロク君。僕はプロだからね……まぁ、前はそれで倒れちゃったから、無理はしないようにしてたんだけど」
「ヨイチさん!?」
いつの間に戻ってきたのか、そこには少しやつれたような笑みのヨイチが立っている。横にいるフミは心配そうに彼の体を支えてやっている。
「おい、いけるのかよ」
「ごめん。舞台稽古の時から違和感はずっとあったんだけど、まさかここまで痛くなるとは思わなくて……。振り付けはちょっと手を抜いちゃうけど、基本はそのままでいこう」
痛みが治まったせいか、先ほどよりも少し顔色は良くなっている。それでもいつもの凛とした雰囲気はなく、また違ったアンニュイな色香を放っているヨイチ。その様子にシジュは顔をしかめる。
「おい、ミロクの涙目色気マシマシと、オッサンの中年特有の色気マシマシでやるのか?」
「中年特有って、ひどくないかい?」
「お、俺、泣いてないですよっ」
シジュの軽口を受け、一気に緊張感が抜けた二人を見ていたフミは安心したように息を吐いた。
舞台はなんとか成功をおさめた。
途中のハプニングを表に出さずに何とかできたが、ヨイチの痛めた背中のこともあり振り付けの変更は余儀なくされた。
それでも大好評だった「腰フリダンス」はそのまま残ったため、ヨイチは毎日のように鍼を打ってもらい、シジュのマッサージも受けている。
そして、何よりも盛り上がったのは、舞台終了後に泣きながら飛び込んできた美女と、それを抱きとめた宰相様のラブシーンだろう。
ヨイチは困った笑顔を浮かべつつ「反省してるから、許して」と何度も謝っていた。
「ミロク君の涙目と、こんな状態のミハチさんを見てしまったら……さすがに懲りたよ」
泣きじゃくりながらも、怒っているんだと上目遣いで睨まれてたところで、ヨイチにとってはただの可愛い生き物なだけだ。しかし、今この時のミハチを誰よりも愛しいと思うと同時に、こんな表情をさせてしまったことをヨイチは反省した。
「ミハチさんって、どんな表情でも綺麗ですねぇ」
泣き顔を晒して恥ずかしがるミハチに、トドメを刺すフミ。
たまらずミロクとシジュは噴き出したところで、舞台『ミクロットΩ』のゲネプロ終了となったのである。
お読みいただき、ありがとうございます!
少しバタバタしているので、次回更新が遅くなるかもです。
しばらくお待ちください。
新作は少しストックがあるので、可能な限り更新します。
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