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206、二人の世界と役所での一幕。

 光に反射する素材で仕立てられたシルバーのスーツをナチュラルに着こなし、妹のニナにきっちりとヘアセットされたミロクは、輝かんばかりの笑顔に溢れていた。フミをエスコート出来る喜びが、イコール全開王子スマイルとなっているのだろう。

 しかし、ここで大きな問題が発生していた。


(どうしよう。フミちゃんが可愛すぎる件)


 ミロクの色香に当てられたのか茹だった顔を俯かせ、ポワポワな茶色の猫っ毛の真ん中にあるつむじもピンクに染まっている。エスコートされている彼女の小さな手はプルプル震えていて、生まれたてのトイプードルのようだ。


(ダメだ。意識するとすごく恥ずかしくなってきた……)


 普段はファンの人たちに向かって……いや、フミに対してまで、散々恥ずかしいセリフや投げキッスなどの行動をとっているミロク。なぜか今とてつもなく彼女を意識してしまっているのは、スーツ姿ではない可愛らしい服装のせいなのだろうかと彼は考える。

 ポワポワした茶色の猫っ毛は柔らかく首まわりにふんわりとおさまり、いつもより色っぽく見えるのは艶やかにグロスが塗られた唇のせいか、グラスに口をつける度に目が離せない。

 フミはフミで、ミロクの熱い視線を浴びつつも、彼のその整った顔に浮かぶ笑みに目が釘付けだ。

 見つめ合う二人。そんな二人を少し離れた場所から見守るシジュとニナ。

 そこに黒服の寒川が戻ってきた。


「ご歓談中にお邪魔します。あのお二方、ずいぶん可愛らしいカップルですね」


「いや、あの二人は付き合ってねぇな」


 寒川の言葉を即座に否定するシジュ。驚いて目を見開く彼に向かって、ため息混じりにシジュは説明する。


「ミロクは、自分がオッサンだからって遠慮してんだよ」


「え? お兄ちゃんがフミちゃんと付き合わない理由ってそれなの? アイドルだからじゃないの?」


「まぁ、アイドルだから男女交際禁止っつーのは、うちの社長が自ら進んでOKにしてるからなぁ」


「そういえばそうか……」


 ニナがふむふむと頷いていると、女性客の相手をしていたヨイチが戻ってきた。


「お疲れさーん」


「いや、あまり疲れなかったよ。シジュは、まさかニナちゃんを怒らせたりしてないよね?」


「あ、当たり前だろー。元ホストだぞ俺は」


「お仕置き追加」


「ひどい!!」


 オッサンたちのやり取りを呆れ顔で眺めていたニナは、向こうでミロクとフミが立ち上がるのを見た。

 流れるクラシックの曲に合わせ踊り始める二人を、ニナは眩しそうに見る。踊れないフミを上手くエスコートする兄の姿に、知らず彼女は微笑みを浮かべていた。


「良かったね。お兄ちゃん」


 恋人じゃなくても、あの二人を見ていれば分かる。きっと彼らなら上手くいくだろうと。

 いつも大人びた表情をするニナだが、微笑む年相応の可愛らしさが見えた。

 そんな彼女をじっと見つめる男が一人。


「サム、あんま見んな。これ以上は有料だ」


「何を見ようと勝手でしょう。未来へ向かわず、過去に生きる人間よりはマシです」


「てめぇ……」


「はいはい、シジュは落ち着いて。寒川さんもうちのタレントをからかわないでね」


 ヨイチが静かに言うとシジュは不貞腐れたようにそっぽを向き、寒川は微笑みを浮かべる。


「シジュは良い人に拾われましたね。これからもコイツのことをよろしくお願いします」


「言われずとも」


 微笑んで握手を交わす二人を微妙な顔で見ていたシジュは、未だミロクたちを見るニナに目をやる。


(未来……ねぇ)


 やれやれと首を横に振ったシジュは、楽しげに踊るミロクたちに「そろそろ帰るぞー」と声をかけるのだった。







 翌日、書類を持ったヨイチは市役所にいた。昨日は窓口の担当を探すも空振りに終わったため、午前中なら在席しているだろうと書類を持ってきたのだ。

 幸いにも344(ミヨシ)として三人で動く仕事は昼からとなっている。


「如月さん、すみません昨日はご足労いただいたそうで」


 受付のカウンター越しでも伝わってくる、その腹に響くような声の主に向かって、ヨイチはすぐに笑顔を浮かべた。


「すみません佐藤さん。ギリギリになってしまって」


「いえ、こちらから伺えば良かったのですが、昨日は外出をしておりまして……」


 ミロクでさえもうろ覚えだった佐藤という名を、ヨイチは苦労せずあっさりと言う。そんな彼を少し驚いたように見ている佐藤だが、渡された書類を手早く確認すると一つ頷く。


「ありがとうございます。商店街の夏祭りのイベントにご協力感謝いたします」


「いえ、ご近所さんたちには毎度お世話になってますから」


 ヨイチの笑顔はさらに深まめて言った。佐藤の実直で律儀なところに、彼は好感を持っている。


「そういえば佐藤さんは、よく通る声をしていますね。何かされているんですか?」


「何か……いや、特に何もしていませんが……ああ、趣味で大きな声を出しているからかもしれません」


「趣味、ですか?」


「体力も使うし声も出しますが、ストレス発散にも良いので……」


 すると話の途中で佐藤を呼ぶ声が聞こえたため会話を中断し、慌ててお辞儀をして彼はヨイチから離れていった。彼はガタイも良いし、どんなスポーツの趣味なのか気になったが、書類を手渡すことができたヨイチは気分良く事務所に戻っていった。


 そして、姿勢良く歩くヨイチの後ろ姿に佐藤は見惚れていた。年齢のせいもあるのか、彼の和を感じさせる切れ長の目と甘いマスクには、男の自分にも分かるくらいの色気があった。

 ぼんやりと彼のことを考えながら、ポツリと呟く。


「……アイドル、か」


「何か言いましたか? 佐藤さん」


「い、いや、何も……」


 近くにいた女性所員の問いかけに慌てて返すと、佐藤は目の前に積まれた書類を片付ける作業に戻るのだった。





お読みいただき、ありがとうございます。

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